10 23番通りで何が起こったか-2

文字数 3,806文字

「あれー。ここら辺だと思うんだけどな……」

 大きめの通りから横道に入った場所で地図と辺りの様子を比較する。ちゃんと目印になるものも書いてあるものと同じだし、間違いは無い。

「ジェスラが間違えてるとか? んーでも問題なさそうだけどなあ。これ」

 目印は分かりにくいがここまでの道のりを思い返しても、何ら問題は無かった。ううん、と唸りながらもう一度間違いはないかと、少し前の道からやり直そうと二十三番通りの大きな通りに出ようとすると、ひらけたところでばんっと何かにぶつかった。

「あで!」
「おわっ、ごめんごめん、大丈夫か?」

 ぶつかった人を見上げると、トカゲのような、なんだろう多分トカゲだと思うんだが、頭と顎から喉元がトゲトゲとしている。スケイリー(爬虫類人)の男性がそこにいた。なんか数日前もこんな事あったな。

「ごめんなさい。前ちゃんと見てなくて……」

 いやいや、俺こそごめんな。という男性の反応の安心する。いい人で良かったが、自分の不注意さを治さないとそのうちぶつかった人に、肩が骨折しただのなんだのといちゃもんをつけられる未来が来そうだ。

「じゃ、俺はこれで」
「あっちょっと待ってください!」

 思わず男性を引き止める。これも何かの縁だし、今探している店のことを聞こう。別に道行く人を引き止めるのが面倒とかそんなではない。

「あの、ここら辺にインシエンソって言う店ありませんか? 探しているんですけれど、中々見当たらなくて」
「インシエンソね、いいや知らないな。何の店?」
「茶葉とか取り扱っている専門店らしいんですが」
「そういうのかあ。俺には縁遠い店だなあそりゃ。ごめんな、わからないよ」
「そうですか……すみません引き止めてしまって、ありがとうございました」

 もしかしたらと思ったが、この男性は知らないようだ。少し奥まったところにある店とか言っていたし、知る人ぞ知る、みたいな店なのだろうか。スケイリーの男性にお礼を言い、この場を去ろうとすると待てと引き止められる。

「なんか荷物持ってるけれど、お使いかなんか?」
「はい、そうです。地図の通りに進んでるんですけれど、辿りつかなくて」
「ふうん。どれ、見せてみ」

 男性に手を差し出され、地図を渡す。手伝ってくれるのだろうか? 差し出した地図を見ると男性は、ああ! と何かわかったように反応した。

「これ、この目印になってる店。ちょっと前に移動したんだよ。こんな手前じゃなくって、前はもう少し向こうにあったんだ」
「そうだったんですか」

 地図が間違って居た訳ではなく、目印が移動していたと……。仕事でしょっちゅう街を離れるジェスラに街の様子を常に理解しておけというのも無理な話か。ひとり納得し、男性に礼を言うとにっこりと微笑まれる。多分微笑んでいるはずだ。トカゲの顔は正直まだよく分からない。

「いいんだよ。どうせ俺もそっちに行くし、付いてってやろうか?」
「いや、そこまでしていただかなくても」
「なあに気にすんなって!」

 ばんっと背中を叩かれ、うっ、と声を出してしまう。ぶつかった時より痛いぞ、これ。
 男性の言葉に甘え目印の店まで共に行く事にし、歩み出した。しばらく道を共に歩いていると、またあの浮遊物が頭上に見えてきた。

「あの、あれってなんなんですか?」
「あれ?」

 男性にそう聞きながら頭上に浮く銀色の物体を指差すと、なんでもない風な答えが帰ってくる。

「ああ、nAIか」
「えぬえーあい?」
「人工知能だよ。なんだ見たことないのか?」
「最近この街に越してきて、初めて見ました」
「ほー、まあnAIなんて、デカい街じゃないと滅多に見ないとか言うしなあ。小さいとっから来たのか?」
「はい、今は叔父の世話になっているんです」

 適当な嘘を言いながら、話を続ける。案外嘘ってすんなりつけるものなんだな……。ちょっとの罪悪感を感じながらも、あの球体についての情報を得た。人工知能なんて、まさにSFだよなあ。

「人工知能って何をするんです?」
「あのタイプは街の警邏とか放送とかだな。あと、犯罪が起きた時に警察機関への通報とかも」
「他にもあるんですか?」
「ああ、機械の制御とか、管理統率とか。街の清掃しているのとか他にも色々。そういやあ、ここ一年で性能上がったとか喜んでるやつがいたっけなあ」

 球体を見上げると、変わった様子もなくただそこに佇んでいる。映画や漫画、空想の中にしか出てこなそうなものが今自分も頭上に浮いているのだと思うと、少し気持ちが膨らんだ。ロマンがあるよなあロマンが。
 にまにまと顔をゆがませていると、そういえば、と男性が話しかけてきた。

「別のところから来たなら、ここら辺の噂も知らないわけか」
「噂?」
「男なら聞いてて損ないぜ。ここらの地下にな、何年か前から地下鉄通そうってんでトンネルがあるんだよ」
「地下鉄……」

 地下鉄なんてものもあるのか。ただ街と街を繋ぐには、距離が長い様な気がするが。

「その排気口がここら辺にあるんだ。んで運良くそこの上にスカートのお姉ちゃんとかいるとな」

「きゃあ!!」
「お! あんな風になるわけよ!」

 ブワッっと舞い上がるスカートを抑える女性がいた。排気口と思われる格子の近くに居たのだろう。ゴオオと先ほどまでは聞こえなかった音が鳴り、風が吹いているのか。両手で押さえながらもちらりとスカートとは別の色が見えた。
 どこの世界でも男とは変わらないものなんだな……。周りの通りすがりと思われる男性も、ちらっと横目で見る人や、ヒューと茶化すように口笛を吹く男性が居たり、この隣の男性みたいに、にやけ顔を見せたり。下世話であるがまあ俺も見ちゃったんですけどね! 恥ずかしいけどね! 仕方ないね!

「お、なんだよ顔を赤くして、可愛いやつだなお前ー」
「あはははは……は?」
「いやー、ピンクかー。俺的には黒とかもいいと思うんだよなあ」

 男性に茶化されながら笑っていると、どこからか視線を感じる。ふと先ほどの女性に目を向けると、恐ろしいほどの形相でこちらを見ていた。正確には恐らく、この男性を。
 やばい。直感でそう感じ、隣の男性を見やる。呑気に先ほどの話の続きなのか、白もいいよなーなどと話す男性。こいつの口をなんとしても閉ざさねば、こいつの命はない。下着の色などという下世話な話をする男だが、これでも一応恩人だ。今すぐ逃げ出したいがここは俺がなんとかしなければ。

「ね、ねえ! えっとお兄さん! それよりも、地図にあった店ってまだ先だよね! 早く連れてってよ!」
「ん? いやあ、もうここだぞ」
「じゃあ、お礼をしたいから美味しいご飯食べようよ! 僕お腹減っちゃってさー!」
「子供から奢られる訳にはいかないだろ。それよりもなーお前は何色が好きだ?」

 駄目だこいつ。いや俺に話術がなくて誘導出来ないのが駄目なのか。向こうから女性がゆったりとした歩みでやってくる。もう、すぐそこに。

「ロディさん」
「ん? おお、リンダじゃ、ってお前さっきの……」

 ゆったりと、男性の名前を呼ぶ。その表情は一見穏やかだが、纏う雰囲気から殺気が滲み出る。知り合いだったらしく、男性、ロディが女性の名を呼ぶがすぐさま先ほどの女性だと気が付いたのか、表情が固まる。リンダはヒューマで、日に焼けた小麦色の肌と黒髪の一目で美人だと分かる女性だ。吊り目がちで少し気の強そうな印象を受ける。
 彼女の笑顔は美しいが、同時に寒気も感じる。ああ、どうか無事であってくれと願うがその願いは虚しく、次の瞬間にはビンタとロディの悲鳴が響き渡った。


「ロディさんなんて大っ嫌い!」
「リンダごめんって! 悪かったって!」
「ロディさんが待ち合わせに遅れなきゃ、あんな事にならなかったのに!」
「うぐっそれには訳がだな」
「しかも、わたしの下着見て黒がいいとかなんなのよ意味わかんない! 馬鹿!」
「そ、それはあ、その、希望というか」
「はああ!? 馬鹿馬鹿! ロディさんの馬鹿! 変態!」
「俺は変態じゃない! ただ男としてだなあ!」
「意味わかんない事言わないでよ! 変態じゃない! もう知らない、どっか行って」
「リ、リンダァ」


 ああ、空が青い。憎らしいほど青い。青、水色とか、俺は好きだよ。ロディ。


 空を見上げるのを辞め、二人をぼんやりと見る。ロディとリンダ、何処かで聞いたことがあると思ったが、初めてこの街に来た時のあのふたりか……。なんとなく聞き覚えのある声に納得する。
 じゃあ、ロディはイグアナか……。イグアナってこんななんだ。

 野次馬が集まり始め、ふたりを茶化す声が飛ぶ。リンダがロディの言葉を無視し始めたところで自業自得とはいえ、なんだか可哀想になってきた。ロディの情けない声を聞いているのが辛くなってきたとも言える。

 というか、リンダの話を聞くと、俺がぶつかったことでロディは遅れたようだし、ここは俺にも非があるだろう。ならばその誤解だけでも解かなければ。貰った恩は返さなければ罰が当たるというものだ。
 俺は渋々と傍観をやめ、巻き込まれたくないという気持ちを抑え、ふたりに声をかけた。
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