13 迷子の羊と羊飼い-1

文字数 4,351文字

 あれから数時間、特に捜索が難航することもなく、探し人の元に辿り着いた。紆余曲折で事件が起こったり、新たな出会いがあったり、なんてことはなくあっさりと。
 この地の情報通と思われる人や、ジェスラの知人、一般人など様々な人を辿って来たが、皆口を揃えて、ああ、あの羊の。というのだ。ルフィノお前隠れる気あるのか? いや探す方の俺たちからしたら本来願ってもない事だし、ルフィノ自身家出というだけで何かに追われている身でもないだろうが、呆気ない。
 彼は街のある酒場にいた。辿りついたのは昼過ぎで、それなりに客の入った店内はガヤガヤと喧騒が満ち、人の活気を感じる。昼食を取りに来たであろう人に混じり、ひとりカウンターで座る後ろ姿が探し人のものであると気が付いたのは、ジェスラが彼に声を掛けたからだ。

「ちょっと失礼。お前がルフィノか」
「ああ? なんだよおっさん?」

 目の前の羊のファーリィ(獣人)は確かに今まで出会った人々が言うように、一目で彼だと分かる姿をしていた。特徴的なのはグルンと丸い螺旋に巻いた角にサングラス、黒いレザージャケット。自分が羊毛を纏っている癖に革ジャン……なんというか暑苦しさと、羊の頭を持つ彼がその格好をしていることに少しの滑稽さを感じる。もっと自分の毛を誇れよルフィノ。まあ服は着たほういいと思うけれど。
 カウンターで酒と思われるものを飲んでいた彼は、見るからに柄が悪いです。とでも言いたげな雰囲気を醸し出しており、ジェスラを睨め付け、不良のように威嚇している。写真で見た彼はとても誠実そうな人物に見えたが、なんなのだろうこの変わりようは。写真の様子からあまり期間は経っていないよう感じるが、この短期間で彼を変えるような事件でもあったのだろうか?

「アンタ誰だよ」
「突然すまないな。俺はジェスラという者だ。こっちはアユム。運び屋をしている」
「どーも」
「運び屋ぁ? 運び屋が何の用だ」

 一瞬、ちらりとサングラス越しの視線がこちらに向くのを感じ、愛想笑いでルフィノの視線を受け止める。興味はないとでも言うように直ぐに視線はジェスラに戻るが、運び屋、という言葉に怪訝そうに見ているのがわかる。

「実はなあ、お前のお袋さんに頼まれてな。連れ帰ってくるように言われているんだ」
「……はあ? ちっ、あのババア。俺を連れ帰るだって? ふざけんなよ!」
「頼むぜ、ルフィノ。素直に従ってくれ。お袋さんやお前の家族も心配してる」
「そう言われて従う馬鹿がいるかよ」

 ガタン、と座っていた椅子から立ち上がり、彼はこちらへの敵意を剥き出しにしてくる。探し始めにこういったことは上手くいった試しがないとか言っていたが、ジェスラは意外にも低姿勢で話を進めようとしている。見つけたら即、縄でふんじばって強制連行でもするのかと思っていた。まあするんだろうな、相手が従わないなら。最早人攫い。
 というか素直に要件を言ってしまって良かったのだろうか? もう最終手段が拘束だと言うなら、嘘でもついて油断したところで連れ帰るというのが一番手っ取り早い気がするが。

「お前くらいの歳なら、親に反抗したい気持ちもわかるさ。俺もそうだった」
「……わからねえよ。誰も俺の気持ちなんてな。わかった風なこと言わないでくれ」

 ルフィノのこちらへ向ける敵意の中に、少しばかり諦めが混じっている気がする。ふと視線を感じて周りに目を向けると、店内の客がちらほらとこちらを気にしているようだ。邪魔、というよりは野次馬的な意味で。ニヤニヤと誰かと談笑しながら見る人もいれば、ただジッと静観している人もいる。昼時で混み合う店内だし、やはりこう目立てば視線を集めるか。あまり長々とやっているとふざけて囃し立てる人も出てきそうだ。
 というかふたりが話しているのがカウンターと言うこともあり、店主であろう人や店員がカウンターからチラチラ面倒臭そうに様子を伺っているのが地味に気になる。ジェスラの後ろから苦笑いで会釈をすると視線は何処かへ飛ぶが、昼の混雑時にトラブルでも起こされるんじゃないかと思えば、そりゃあ面倒だろうよ。

「それはすまない。しかしまあ、俺も仕事なんでな、のこのこ手ぶらで帰るなんて真似は出来ないんだ」
「……無理矢理にでも連れ帰るって?」
「そういうことだ。だが俺もそれは嫌だからなあ。なあルフィノ、お前はどうして帰りたくないんだ? その訳だけでも、教えてはくれないか?」
「…………」
「嫌がる子供を無理矢理連れ帰るなんて、したかないんだよ」

 ルフィノは俯いて押し黙ったまま、何も答えようとはしない。家出だというし、やはりそれなりの事情があるんだろう。その事情をどうにかしない限り、彼は従ってくれることはない気がする。最も、この様子だと彼が素直に話してくれるとも思えないが。

「ルフィノ」
「……嫌だね。あんたに話す必要は何もないし、そもそも親子の事に首を突っ込むなんて野暮もいいところだ。さっさと帰ってくれ」
「……そうか。隣いいか?」

 帰れって言われてるのに隣いいかってジェスラ図太いな。しかも返事が返る前にもう座っている。サングラス越しで目は見えないが、あり得ねえ、とでも言うような雰囲気をルフィノの表情に感じる。図々しいおっさんだから出来る事だ。俺には無理だよジェスラ。
 隣の席に座るよう促され渋々座ると、カウンター越しの店員がこれまたいい笑顔で注文を聞いてくる。何があるのか分からず注文はジェスラに任せ、俺は居た堪れない何かを感じながら、帽子を脱ぐ。ルフィノは席に戻ったらしく、ジェスラとルフィノの間から微妙な空気が漂ってくるのが感じられる。なんだろう、逃げたい。
 先程よりも店内の視線の色が濃くなったように感じる。面白そうという方面で。丁度昼時で腹は減っていたが、この中で食事をしなければならないのかと思うと少し胃がもたれそうだ。隣ではジェスラは気にした様子もなく、ルフィノに話しかけている。

「なあルフィノ。お前なんだってそんな格好してるんだ。お袋さんが見せてくれた写真だとちゃんとした格好していたろう?」
「…………」
「お前、酒ばっかり飲んでるんじゃないだろうな。ちゃんと飯食ってるのか」
「………………」
「ルフィノ、お前いい毛しているなあ。ビリヤードクロスでも作れそうだ」
「……………………」
「俺はこの歳になると白髪が混じってきてなあー。そのうち白虎になりそうだ」
「…………………………」

 もう放っといてやれよジェスラ。お前は親戚の小うるさいおじさんか。マイペース過ぎか。笑うなやめとけ。
 ジェスラの言うことは至ってまともであり普通だが、この状況においてはその普通さが機能していない。お節介焼きなところはあると思っていたが、今現在変な方向に向かっている。もしかして、今までもこんな調子だったから最終手段に及ばなければならなかったんじゃないか……?
 そっとジェスラ越しにルフィノの様子を伺うと、表情はわからないがグラスを持つ手がふるふると震えているのが分かる。恐らくだが、怒りの方面に。ジェスラ、もうやめてやれよ……爆発するぞ。
 小声でどうにかジェスラにやめるように言うが、ジェスラは気にする様子は無く、任せておけとでも言うような顔で俺を見るだけだ。いや、任せておいたら大変な事になりそうだから言ってるんだよこっちは。

 そんなこんなで暫くヒヤヒヤしながらふたりの様子を観察していると、頼んだ昼食が運ばれてくる。飯に手を付けるが、隣の様子が気になり過ぎて味がしない。もっと心に余裕のある昼食を取りたかったと思いながら、ただ腹を満たす作業に徹する。ジェスラも食事をしているが、合間合間にぽつぽつとルフィノにちょっかいを出している。なんかもうルフィノに同情し過ぎてちょっかいとしか感じれなくなってきた。多分ジェスラには欠片もそんなつもりはないんだろうが、そろそろ本気で止めるべきかもしれない。
 最早これは説得ではなく、全く悪気のない親戚達に質問責めに会う従兄弟を見ている気分だ。ああいうのおじおばの立場の人々から見たら可愛がっていた子の近況なり何なりを知りたいんだろうが、いつ自分がその立場に立たされるか分からない子供達にとって、場合によっては地獄にもなり得る集会なんだよ。ジェスラやめて。やめたげてよお。

 ばきっべぎん!!

 突然、大きな音とテーブルから揺れを感じ、軽い現実逃避していたところを引き戻される。何が起こったのかと驚いていると、ルフィノの怒鳴り声が聞こえてきた。

「いい加減にしろよおっさん! 何なんだよアンタ! アンタは俺を馬鹿にする為にやって来ただけか!?」

 遂に切れさせてしまったようだ。巻き込まれたくない精神が働いてしまったが、そろそろとか言わずに大分前に止めるべきだった。テーブルの惨状を見て後悔する。バキバキと対して薄くもない木製のカウンターに拳がめり込んだ跡があり、無惨にも真っ二つになっている。
 店内のしいんとした空気が痛い。ルフィノは荒い足取りで店の扉に向かい、乱暴に開け放ったまま店を出て行ってしまった。ジェスラの顔を見ると、虎の顔が酷く引きつった笑顔のまま固まっている。大方、またやってしまった、とでも思っているのか。いつもうねっている尻尾もピンと伸び切って動かない。
 ……相手が思春期真っ只中だと思われる子というのもあるけれど、フランクすぎるのも程度があると思うぞ、ジェスラ。
 ルフィノをあのまま放っておくわけにはいかないな。急いで残った昼食をかき込み、水で喉を潤す。帽子を手に取り席を立つと、流石に気が付いたのか、見事にへこんでいるような顔のジェスラが声をかけてきた。

「……アユム、どこ行くんだ」
「ルフィノ追っかけてくる」
「ああ……そうだな。そうしなきゃな」
「その、あー、そんなに暗くなんないで。うまくいかない時も……うん、あるよ」
「いや、まあ、すまん」
「じゃあ、行ってくるよ」
「ああ、頼む」

 ひらひらと力無く振られる手を背に、徐々に喧騒さを取り戻す店内の視線を感じつつ入り口へ向かう。背後から弁償という言葉が微かに聞こえ、少し苦笑いをしてしまう。
 外に出ると、空の端から重い雲が広がり始めていた。そのうち一雨来るかもしれない。
 帽子を被りながら辺りを見渡し、ルフィノの姿を探すが当たり前のように見当たらない。まだ店を出て行って数分しか経っていない、急いで探せばすぐにに見つかるはずだとは思うが、まずはどちらに行ったのかこの辺りの人にでも聞いてみよう。
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