フィールド調査(1)

文字数 1,129文字

 蛭原村へと向かう乗り合いバスは、九時と五時のたった二本しか走らない。それでも、朝九時のバスには、僕と耀子先輩の二人だけしか乗ってはいなかった……。

「そこで、彼は恐ろしくなって逃げ出したのです。でも、そのうち彼は、疲れて走れなくなってしまい、街灯の下で息を切らせ、立ち止まってしまいました。すると……」
「そこに、誰かが来て?」
「そう。巡査さんがやって来て、『どうしたのですか?』って尋ねるんです……」
「それで?」
「男が顔を上げて、巡査さんの顔を見ると、そこには目も鼻も口も無い、ゆで卵の様なツルリとした顔が……」
 僕が今回のフィールド調査対象事件を説明をしていると云うのに、耀子先輩は全く真剣に取り合ってくれない。それどころか、明らかに僕を馬鹿にして鼻で笑っている。
「ばっか馬鹿しい! 幸四郎、そんなこと、本気で信じているの?」
「そりゃ疑わしいですよ。でも、今までのフィールド調査だって、大体はこんなもんだったでしょう?」

 僕たち某医療系大学、ミステリー愛好会のメンバーは、こうした怪しい噂のあった場所に、フィールド調査と称して出かけて行き、その噂の真偽を確かめに行く……。
 勿論、その多くは怪奇現象などではなく、作り話であったり、単なる見間違いに過ぎない。だが、そうであったとしても、その噂が発生した背景や、どうして、そんな噂が広まったのか? そう云ったことを報告書として纏め、定例会で他のメンバーに発表する。これが、ミステリー愛好会の活動であり、大体、年に2回程度のフィールド調査がメンバーには義務付けられていた。
 そして今回、僕、橿原幸四郎と2年上の要耀子先輩は、ネットで噂の拡がっている「のっぺらぼう」事件を追い、神奈川県の北西部にある秘境、蛭原村へとフィールド調査に向かっていたのである……。

「いい? 目が無ければ見えないし、口がなければ噛みつけもしない。もし、そんな生物がいたとしても、何ひとつ人間に勝っていないのよ。何でそんな奴、私たち人間が怖がらなければいけないのぉ?!」
「それは、そうですけどね……。人類は未知のモノを怖れる本能を持っているんです。ですから、相手が強い弱いって話ではなく、理解できないモノに対しては……」
(そもそも)、口が無いのに『どうしたのですか?』なんて言える訳ないじゃない!」
 それは確かに、耀子先輩の言う通りだ。

 それにしても、耀子先輩の否定ぶりは、いつもの冷静な先輩からは考えられない。ま、本人からも聞いていたのだが、先輩は余程、お化けとか妖怪とかが苦手なのだろう。
 でも、のっぺらぼうの真偽など、実は僕にはどうでも良いことだった。僕は、耀子先輩と、日帰りとは云え、二人きりで旅行が出来ると云うことが何より嬉しかったのだ。
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登場人物紹介

要耀子


某医療系大学看護学部四回生。ミステリー愛好会に所属する謎多き女性。

橿原幸四郎


某医療系大学医学部二回生。ミステリー愛好会所属。

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