のっぺらぼう(5)

文字数 1,139文字

「長谷川刑事、生きていたんですね!」

 僕はやっと人間に出会えて、安心したのか、流石に疲れがどっと出てきた。それでも気力を振り絞って彼女の方へと歩いて行く。
 少なくとも、彼女は生きていたのだ、この事を喜ばなくてはならない。

「どうしたの? 橿原君。こんな夜中に出歩いたりして……」
「そ、それが……」
 僕はそこで言葉を失ってしまう。
 彼女の姿が、闇の中から月明りの当たる道路へと現れてきたからだ……。
 彼女の姿は昼間と何も変わらない。しかし、顔のつくりは昼とは違っていた。彼女の顔にも何もない。彼女も既に、人間ではなかったのだ……。

 僕は無意識に後ろに後退りしてしまう。正直もう何が何だか分からない。僕は知らず知らずのうちにガードレールへと寄り掛かっていた。そして、飛び降りる心算などなかったのだけど、身体が後ろに段々と傾いていく。
 クルクルと回る星が、頭上から前へと回って下の方に移動していく……。僕はガードレールの向う側に、背中から逆さに落ちて行ったのである。

 正直、僕はここから落ちたら死ぬなんて、全く理解出来てなかった。それほど正常な精神状態ではなかったのだ。
「何やってんの! 馬鹿! 本当に死んじゃうでしょう!」
 耀子先輩の声が聞こえた。でも、何で聞こえるのだろう? 彼女はここで死んじゃった筈なのに……。
 もし、僕がその時、正常な精神状態だったら、それは、天国から彼女が呼んだものだと思ったに違いない。だが、僕には自分が死ぬことすら理解できていなかった。

 それは長谷川刑事の声だった。彼女は僕の右足を掴んで、落ちないように押さえていてくれたのだ。
 長谷川刑事は、仲間のサングラスの男達にも手伝わせ、僕を道路へと引き上げる。
 僕は「もう、どうにでもなれ」と云う心境だった。結局、僕はのっぺらぼうの一団に、生きたまま捕えられてしまったのである。
 そして、彼女は僕にキスをした。僕は意識が薄れて行く。その薄れた意識の中で、僕は彼女がこう言っているのを聞いていた。
「ご免。脅かせとは指示したけど、薬を盛るとまでは思わなかったのよ。ご免ね、明日までには治すからね。ご免ね……」

 翌朝、僕は公民館に、座布団を枕にして横になっていた。脇には長谷川刑事と升新刑事が座っている。二人ともちゃんと顔に目と鼻、そして口がある。
「橿原君、目が醒めた?」
「長谷川刑事? 僕は一体? そんなことより、僕はこの村の事を……」
「これから私、この公民館に村の人全員を集めて、今回の事件の真相を発表しようと思っているの……」
 事件の真相だって……?
「橿原君も知りたいでしょう? どう、一緒に真相を聞いてみない?」
 僕は一も二もなく同意した。
 勿論、僕だって知りたい。この妖怪事件の真相が、一体なんなのか……。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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