04 就職と苦味-1
文字数 2,756文字
あれからほんの数分歩くと、ジェスラはある店の前で足を止めた。扉についた窓からこぼれる光は暖かい。金色の取っ手を掴み扉を開けたジェスラに、先に入れとうながされる。開け放たれた扉から一気にガヤガヤと、外にいた時よりもうるさい音の波が流れ出してくる。
茶を基調とした、古典的で上品に見える内装に、一瞬硬い店なのかと思ったが、店内の空気はどの席からも騒がしく、笑い声が響いてくる砕けた雰囲気の店だった。
ジェスラはガンリを探しているのか、給仕に声をかけていたが、奥からジェスラの名前を呼ぶ、ガンリとは違う低めの男性の声が聞こえてきた。
声の方向に目を向けてみると、清潔感のある服と腰巻きのエプロンをし、赤褐色の目と黒い横筋の入ったオリーブ色の肌を持つ、トカゲのスケイリー がドタドタとこちらへ歩いてくる。
「ああ〜ん、ジェスラったら久しぶりじゃなぁい!んもー、元気にしてたあ?」
「たかだかひと月だろうが……。帰って早々、お前のうまい飯を食いにきてやったぞ、べルパド」
べルパドと呼ばれたそのスケイリーは、くねくねとシナを作りながらジェスラの手を両手で握りしめ、ジェスラの言葉に、嬉しいわあ! ジェスラったら正直なんだから! とかなんとかいいながら、ますます嬉しそうに、握りしめた手をぶんぶんと振り、尻尾はバシバシと痛そうな音を生みながら、近くに座る客の足を叩きつけていた。
俺はというと、あまりのキャラの濃さにぶるぶると震えながら、白目を剥きかけていた。
この世界に慣れてすらいない、まだ状況を理解したばかりの俺には、あまりにも刺激の強すぎる。というか刺激で全て構築されているかのような、でかいトカゲのオカマだ……。
ジェスラが少し引き気味に顔を引きつらせつつも、ガンリの居場所を尋ねると、一番奥の窓際に席を取っていると教えてくれた。ジェスラの後ろに下がり、出来るだけ気配を消しながら見つからないように進もうと思ったが、神は俺を見放した。
「あらジェスラ、その男の子だあれ?」
こちらを向いたべルパドの視線にびくりと体を揺らし、冷や汗をかきながら足を止める。俺の様子に気がつき焦ったのか、ジェスラは少し俺を後ろに隠しながら、突然預かる事になった遠縁の子なのだと言った。
ふ〜んとあまり関心なさげな返事だったが、何を思ったのかずいっと詰め寄りながら俺に名前をたずねてきた。
「ねえあなた。名前はなんていうの?」
「は、あ、はい。アユムと言います」
「そーお、アユム君っていうのねえ」
俺の名前を聞くとうんうんと頷きながら、顔をニマニマとゆがませているように見える。何がしか企んでいるような顔に妙なざわめきを覚えるが、気付かない方がいいような気がして、黙っておく。
「ゆっくりして行ってねえ。腕によりをかけて作ってあげるから!」
それだけ言うと、るんるんという音でも聞こえてきそうなほど浮かれた様子になりながら、店の奥に下がってゆく。
先ほど尻尾を叩きつけられていた客は少しだけ恨めしそうに、だが恐ろしいのかビクつきながら美味そうな飯を口に運んでいた。
突然剛速球を投げつけられ、咄嗟に回避することも叶わずに痛みに呻く。
ベルパドの猛攻を無事乗り切ったジェスラは、少しだけホッとしたように戻っていくべルパドを見ていた。血の気が引き今にも白目を剥きかけない俺に気が付くと、少し焦ったようにガンリの待つ席へと連れて行かれた。
「待ってたよー! いやあ、見てたぞジェスラ。アユム完全に目付けられてたじゃねえか。あんな中途半端じゃなく、ちゃんと守ってやれよ」
「俺には無理だった」
テーブルに料理が並べられ、すでに食事を始めていたガンリが面白おかしそうに俺を見る。給仕からメニューを受け取り、適当に何品か頼むジェスラに何を食べるかと聞かれるが、おすすめをとだけ言って任せた。というかこの世界の文字読めるのか? 俺は今何語を話しているんだろう。気にはなったが、考える暇もなくガンリが話しかけてきた。
「おい大丈夫かあアユム。この肉美味いぞ食うか?」
「いや……自分の料理が来たら食べるからいいです。……あの人は一体」
「初対面であれ見せられれば、まあそうなるだろうな。あいつはべルパドっていうこの店の店主だ。あんな奴だが、飯は美味いぞ」
そういいながら、先ほど頼んだにしては早くふたつジョッキのビールと何かジュースが運ばれてくる。
ビールジョッキを持つジェスラとガンリは限りなく様になっているが、なんとなく、店の内装とは微妙に会わないちぐはぐな光景におかしさを感じた。
「お、あいつ気が利くなあ」
「そりゃあ、来るたび来るたび毎回酒頼んでりゃ、嫌でも覚えるだろうよ、ほれアユム」
ガンリから飲み物を手渡され、冷たいそれで喉を潤す。爽やかだが少し苦味があるそれはグレープフルーツのジュースのような味がする。
あまりグレープフルーツは好きではないんだけどなあなんて心の中でケチを付けながら、食道を下って胃に冷たいものがおりて行くのを感じる。
「そういやあ、アユム。おまえ、クナの森にいたんだよなあ。川に入ろうとしたとかジェスラが言ってたけれど、まさか水飲んでないよな」
「クナの森? あの森の名前ですか?」
「そうそう、あの森に流れてる川の上流に不発弾落ちてるから、あそこの水、微妙に汚染されてんだぜ。だから、滅多なことじゃあ、人は近づかないんだが……」
ふ、不発弾?いきなり出て来たワードにまた動揺してきた。声に出していたのか、二人は残念そうな顔をする。どういうことなのか、と答えを求めると、ジェスラが教えてくれた。
「あの川の上流には、大昔、つっても700年くらい前だが、戦争があった時の核爆弾が埋まってるんだ。」
「核……」
「あー、核爆弾っていうのはなあ、」
700年、想像出来ない長さだが不発弾ということは、弾頭に使われている鉄が錆びて劣化し、亀裂から放射能が漏れ出しているのだろうか。700年放置って、それ相当危ないモノなんじゃないか? もしあの生き物も放射能の影響なら、俺はあの森にいて大丈夫だったのか……?
子供という容姿もあり、わからないと思い説明してくれているガンリには悪いが、中身は19歳なのである。ガンリの説明は適当に相づちを打ちながら右から左に流す。すまんガンリ。
だが今の話を聞き、妙に気になることがあった。何故ジェスラはあの森に居たのだろうか。核が放置されていて、あんな化け物まで出てくる森なんかに。
次から次に出てくる情報や疑問に、やはりこの世界は、俺の居た世界とは全く違うのだなと思い知らされる。
茶を基調とした、古典的で上品に見える内装に、一瞬硬い店なのかと思ったが、店内の空気はどの席からも騒がしく、笑い声が響いてくる砕けた雰囲気の店だった。
ジェスラはガンリを探しているのか、給仕に声をかけていたが、奥からジェスラの名前を呼ぶ、ガンリとは違う低めの男性の声が聞こえてきた。
声の方向に目を向けてみると、清潔感のある服と腰巻きのエプロンをし、赤褐色の目と黒い横筋の入ったオリーブ色の肌を持つ、トカゲの
「ああ〜ん、ジェスラったら久しぶりじゃなぁい!んもー、元気にしてたあ?」
「たかだかひと月だろうが……。帰って早々、お前のうまい飯を食いにきてやったぞ、べルパド」
べルパドと呼ばれたそのスケイリーは、くねくねとシナを作りながらジェスラの手を両手で握りしめ、ジェスラの言葉に、嬉しいわあ! ジェスラったら正直なんだから! とかなんとかいいながら、ますます嬉しそうに、握りしめた手をぶんぶんと振り、尻尾はバシバシと痛そうな音を生みながら、近くに座る客の足を叩きつけていた。
俺はというと、あまりのキャラの濃さにぶるぶると震えながら、白目を剥きかけていた。
この世界に慣れてすらいない、まだ状況を理解したばかりの俺には、あまりにも刺激の強すぎる。というか刺激で全て構築されているかのような、でかいトカゲのオカマだ……。
ジェスラが少し引き気味に顔を引きつらせつつも、ガンリの居場所を尋ねると、一番奥の窓際に席を取っていると教えてくれた。ジェスラの後ろに下がり、出来るだけ気配を消しながら見つからないように進もうと思ったが、神は俺を見放した。
「あらジェスラ、その男の子だあれ?」
こちらを向いたべルパドの視線にびくりと体を揺らし、冷や汗をかきながら足を止める。俺の様子に気がつき焦ったのか、ジェスラは少し俺を後ろに隠しながら、突然預かる事になった遠縁の子なのだと言った。
ふ〜んとあまり関心なさげな返事だったが、何を思ったのかずいっと詰め寄りながら俺に名前をたずねてきた。
「ねえあなた。名前はなんていうの?」
「は、あ、はい。アユムと言います」
「そーお、アユム君っていうのねえ」
俺の名前を聞くとうんうんと頷きながら、顔をニマニマとゆがませているように見える。何がしか企んでいるような顔に妙なざわめきを覚えるが、気付かない方がいいような気がして、黙っておく。
「ゆっくりして行ってねえ。腕によりをかけて作ってあげるから!」
それだけ言うと、るんるんという音でも聞こえてきそうなほど浮かれた様子になりながら、店の奥に下がってゆく。
先ほど尻尾を叩きつけられていた客は少しだけ恨めしそうに、だが恐ろしいのかビクつきながら美味そうな飯を口に運んでいた。
突然剛速球を投げつけられ、咄嗟に回避することも叶わずに痛みに呻く。
ベルパドの猛攻を無事乗り切ったジェスラは、少しだけホッとしたように戻っていくべルパドを見ていた。血の気が引き今にも白目を剥きかけない俺に気が付くと、少し焦ったようにガンリの待つ席へと連れて行かれた。
「待ってたよー! いやあ、見てたぞジェスラ。アユム完全に目付けられてたじゃねえか。あんな中途半端じゃなく、ちゃんと守ってやれよ」
「俺には無理だった」
テーブルに料理が並べられ、すでに食事を始めていたガンリが面白おかしそうに俺を見る。給仕からメニューを受け取り、適当に何品か頼むジェスラに何を食べるかと聞かれるが、おすすめをとだけ言って任せた。というかこの世界の文字読めるのか? 俺は今何語を話しているんだろう。気にはなったが、考える暇もなくガンリが話しかけてきた。
「おい大丈夫かあアユム。この肉美味いぞ食うか?」
「いや……自分の料理が来たら食べるからいいです。……あの人は一体」
「初対面であれ見せられれば、まあそうなるだろうな。あいつはべルパドっていうこの店の店主だ。あんな奴だが、飯は美味いぞ」
そういいながら、先ほど頼んだにしては早くふたつジョッキのビールと何かジュースが運ばれてくる。
ビールジョッキを持つジェスラとガンリは限りなく様になっているが、なんとなく、店の内装とは微妙に会わないちぐはぐな光景におかしさを感じた。
「お、あいつ気が利くなあ」
「そりゃあ、来るたび来るたび毎回酒頼んでりゃ、嫌でも覚えるだろうよ、ほれアユム」
ガンリから飲み物を手渡され、冷たいそれで喉を潤す。爽やかだが少し苦味があるそれはグレープフルーツのジュースのような味がする。
あまりグレープフルーツは好きではないんだけどなあなんて心の中でケチを付けながら、食道を下って胃に冷たいものがおりて行くのを感じる。
「そういやあ、アユム。おまえ、クナの森にいたんだよなあ。川に入ろうとしたとかジェスラが言ってたけれど、まさか水飲んでないよな」
「クナの森? あの森の名前ですか?」
「そうそう、あの森に流れてる川の上流に不発弾落ちてるから、あそこの水、微妙に汚染されてんだぜ。だから、滅多なことじゃあ、人は近づかないんだが……」
ふ、不発弾?いきなり出て来たワードにまた動揺してきた。声に出していたのか、二人は残念そうな顔をする。どういうことなのか、と答えを求めると、ジェスラが教えてくれた。
「あの川の上流には、大昔、つっても700年くらい前だが、戦争があった時の核爆弾が埋まってるんだ。」
「核……」
「あー、核爆弾っていうのはなあ、」
700年、想像出来ない長さだが不発弾ということは、弾頭に使われている鉄が錆びて劣化し、亀裂から放射能が漏れ出しているのだろうか。700年放置って、それ相当危ないモノなんじゃないか? もしあの生き物も放射能の影響なら、俺はあの森にいて大丈夫だったのか……?
子供という容姿もあり、わからないと思い説明してくれているガンリには悪いが、中身は19歳なのである。ガンリの説明は適当に相づちを打ちながら右から左に流す。すまんガンリ。
だが今の話を聞き、妙に気になることがあった。何故ジェスラはあの森に居たのだろうか。核が放置されていて、あんな化け物まで出てくる森なんかに。
次から次に出てくる情報や疑問に、やはりこの世界は、俺の居た世界とは全く違うのだなと思い知らされる。