08 運び屋の本分とは-2

文字数 3,719文字

「はあ、まさか本当に取ってくるとはなあ」

 食事処に入り、目の前の食事に手を付けながらこれまでの経緯をジェスラに話した。左手にそのハンカチを持ちながらまじまじと見ているが、関心している、のと同時に微妙に呆れたような雰囲気も見て取れる。物がものだけに呆れたい気持ちは分かるよ、ジェスラ。

「俺も出来るとは思わなかったけど、運良く」
「運良くねえ……。その姉ちゃんが追いかけられてたって言うのがもし人攫いで、見つからずに運良くってのだったなら納得は出来るかな」

 微妙にトゲを含んでいるような言葉にうっと息が詰まる。ジトっとこちらを見るジェスラから顔を背けるが、これは確実に俺の考えの無さを責めている。考え無しで行動したのは申し訳ないが、その話は掘り返さないでくれ。反省しているんだ俺も。

「それはごめん。でも俺はちゃんと宣言通り取ってきただろ。これは給料アップだ!」
「お前養われてる身でそういうこと言う。ま、確かにそれ相応の働きに答えて、色付けてやるよ」

 呆れたような雰囲気は変わらないが、俺の言葉に苦笑いで答えるジェスラ。給料どうこうは雇われた時に話されたが養われてる+見た目12の子供にきっちり給料払ってくれるのは本当にありがたい。いや、この世界の子供はこのくらいの年齢から働くのかもしれんが。
 もうこれ以上はいいと思ったのかハンカチを箱にしまいこむと、その箱を俺に差し出してきた。

「? なに?」
「これはお前が持ってろ。お前の手柄だからな、お前がカーブロレに渡すべきだ」
「ええ〜。それジェスラがこれ以上あのアライグマの爺さんに関わりたくないだけじゃないの? 俺やだよ。ジェスラ持っててくれよ」
「さっき俺の手柄だって言った奴は誰だ。依頼人に自分のやったこと言って売り込むのも仕事だぞ?」
「あんな爺さんに売り込みたくないよ」

 あまり受け取りたくはないがジェスラも引く気はないようで、仕方ないとすごすごと受け取る。うーん、この流れだと俺がカーブロレに渡さなければならないのか。これ以上あの変態爺さんに関わりたくはない。

「飯食ったら早速行くか」
「え? でももう夜だし明日訪ねた方がいいんじゃない」
「それはそうだが、非常識なもんふっかけてくる相手に、これくらいの非常識で返しったっていいだろ。それにアユムお前、明日まで引きずりたいか?」
「……行こうか」
「よし、じゃあさっさと飯食えー」

 いつの間にか食べ終わっていたのか。ジェスラの前の皿はすでに空で、俺も早く食べなければと食事をかき込む。ゆっくり食えと言われるが、そうもいかない。早く終わらせて悪夢のようなあの爺さんから解放されたいんだよ俺は! なんて思っていると、気管に入ったのか突然の違和感でひどくむせる。水の入ったのコップを渡されそれを飲み下すが、ジェスラの呆れたような顔に恥ずかしくなる。
 その後はゆっくりと食べ、会計を済ませたジェスラの後ろについて外に出る。外は街灯の光で照らされ、人通りは多いやはり昼間に比べれば少ない。

「店ってどのくらいかかるの」
「ここからだとそうは遠くない。大体十分か十五分くらいで着く」

 行くぞ。というと歩き出すジェスラについていく。やはりあの店は人通りの多い場所ではないんだな。早速細い路地に入るが街灯の光は少なく、月の光が微量に入り込んでくるだけだ。こんなところを通っておかしな輩に会わないのかと不安になるが、今までの話を聞いているとジェスラは随分強いように感じるし、大丈夫、と思っておこう。




 時たま広い路地に出るが、すぐに細い道に入り込む。人に会うことは全く無く不安になって来るが、会ったらあったで怖い。不安な気持ちを晴らそうと別のものに意識を向けようとするが、ひと気のない細い路地にあるものなんて不気味にしか思えず、仕方なしに目に前の虎の尻尾を見る。
 あの猫耳の彼女にも付いていたが、良くこんなに動くよなあ。歩くたびに左右に振れる尻尾に目を向けていると、ジェスラが止まったことに気付かずに背中に突っ込む。

「ぶ」
「お前なにやってんだ。着いたぞ」

 ジェスラの声に気が付くが、昼間見たあのひと気のない通りにやって来たようだ。所々、窓から明かりがこぼれているが音は少なく、昼間よりも寂しい通りだなあと感じる。カーブロレの店の前に来ると、飾り窓からは暗すぎるのか、なにも見えない。
 closeと書かれているかけ看板が扉の窓から見える。その言葉の通り鍵がかかっているのだろう。ジェスラはそんなことは関係ないとでも言うように、扉のガラス窓をばんばんと叩き始めた。

「裏口とかあるんじゃないの? そっちに回ったら」
「面倒だ。それにあいつの耳の良さは不気味なほど確かだしな。そんなに待たずでも気付く」

 それから1分ほどだろうか、あのカウンターの奥にあった入り口からパッと光が漏れ出してきた。そこを人影が通ったかと思うと、少ししてガチャリ、と扉の鍵が外れる音がした。

「お前らなあ。なんじゃ老人の眠りを妨げるとは」

 少し不機嫌そうな声のカーブロレが、扉の隙間から顔を覗かせる。爺さんよ寝るの早くないか。暗いと言ってもまだ8時とかそんなもんのはずだぞ。

「お前に言われたものを持ってきてやったんだよ。中に入れてくれよカーブロレ」
「ほう? それは本当か」

 ジェスラの言葉を聞くと、不機嫌な様子などどこへ行ったのか。少ない街灯の光でも分かるほど目を輝かせ、扉を開け放つ。なんつうか、現金な爺さんである。
 店の中に入ると、昼間と変わらず店内は時を刻み続ける時計たちが出迎える。心なし、いや確実に不気味さは昼間よりも格段に上がっているだろう。
 カーブロレはカウンターに入ると壁を探り始めた。カチっと音がしたかと思うと、パッと電気が灯り、眩しさに目を細める。

「それで、本当に取ってきたんだろうな」

 うきうきという言葉が浮かんでいそうなほど、顔を笑顔で染めるカーブロレ。……ナイトキャップでパジャマ姿が、なんだか間抜けだ。キャップを被るほどの毛がアライグマのお前にあるのか。

「ああ、取ってきてやったぞ。こいつがな」
「え」

 ぽん、とジェスラに肩を叩かれ、嫌な予感の通りカーブロレの視線がこちらへ向く。

「なにい? その坊主がか」
「おう。そうだよな、アユム」
「う、はい」

 にこやかなジェスラの笑顔に押され返事をすると、カーブロレはほう、と言いながら俺に近寄ってきた。顔を近付けられ思わず後ろに背を反らせる。

「お前がなあ。それでどうじゃ、女の色香というもの、少しはわかったかのお」
「そ、そっそんなものわかるか!」

 カーブロレの言葉に突っ張るように返すが、ハンカチを返された時の情景が脳裏を駆け巡る。ニヤニヤとした相変わらずの嫌らしい笑みでカーブロレは、そうかそうか、と言いながら手に持ったままだったハンカチの入った箱をひったくって行った。なんかもう……全てを見透かされているようだ。

「んほほ。これが若い娘の汗が染みたハンカチなあ。いやはやご苦労だったなあ」

 ……わざわざ今まで言わないように努めていた言葉が、カーブロレの口から飛び出す。自分がやったことへの罪悪感と、変態に成り下がったかのような錯覚からかなりのダメージを受ける。ああ、ごめんなさい、猫耳のお姉さん。僕は依頼のために、この変態にあなたを売ります。ごめんなさい。ごめんなさい。
 ニヤニヤと嬉しそうに箱を持つカーブロレは、カウンターに入るとカウンターにしゃがみこみ、姿が見えなくなった。引き出しを開くような音から、何か探しているのだろう。しばらくするとカウンターの上にポンと見覚えのある箱が置かれる。

「ああ゛ー、どっこらせえ。ほれ、これがお前の依頼人の時計だ」

 じじくさく立ち上がったカーブロレが箱を突き出す。俺の方に。

「え」
「ほれなんだ受け取れ。それともあれか? もっと頼み事して欲しいんか?」
「有難く受け取ります!」

 もうこの爺さんの頼みはこりごりだ。というか未来永劫会いたくない。素早く受け取るとジェスラの後ろに引っ込むがひっひっひという声が聞こえてきて、アライグマじゃなくて腹が黒いたぬきなのではないかと思ってしまう。

「依頼の品は渡したぞ。ほれ、さっさと帰れ。わしはこれからこの匂いを堪能せねばならんからなあ」
「言われなくてもそうするさ。行こうアユム」
「う、うん」

 店の外に出ると店内の明るさに慣れたからか、先ほどよりも暗く感じる。おい、というカーブロレの声に振り返ると、逆光で幾分暗く表情の見えにくいカーブロレがジェスラではなくこちらを見ていた。

「またいつでも来るといいぞ。アユムとやら」

 声色からまだニヤついているだろうカーブロレは、そう言うと扉を閉め、奥へと戻って行った。

「もう来ないよ!」

 中に聞こえるように言い放つと、うっすらと笑い声が聞こえ、明かりが消える。再び暗くなった通りには今度こそ本当に静寂が訪れた。
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