05 カーブロレの店-1

文字数 2,571文字

 あれからジェスラと運び屋、という仕事をやることになった俺は、ジェスラの家で生活をすることとなった。と、言ってもまだ運び屋としての仕事は始めてはいないが。

 ジェスラは、有る程度、期間が長い運びの仕事から帰ってくると、2週間は休息を取るらしく、仕事という仕事はジェスラと共に俺と一緒に運ばれて来た依頼の品を依頼人に届けたくらいだ。

 後は家でダラダラしていれば自然と仕事が入って来るらしく、今日も家で一日過ごすことになるのかなあ。とぼんやりしながらベッドから起き上がった。


 もそもそと朝食を取りながら、テーブル越しに座る虎頭を見る。コーヒーを片手に持ちながら新聞を読むという姿はとても様になっている。が、いかんせん格好が格好で、タンクトップにトランクスという、日曜日のダラダラお父さんスタイルなので帳消し以上、むしろマイナス差し引きされてとても残念な格好をしている。

 贔屓目無しでも格好いいと思わせる虎が数週間前には居たが、俺に完全に気を許しているのか、それとも単に舐められているのか。虎の頭で妙に人間臭いところを見せられると、なんとも言えない気持ちになってくる。
 日向でだらんと昼寝でもしている虎を見た方がまだ格好いいと思える気がした。

ピンポーン

「くああー、あー客かな」

 インターホンの音にジェスラが席を立つ。だがその姿は先ほど表現したように、タンクトップにトランクス、おまけに虎の無駄に大きな口を開けて間抜けな大あくび。そのままボリボリと腹をかきむしりながら、仕事用に使っていると言っていた方の入り口に行こうとする。

「俺が出るからいいよ。ジェスラは座ってて」

 流石にこのだらしのない姿を客に見せるのはまずいだろうと思い、焦りながらジェスラを止める。そう言うとジェスラはおお、頼んだぞ。と眠そうな顔をしながら、奥の部屋に下がって行った。

 この虎頭は以前からこんな事をしていたのだろうか。少々残念なこの虎が雇い主という事実に、少しだけげんなりとした。






 仕事用の玄関へ行き鍵を外す。ガチャ、というドアノブの音を響かせ広がっていく隙間から、空より降る光が入り込んでくる。眩しさに目を細めながら扉を開け放つと、そこには角の立派な、鹿の頭を持った男が立っていた。

「あれ? ここって虎のファーリィ(獣人)の運び屋さん、じゃあなかったかな」
「はい、その通りです。ご依頼の方ですか?」

 鹿の頭の言葉に、先ほどのだらしがない虎頭を思い出す。腕を組み、片手の指先でとんとん、とこめかみを叩いている目の前の鹿のファーリィ。
 なんとなく、言葉の端から神経質そうな雰囲気が漂ってくる彼に、やはりあのまま出さなくて正解だったな、と思った。

「依頼が無きゃあ、こんな路地裏にある運び屋になんてやってこないと思うがね。ジェスラ・バートンさんは?」
「奥にいます。お通ししますのでどうぞ」


 奥にある仕事用の応接間に鹿頭を通すと、入り口に角を引っ掛けないようにか、少し大袈裟に屈んで入っていった。ソファに座りながら脚を組み、部屋の中を見回し出す。応接間というだけあって片付いてはいる。
 いるのだが、棚を開くと乱雑に詰め込まれた資料などが入っており、はじめこの家を案内された時に雪崩を起こしていたので、この神経質な客の前ではどうか溢れ出さないでくれよ。と思いながら、ジェスラを呼んで来ると言い残し、部屋を後にした。



 先ほどまで食事をとっていたダイニングでは、ジェスラは俺が客に対応している間に着替えたのか、きちんとした形姿で椅子に座って新聞を読んでいた。

「ジェスラ、お客さん応接間に通したよ」
「ん、済まんな。茶でも入れてきてくれ」

 俺に気が付くとすっくと立ち上がり、畳んだ新聞をテーブルにおく。服の乱れなどを正しながらそう言うと、廊下から応接間へと歩いて行った。

 あの少々神経質そうな鹿に似合いの飲み物と言ったら、やはり紅茶だろうか。お湯を沸かしながらそう考えると、以前教えられた棚の中を漁る。だがそのままでは届かないので、椅子を持ってきてその上に上がる。
 若返って体は軽くなったが、身長がないとやはり辛いものがある。以前まで見えていたはずの風景が、途端に懐かしく感じた。




「では、本来ルートとして予定していなかった街なので少々お時間はかかりますが、それでもよろしいですか?」
「ええ、構いませんよ。依頼の品を取ってきて頂けるだけで結構ですからね」
「分かりました。ご依頼承ります。こちらにサインを」
「ありがとうございます。………はい。では私のサインと、こちらが店側との契約書です。私はこれにて、失礼致します」

 もう話が終わったのか、俺がノックをして部屋に入ると、鹿のファーリィはサインをし、立ち上がるところだった。
 ジェスラと共にこちらに気が付いたようだが、礼をして、入ってきた時と同じように、身を屈めて出て行く。ジェスラは茶は机に置いておけ、と言い残し、鹿のファーリィを見送るために共に応接間から出て行った。

 折角うまく淹れることが出来たんだがなあ。と入れてきた紅茶を啜る。口の中に広がるのは強い苦味で、やっぱり帰ってもらって良かったなと苦々しく思い直した。
 あまりに苦いのでミルクと砂糖を多めに入れてなんとか飲めるくらいになった。透き通る琥珀の色はもう見えない。

 しばらくしてジェスラが応接間へ戻ってくると、どっかりとソファに沈みながらはあー、と深いため息を付いた。

「どうしたの」
「あー、またあの偏屈ジジイのところに行くのか」
「偏屈ジジイ?」
「時計職人のジジイだ。お前を連れてきた時に行ってたところだよ。ガンリに頼まれた時計でな」
「ああ、あのやけに作りがどうとか、デザインがどうとか暑苦しく語ってた。確か、カー、カーブ……」
「カーブロレだよ。ああ嫌だ。あのジジイまた無理難題吹っかけて来るぞ」
「無理難題って?」
「あー……子供にはまだ早いことかな……」

 そう言うと深く沈むソファから身を起こし、手の付けられていない方の紅茶を啜る。

「……この紅茶、苦いな」
「……ごめん」

 甘ったるいはずの紅茶の味がやけに苦く感じた。
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