顔のない死体(2)

文字数 1,104文字

 村長の持ってきてくれた物は、普通の食パンと、ポットに入ったインスタントコーヒーであった。しかし、昼にコンビニ弁当しか食べていなかった僕たちにとっては、それでも、とても有難いものだった……。

 僕たちが食パンを食べ終えるのを見届けると、山岸村長は「翌朝また来る」と言って、自分の家へと戻って行った。
 因みに……。村長が帰る時、僕は改めて礼を言おうと、耀子先輩と彼を玄関で見送っているのだが、その時の僕は、恥ずかしいことに、あらぬ想像の為に、実は破裂するほど心臓が大きく波打っていた。
 ま、先輩はそんなことは、気にもしていなかった様だが……。

「先輩……」
「幸四郎、変な気起こしちゃ駄目よ」
「な、何ですか……、変な気って……」
「ごめん、ごめん、冗談よ」
 正直、僕は変な気を起こし掛けていた。もし、万が一、耀子先輩が、別に僕のこと嫌いでは無くて……、その……、特に拒絶するようなことがなくて、もしかすると……。

「幸四郎、私、折角こんな大自然の真っ只中にいるんだもの、満天の星空を見てみたいわ。だって、私たちって、一等星と二等星だけの星空しか見ていないでしょう?」
「僕も行きます」
「幸四郎は残っていて! 私はひとりで星が見たいの!!」
 耀子先輩はそう言ってニッコリと笑うと、僕の返事も待たず、さっさと外へと出て行ってしまった……。

 だが、正直な処、僕はほっとしている。
 彼女と一晩一緒に居て、何もせずに過ごせる自信が僕には全く無かった。恐らく、僕は拒絶され、彼女にコテンパンにのされ、軽蔑されるに決まっている……。
 とは言っても、彼女がどう強いのか? 実の処、僕は何も知ってはいない。
 奈良で巫女をやっていた僕の叔母は、彼女は妖怪が一目も二目も置く、恐ろしい女性だと言っていた……。しかし、僕には、彼女は普通の女性にしか見えない。

 ん……?

 僕はそんな普通の女性を、こんな夜中に、人気(ひとけ)の無い山中の散歩へと、ひとりきりで出してしまったのだ!

 そう思うと、僕は自分を恥じずにはいられなかったし、心配で居ても立ってもいられなかった。
 しかし、外に彼女を探しに行くのは、「ひとりで行く」と言った彼女の自由意思を束縛する様な気がして、僕は、それもすることが出来ない。
 星を見に行っただけなのだ……。遠くまで行く訳がない……。もう帰って来る……。
 僕はそう念じ、悶々としながら、耀子先輩の帰りをずっと待ち続けた……。

 先輩が帰ってきたのは、彼女が外に出てから30分くらいたった後だった。
 耀子先輩は公民館の引き戸を大きな音をたて力一杯開くと、こう叫びながらバタバタと部屋に駆け込んできたのである。
「幸四郎! の、のっぺらぼうが!」
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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