21 影ひとつ
文字数 3,239文字
ガバガバと酒の進みも早く、ジェスラは店内を歩き回る一人の少女をひたすら睨みつけていた。
「何やったらあいつがこの店で働くことになるんだよ。ベルパドは何考えてやがる」
一人の愚痴をこぼしながら焼けになったようにつまみに手を伸ばす。
ジェスラが睨みつけているのは一人の少女。セレーブロだ。長いストレートの銀髪を高めに結わえ、この店の給仕服を身に纏い、あちらこちらと注文や配膳のため店内を歩き回る。ひらひらとしたメイド服のような服を着たセレーブロは可愛らしく、他にも店内から様々な視線を投げかけられているように感じる。
「アユム、何で止めなかった」
「ええ? 俺が口出しすることじゃないと思ったから……」
ジェスラはイライラと机を指で叩いている。これは相当きているのではないだろうか。
「お前は自分を殺しに来るような奴が近くに居て怖くないのか?」
「それは怖いけれど……、案外話して見れば話は通じるし、なんか大丈夫そうだったし」
「アユムが甘いのは今に始まったことじゃないだろ。なあジェスラ、そんなにくさくさすんなよ」
「お前もだガンリ、何とも思わないのか?」
「何も思わないってこたないが、アユムが大丈夫って言ってるし、そんなに心配することでもないんじゃないか?」
ガンリが助け舟を出してくれたが、ジェスラの苛立ちは消えそうにない。
「相手もまだ子供じゃねえか。殺すなんて言葉、そんなに真に受けるなって」
「しかしだなあ」
納得がいかないと言うように口ごもるジェスラ。気持ちはわからないでもないが、ベルパドが決めたことに口出しするわけにもいかず、悶々と不満を抱え込んでいるようだ。
「そんなに嫌ならベルパド説得して来たら? それが駄目なら力づくでどうにかするしかないんじゃない?」
テーブルに乗って伸びをしているアルマがジェスラにそう言う。説得なんてしてもベルパドのことだ。腕っ節が強い給仕が欲しかったと言っていたし、真面目に取り合ってはくれないだろう。
その時、ガタンと店内に大きな音が響く。音の方を向けば男が二人、胸倉を掴みあい喧嘩を始めたようだった。
「テメエ聞いてりゃ勝手なこと言いやがって!」
「お前こそなんだその口の聞き方はよお!」
男たちがそこらの机に突っ込んだりとものを投げ合ったりと周りに被害を加えて行く。周りにいた客は退避し始め、物以外に被害が及んでいるようではなかったが、手をつけられないような状態だった。
「お客様、お静かにお願い致しますわ」
客の元にセレーブロが向かう。だが男たちには声が届いていないようで、争いを止める様子は見られない。
バキッ!!!
セレーブロが目の前のテーブルを叩き割る。店の中には静寂が訪れた。男たちも喧嘩の手を止めセレーブロをただただ見つめていた。
「店の中では乱闘などお控えください。お静かにお願いしますわ」
「は、ハイ」
「スミマセンでした」
男たちはモゴモゴとセレーブロに恐れたように返事を返す。
「ちょっとセレーブロ! アンタまたテーブル壊したね! 給料から引くからね!」
「あら、これは失礼」
ベルパドが店の奥からやってくる。セレーブロを叱りつけるが、セレーブロは特に何とも思っていないようだった。
拳一つでテーブルを叩き割るなど、以前のベルパドとの争いではもしかしたら随分手加減をしていたのかも知れない。
するとジェスラが何を思ったのかセレーブロとベルパドの元へと近づいて行く。ベルパドを説得しに行ったのだろうか? でもそれならこんなタイミングで行くことはないのではないだろうか。
ジェスラの様子を伺っていると、なんとジェスラがセレーブロに拳を放つ。
セレーブロはそれを片手で難なく受け止めたが、ジェスラは一体何をするつもりなのだろうか?
「ちょっとジェスラ! アンタ何やってんのよ!」
ベルパドが声を荒らげる。ベルパドの反応は最もだろう。
「いきなり手をあげるなんて随分なお客様だこと」
セレーブロが受け止めたジェスラの拳を離し、そう言葉を返す。特に気にする様子もないようだが、ジェスラに向き直り、二人は見つめ合っている。というより睨みつけ合っているように見えた。
「聞こう、お前のその力、薬によるものか?」
「……さあ? だったらどうだと言うのかしら」
薬? 薬とは一体なんだろう。もしかして以前聞いたヴァルレクサのことだろうか? 睨みつけ合う二人の間にバチバチと火花が散っているように見える。
ジェスラは何故そこまでセレーブロを邪険にするのだろうか。この話を聞くに、俺が襲われたことにだけではないようだ。
「薬だって……?」
ガンリがぼそりと呟く。見ればガンリは眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。ガンリにも何か心当たりがあるのだろうか。
「ガンリ、薬ってヴァルレクサのこと?」
「恐らく、そうなんだろうな。あの女の子の力、普通じゃあ考えられん」
セレーブロの異常なほどの怪力はヴァルレクサによるものなのだろうか? ジェスラ自身はそうあたりをつけているようだ。セレーブロも否定を返すわけでもなく、どちらとでも考えられるように振舞っている。否定はない。
「薬だあ? この子が薬なんてやってるわけないだろう。うちに泊めてるけどそんなの見たこともないよ。ジェスラ、アンタいちゃもんつけるんじゃないよ。何しようがセレーブロはうちの給仕だよ。」
「だ、そうよ。お客様。お席へお戻りくださいな」
「……」
「……どうしたのよジェスラ。なんかいつものアンタらしくないわね」
「……いや、そうだな。すまん。席に戻るよ」
ふらりとベルパドの元を去る。ジェスラは脇目もふらず席に戻ってくると乱暴にドカリと席に座り込み頭を抱えてしまった。
「何焦ってんだ俺は」
「ジェスラ……どうしてあんなことしたの?」
「まさか本気でやるなんて僕思わなかったんだけど」
「手がかりに……なるんじゃないかと思ったんだよ。でも、あんなたかが小娘が薬の出どころなんて知ってるわきゃあないんだ」
ジェスラはどうやらセレーブロが何かを知っているのかと思ったようだ。ジェスラが頭をかきむしる。どうやら随分焦っているようだ。
「もう十年経った……なのに何も掴めちゃいない。クソっ」
十年。ジェスラは十年も薬について調べているらしい。随分昔から出回っている薬なのだろうか。
ガンリがジェスラの肩に手を添える。
「ジェスラ。気持ちはわかるが、そんなに焦るなよ。まだ、その時じゃないってだけだ。きっと何か手がかりになるものが出てくるって」
「……ああ、そうだな」
励ますようにガンリがジェスラに言葉を送る。ジェスラは持ち直したような表情をしながら顔を上げた。ジェスラに取っては藁にもすがりたいような気持ちなのだろう。セレーブロが薬に関わりがある線は濃いのだろうが、まだ黒とも言えないようだ。彼女の動向はこれからも気にかけるべきだろうか。
活気を取り戻し始めた店内にセレーブロの姿を見る。相変わらず客の注文を取ったり配膳をしたりしているようだ。
セレーブロは薬に関わりがあるのだろうか。彼女は、一体何を知っているのだろう。もしかしたら、無くしてしまった記憶にその手がかりがあるのかもしれない。
思い出さなければいけないのだろうか。無くした記憶がいいものか悪いものかはわからないが、彼女に関する記憶を取り戻したい。そうした後、彼女にちゃんと謝りたい。ジェスラにもお礼を言いたい。
目の前に置かれた飲み物に口をつける。後味爽やかで苦味があるグレープフルーツのような味。まるでこのジュースのようだ。爽やかな日常に一つ影を落としたような避けられない苦味。これからはその影に向き合って行かねばならない。先を思い、淡くため息を吐いた。
「何やったらあいつがこの店で働くことになるんだよ。ベルパドは何考えてやがる」
一人の愚痴をこぼしながら焼けになったようにつまみに手を伸ばす。
ジェスラが睨みつけているのは一人の少女。セレーブロだ。長いストレートの銀髪を高めに結わえ、この店の給仕服を身に纏い、あちらこちらと注文や配膳のため店内を歩き回る。ひらひらとしたメイド服のような服を着たセレーブロは可愛らしく、他にも店内から様々な視線を投げかけられているように感じる。
「アユム、何で止めなかった」
「ええ? 俺が口出しすることじゃないと思ったから……」
ジェスラはイライラと机を指で叩いている。これは相当きているのではないだろうか。
「お前は自分を殺しに来るような奴が近くに居て怖くないのか?」
「それは怖いけれど……、案外話して見れば話は通じるし、なんか大丈夫そうだったし」
「アユムが甘いのは今に始まったことじゃないだろ。なあジェスラ、そんなにくさくさすんなよ」
「お前もだガンリ、何とも思わないのか?」
「何も思わないってこたないが、アユムが大丈夫って言ってるし、そんなに心配することでもないんじゃないか?」
ガンリが助け舟を出してくれたが、ジェスラの苛立ちは消えそうにない。
「相手もまだ子供じゃねえか。殺すなんて言葉、そんなに真に受けるなって」
「しかしだなあ」
納得がいかないと言うように口ごもるジェスラ。気持ちはわからないでもないが、ベルパドが決めたことに口出しするわけにもいかず、悶々と不満を抱え込んでいるようだ。
「そんなに嫌ならベルパド説得して来たら? それが駄目なら力づくでどうにかするしかないんじゃない?」
テーブルに乗って伸びをしているアルマがジェスラにそう言う。説得なんてしてもベルパドのことだ。腕っ節が強い給仕が欲しかったと言っていたし、真面目に取り合ってはくれないだろう。
その時、ガタンと店内に大きな音が響く。音の方を向けば男が二人、胸倉を掴みあい喧嘩を始めたようだった。
「テメエ聞いてりゃ勝手なこと言いやがって!」
「お前こそなんだその口の聞き方はよお!」
男たちがそこらの机に突っ込んだりとものを投げ合ったりと周りに被害を加えて行く。周りにいた客は退避し始め、物以外に被害が及んでいるようではなかったが、手をつけられないような状態だった。
「お客様、お静かにお願い致しますわ」
客の元にセレーブロが向かう。だが男たちには声が届いていないようで、争いを止める様子は見られない。
バキッ!!!
セレーブロが目の前のテーブルを叩き割る。店の中には静寂が訪れた。男たちも喧嘩の手を止めセレーブロをただただ見つめていた。
「店の中では乱闘などお控えください。お静かにお願いしますわ」
「は、ハイ」
「スミマセンでした」
男たちはモゴモゴとセレーブロに恐れたように返事を返す。
「ちょっとセレーブロ! アンタまたテーブル壊したね! 給料から引くからね!」
「あら、これは失礼」
ベルパドが店の奥からやってくる。セレーブロを叱りつけるが、セレーブロは特に何とも思っていないようだった。
拳一つでテーブルを叩き割るなど、以前のベルパドとの争いではもしかしたら随分手加減をしていたのかも知れない。
するとジェスラが何を思ったのかセレーブロとベルパドの元へと近づいて行く。ベルパドを説得しに行ったのだろうか? でもそれならこんなタイミングで行くことはないのではないだろうか。
ジェスラの様子を伺っていると、なんとジェスラがセレーブロに拳を放つ。
セレーブロはそれを片手で難なく受け止めたが、ジェスラは一体何をするつもりなのだろうか?
「ちょっとジェスラ! アンタ何やってんのよ!」
ベルパドが声を荒らげる。ベルパドの反応は最もだろう。
「いきなり手をあげるなんて随分なお客様だこと」
セレーブロが受け止めたジェスラの拳を離し、そう言葉を返す。特に気にする様子もないようだが、ジェスラに向き直り、二人は見つめ合っている。というより睨みつけ合っているように見えた。
「聞こう、お前のその力、薬によるものか?」
「……さあ? だったらどうだと言うのかしら」
薬? 薬とは一体なんだろう。もしかして以前聞いたヴァルレクサのことだろうか? 睨みつけ合う二人の間にバチバチと火花が散っているように見える。
ジェスラは何故そこまでセレーブロを邪険にするのだろうか。この話を聞くに、俺が襲われたことにだけではないようだ。
「薬だって……?」
ガンリがぼそりと呟く。見ればガンリは眉間にしわを寄せ難しい顔をしていた。ガンリにも何か心当たりがあるのだろうか。
「ガンリ、薬ってヴァルレクサのこと?」
「恐らく、そうなんだろうな。あの女の子の力、普通じゃあ考えられん」
セレーブロの異常なほどの怪力はヴァルレクサによるものなのだろうか? ジェスラ自身はそうあたりをつけているようだ。セレーブロも否定を返すわけでもなく、どちらとでも考えられるように振舞っている。否定はない。
「薬だあ? この子が薬なんてやってるわけないだろう。うちに泊めてるけどそんなの見たこともないよ。ジェスラ、アンタいちゃもんつけるんじゃないよ。何しようがセレーブロはうちの給仕だよ。」
「だ、そうよ。お客様。お席へお戻りくださいな」
「……」
「……どうしたのよジェスラ。なんかいつものアンタらしくないわね」
「……いや、そうだな。すまん。席に戻るよ」
ふらりとベルパドの元を去る。ジェスラは脇目もふらず席に戻ってくると乱暴にドカリと席に座り込み頭を抱えてしまった。
「何焦ってんだ俺は」
「ジェスラ……どうしてあんなことしたの?」
「まさか本気でやるなんて僕思わなかったんだけど」
「手がかりに……なるんじゃないかと思ったんだよ。でも、あんなたかが小娘が薬の出どころなんて知ってるわきゃあないんだ」
ジェスラはどうやらセレーブロが何かを知っているのかと思ったようだ。ジェスラが頭をかきむしる。どうやら随分焦っているようだ。
「もう十年経った……なのに何も掴めちゃいない。クソっ」
十年。ジェスラは十年も薬について調べているらしい。随分昔から出回っている薬なのだろうか。
ガンリがジェスラの肩に手を添える。
「ジェスラ。気持ちはわかるが、そんなに焦るなよ。まだ、その時じゃないってだけだ。きっと何か手がかりになるものが出てくるって」
「……ああ、そうだな」
励ますようにガンリがジェスラに言葉を送る。ジェスラは持ち直したような表情をしながら顔を上げた。ジェスラに取っては藁にもすがりたいような気持ちなのだろう。セレーブロが薬に関わりがある線は濃いのだろうが、まだ黒とも言えないようだ。彼女の動向はこれからも気にかけるべきだろうか。
活気を取り戻し始めた店内にセレーブロの姿を見る。相変わらず客の注文を取ったり配膳をしたりしているようだ。
セレーブロは薬に関わりがあるのだろうか。彼女は、一体何を知っているのだろう。もしかしたら、無くしてしまった記憶にその手がかりがあるのかもしれない。
思い出さなければいけないのだろうか。無くした記憶がいいものか悪いものかはわからないが、彼女に関する記憶を取り戻したい。そうした後、彼女にちゃんと謝りたい。ジェスラにもお礼を言いたい。
目の前に置かれた飲み物に口をつける。後味爽やかで苦味があるグレープフルーツのような味。まるでこのジュースのようだ。爽やかな日常に一つ影を落としたような避けられない苦味。これからはその影に向き合って行かねばならない。先を思い、淡くため息を吐いた。