不思議な畑(2)

文字数 1,118文字

「何をしておる!」
 突然の荒々しく野太い男の声に、僕は思わず直立姿勢を取ってしまう。そして、ゆっくりと後ろを振りかえると、そこに居たのは山岸村長と今井巡査の二人であった。

「いえ……、別に……。ところで、この畑は、どうして、こんな所に?」
 それを聞いた村長と巡査は、お互いの顔を見合わせる。そして、僕の方に向き直り、山岸村長の方が僕の質問に答えた。
「見つかってしまった様だな。これはケナフと云う、繊維を取ることの出来る、木綿の様な植物なんだよ……。
 昔はこの村の近くにも煙草畑があってな、それで多くの村民が生計を立てておったんだよ。だが、昨今の健康ブームで煙草の需要が全く無くなってしまったんだ。それで替わりの産業を模索しておったんだが、この蛭原村の土壌が、ケナフ栽培に適してることが分かったのだよ。
 だが、まだ製品化には程遠い。そこで栽培法を研究しとったと云う訳なんだ……」
「でも、何でこんな山奥に?」
「それは、ケナフ栽培が山奥の土壌と気候に適していたからだ。それともう一つ、他の村にケナフの事を知られたくないんだ。折角この村の新しい産業になりそうなのに、他の村に先を越されたら、元も子もないだろう?」
「成程、そう言う訳だったんですか!」
「だからな、君も、このことは内密にしとってくれないだろうか?」
「そりゃ、公民館を一晩貸して貰った恩義がありますからね!」
 僕がそう言うと、村長と巡査は安心したかの様に、顔の緊張を少し和らげた。そして、今井巡査が、子供に諭すように優しい笑みを浮かべて僕に話しだした。
「そう云う訳で、君のことを疑う訳じゃないんだが、ここから先へ通す訳にいかないんだよ。ケナフ栽培に賭けている蛭原の村人が、他村に情報が漏れるんじゃないかと心配しているからね……。何も見なかったことにして、ここは黙って、村に戻ってはくれないかな? 頼むよ……」
「分かりました。じゃ、何も見なかったことにします。では、ケナフ栽培、上手く行くといいですね。頑張って下さい!」
 僕はそう言うと、元来た道を引き返した。

 長谷川刑事には「特に怪しいものは何もなく、只の畑だった」と伝えよう……。
 僕は、そう考えながら歩を進めていった。
 しかし、幾ら歩いても彼女に出くわさない。パンのビニールの場所まで行っても、彼女の姿が見当たらない。
 僕は「何かあったのかな?」と思いながら、バス停のある広場の方まで歩いていた。

 広場まで出てみると、そこには一台の中型バイクが止まっている。
 それに乗っていた男の人は、僕を見つけると、バイクを置いて僕に近づき声を掛けてきた。
「君、ここの村の人かい? 若い女の人を見なかったかな? この村に、まだいる筈なんだが……」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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