のっぺらぼう(2)

文字数 1,130文字

「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 僕はその場で腰を抜かして尻餅を搗いた。そんな見っともない真似、する訳ないと思っていたが、無意識に逃げようとする上半身と、(すく)んで動くことの出来ない下半身……。この二つと僕の混乱した意識との疎通が取れなくなり、悲しいかな、その場にペタリと腰を落としてしまったのだ。

「なんだい、例の学生さんかい? こんな夜中にやって来て、いきなり大声をあげるなんて、都会の子ってのは、どういう躾を受けてるんだろうねぇ?」
 僕は逃げようと慌てて、まず立ち上がるべきだと云うことに気付かなかった。そんな訳で、腰を落としたまま後退りして、少し離れてから、やっと立って走り出したのだ。
 しかし、充分に立ち上がる前に走り出すものだから、必然的に前につんのめる。そして前転するように何度も転び、走っているのだか、転がっているのだか、分からない状態で逃げ出した。

 この騒ぎに、近くに住んでいた村の人が、僕のいる広場近くに集まって来た。
 ここまで来ると、僕だって大体、村人がどうなっているかの想像はつく。それでも、恐る恐る連中の顔を見てみると、予想通りと云うか、想定内と云うか、区別の付かない同じ顔した連中が、こっちに向かって歩いてくるじゃないか……。

 やっぱり村人全員、人間じゃなく、のっぺらぼうと云う妖怪だったんだ!
 夜空の星は以前としてクルクルと旋回を行っており、まるでUFOか何かの様だ。これはある意味、ゴッホの名画のように見えないこともない。

 この村は、何年も前から妖怪に乗っ取られてしまっていたのか? それとも、元は人間だった村人が、この村で長く暮らすことによって妖怪化してしまったのだろうか? あるいは……、ここには蛭が多い。蛭に血を吸われて死んだ人間が、妖怪として生まれかわってしまったのかも知れない……。
 僕の頭の中では、色んな怪奇事件の伝承を当て嵌めて考えていた。
 実はこの時、自分では「この状況で、こんなことに思いが及ぶなんて、結構、僕は冷静だ……」なんて自負していたのだ。
 勿論、なんのこともない。
 落ち着いて考えれば、蛭に血を吸われて死ぬなんて、まず在り得ない。「どれほど血を吸われれば死ぬことになるんだ」って、直ぐに気付くはずだ。しかし、考えて欲しい。その時の僕は、決して正常な精神状態で無く、冷静な判断など、到底期待できない状況にあったのだ。

 とりあえず、村から逃げよう!
 村人にいたら、耀子さんの様に、顔を奪われて殺されてしまう。そうは言っても、夜の山の中を彷徨い歩くなんて、さすがに危険過ぎる。バス通りを降ろう! どんなに遠くても、いつかは町中に辿り着ける筈だ。
 僕はそう考え、バス通りを駆け降りて、村から逃げだしたのである……。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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