長谷川刑事(1)

文字数 1,014文字

 それから暫くの間、僕は文字通り途方に暮れていた……。

 ドラマのこう云った場面では「彼女のいない人生なんて、生きている意味が無い」などと言って、めちゃ悲嘆に暮れるシーン……。
 だが、その時の僕は、嘆くどころか、涙を流すことすら忘れていた。でも、かと言って、この村から逃げ出したいなどと考えてた訳でもない……。
 ただ、もう、僕は、何がなんだか訳が分からなくなっていたのだと思う……。

 そうは云っても、漫然と数時間を過ごしていたかと云うと、そんなこともない。
 僕は公民館で待機させられ、幾度となく刑事さんたちに呼ばれて事情を聴取された。だが、実際、何を話したのかはっきりとした記憶は無い……。恐らく僕の住所、ミステリー愛好会について、彼女との関係、彼女に変わったことが無かったか、そんな所だったのではないかと思う。

 山岸村長さんや、巡査さん(今井さんと云うそうだ)も話を聞かれたみたいであったが、僕ほどには細かい事を尋ねられてはいない様だった。

 そんな、慌ただしい午前が過ぎ、昼を回る頃になると、刑事さんたちも村から次々と引き上げて行く。
 どうやら事件は、何かを見誤って錯乱した耀子先輩が、ガードレールを越えて崖から転落したと云う、不幸な事故だと云うことで、片が付いているらしかった。
 そして、封鎖も徐々に解かれ、少しずつだが静かな元の村の日常に戻りつつある……。

 することも無い僕は、例のカーブの所に行って崖から景色を眺めようと思った。
 理由付けをするのなら、彼女が転落した痕跡を調べる為……、あるいは、彼女が何を見て、のっぺらぼうだと思ったのか、それを確かめる為に……。
 と云う風に説明した方が、かなり聞こえが良いだろう。だが、しかし、実際は、何となく。公民館にいても仕方ないので……。
 これが本当の理由だった。

「どうして、こんなことになってしまったのだろう?」
 僕はカーブの所まで来て、ガードレール越しに崖下を覗き込んだ。
 あの遺体は救急車が運んで行ったのだろうか? 既にブルーシートは無く、立ち入り禁止を示すテープも張ってはいなかった。
 顔を上げて見ると、緑の山々を越えて、遠くまで開けている視界。青い空にポツリ、ポツリと白い雲が浮かんでいる。

「後追い自殺なんて()めてよね。あんな死体、あたしはもう見たくないの……」
 僕がその声に振り返ると、そこには髪を肩まで伸ばした、黒の上下に黒のハイヒールの女性が腕を組んで立っていた。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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