070 行きがかり de ハレンチ‐カンカン
文字数 2,792文字
待ちかまえていたのは見るからに
まだ時間的にチラホラでも、登校する生徒の歩行ルートが校門前で明らかに大きく蛇行するくらい。
今どき野球部ですら珍しい坊主頭も五厘刈りだが、小作りな頭の形がとても良い上に健康優良児の見本のような砂糖顔が、機敏に動くに違いない均整のとれた体に載っかっているので、身長としては一八〇センチに届かないながらもやたらと目立つ。
さらに着用している制服の襟や袖、スラックスの脇縫いに銀線が入ることから、一目で、文を経とし武を緯とする県下一の名門‐刀山学館の生徒だともわかる。
そんな男子に颯颯と
「おはよう御座います。あなた方ですよね、これをつくったのは?」
彼が、背負っているバックパック型の通学カバンを差し向け、揺らし見せたのはトリア・ファータ人形。
その配色から、最初の五〇個のあとに追加でつくった第二弾の一つと判断できた。
「当たりなの。発案はこっち畔戸紡、材料調達はこの来銷州繰、そして拵えたのがアタシ、アトロポス・常上深緋だぁ。しかるに貴様は誰そやか? いざ尋常に真名を名 告 られよっ」
繰の後ろから高声高 に跳び出した深緋にも、彼は臆することなく言い晴るく。
「これは失礼しました、自分は明上作 と申します。村野咲良さんと同じ予備校に通っている者でして、これは彼女からいただきました」
「ミンと申すか。そちが、サクランを錯乱させてたキャ~男だったとはのぅ……」
「村野さんがバッグに付けている色違いの人形が、何か物凄く訴えかけてくるので、声をかけずにはいられなくなり、昨日はとうとう直接話題にしてしまったところ、二つあるとのことで遠慮なくこちらを頂戴した次第なのです」
「なるほど。しかぁし、何ゆえあのスペシャル人形の訴えかけが、こうして、アタシたちに会わずにいられなくなるほど受け取れたのかが疑問なの? そちからは悪魔のカンジは全然ないし」
「悪魔、ですか……やはり自分には、そうした潜在性があるわけなのですね? その辺の話を是非とも聞きたくて、今日は遅刻覚悟でやって参りました」
「……自分がどこかフツウと違う認識はあっても、まだ、それが何かに気づけていないと言うわけだな?」
「はい、そんなところです。勿論、今スグでなくて結構ですけれども、どうか自分の連絡先を受けとってもらえませんか? 質問事項も纏めておきましたので、答えを送っていただけると大変ありがたいのですが」
明は、横を
「深緋、この彼たぶん、ワタシらと同属じゃん?」
「ウム。紡もそう思うか……ミンよ、そちの質問にはでき得る限り回答するが、実のところアタシたちも女神として本格始動したのは、今朝からと言っても過言じゃないの。だからこれを機に今後は連絡し合おうぞ」
「……女神? 今朝からなのですか?」
「繰、ミンにトリア・ファータの名刺を授けよ」
だしぬけにふられ、繰はオタオタ通学バックをまさぐりながら回りだす──が、名刺入れはスグに見つかって、一枚を抜きとると同時に一回転を終える。
「はいこれぇ。けど深緋、何でなんだか偉そうなわけ~。初対面の相手にはまるで洒落にならないんだからぁ」
「だぁって、ミンの言葉づかいがそうさせちゃうのだっ」
「その呼び捨ても、いきなりすぎで失礼でしかないぃ」
深緋は一顰 、さらに一笑でリセットした表情を明へ向けなおす。
「ならばミン殿、失敬のお詫びに、遅刻扱いにならないようアタシたちが全力で祈っておいてあげるの。その筋書きは定かではないが、話を合わせて巧いこと乗りきるのだっ。これは、我ら運命の女神の加護であるぅ」
深緋は繰の手から掠めるような手捷 さで受けとった名刺を、熟 れたボウ・アンド・スクレープのお辞儀でおどけつつ明へと差し出した。
──接手 したその名刺に、明はまじくじと目を凝らす。
「運命の三女神……なのですか、本当に? そしてやはり聞き違いではなく、自分も同属だと言うことは……」
「ハ~イ、ここで考え込まないのっ。カンジることだと、かのアチョーッ大先生も言ってたでしょ? カンジられないならドツボにハマるだけだから、今はガッコへ急ぐ急ぐぅ」
「……です、ね……」
「ミンもこれまで無遅刻‐無欠席で、明日からも絶対しないんじゃないの? この一日のために粗品をのがして、あとで悔やむほど後悔することになるのは、女神だって不本意なの」
「あぁ、はい。では今日はこれで失礼します、自分もいきなりの無礼を許してください」
明は腰を九〇度に折っての深謝で当用件を一結。そして、見るからにアスリート然とした颯爽さで走り去っていく。
そんな明を追いぬいてみせたいという頓狂な衝動に駆り立てられる深緋だったが、紡のみならず繰からも、全力で左右の腕を抱き込まれて喰い止められる。
「イヌかよあんたはっ」
「て言うか、勝負になんて全然ならないって繰は思うぅ。あの彼は、深緋みたく変に張り合ったりなんか絶対しなぁい」
が……湧き返った深緋の力は、そのまま紡と繰を支えに傾いた逆上がりとして発散されるに留まらず、紡側へ傾いた変則倒立までもしゃっきりとキメさせてしまう。
これ見よがしなメアンドロス柄(ギリシア雷文 )で縁どられた白スパッツをしっかりと着用してはいる深緋だが、校門前にもかかわらずスカートは丸めくれ。
「ったく、あんたときたらぁ、やっぱ本性はサルだったわけ?」
「何を~。おケツが隠せないから、言うなれば今はキジなの。腕を放せっ、アタシの桃太郎魂はこんなもんじゃないことを、校庭のド真ん中で見せてやるぅ」
「なんだか繰、イケちゃいそう。だから、このまま運んじゃおうよ紡っ。フレ幅の大きいワクワク続きでヤバすぎだから、落ち着くまで深緋を野放しにしちゃダメ~」
「てか、あんたがイケそうなのは、ほとんどワタシが深緋を支えてるからだよっ」
動ける繰が進もうとして、深緋の重みで動けない紡を軸に、逆立つ深緋による組立体操の歪な造形が回りだす──。
当然ながら、周囲の生徒たちは目を丸くしながらも指を差しての大笑い。
JKの節義などわっさり逆飛 ばし、もはや女子としてのキラーコンテンツをモロ曝 けての大 激揚 ショーは、今朝の挨拶当番の教師が、我を取り戻したみたく駆けつけて幕引きとなる。
けれども、深緋が両腕を解放されるや否や一瞬の迷いもなく遁走したため、その分も叱責を喰らうというダダ下がりなオチからは、繰は無論のこと紡までが免れることは叶わなかった。
ただならぬ
雰囲気を放つ男子。まだ時間的にチラホラでも、登校する生徒の歩行ルートが校門前で明らかに大きく蛇行するくらい。
今どき野球部ですら珍しい坊主頭も五厘刈りだが、小作りな頭の形がとても良い上に健康優良児の見本のような砂糖顔が、機敏に動くに違いない均整のとれた体に載っかっているので、身長としては一八〇センチに届かないながらもやたらと目立つ。
さらに着用している制服の襟や袖、スラックスの脇縫いに銀線が入ることから、一目で、文を経とし武を緯とする県下一の名門‐刀山学館の生徒だともわかる。
そんな男子に颯颯と
威ありて猛からず
の好印象とともに駆け寄って来られ、繰ばかりか、その背を押していた深緋も、深緋が投げたショルダーバッグまで持たされ続けて不機嫌な紡の足からして、自ずと止まらざるを得ない。「おはよう御座います。あなた方ですよね、これをつくったのは?」
彼が、背負っているバックパック型の通学カバンを差し向け、揺らし見せたのはトリア・ファータ人形。
その配色から、最初の五〇個のあとに追加でつくった第二弾の一つと判断できた。
「当たりなの。発案はこっち畔戸紡、材料調達はこの来銷州繰、そして拵えたのがアタシ、アトロポス・常上深緋だぁ。しかるに貴様は誰そやか? いざ尋常に真名を
繰の後ろから
「これは失礼しました、自分は
「ミンと申すか。そちが、サクランを錯乱させてたキャ~男だったとはのぅ……」
「村野さんがバッグに付けている色違いの人形が、何か物凄く訴えかけてくるので、声をかけずにはいられなくなり、昨日はとうとう直接話題にしてしまったところ、二つあるとのことで遠慮なくこちらを頂戴した次第なのです」
「なるほど。しかぁし、何ゆえあのスペシャル人形の訴えかけが、こうして、アタシたちに会わずにいられなくなるほど受け取れたのかが疑問なの? そちからは悪魔のカンジは全然ないし」
「悪魔、ですか……やはり自分には、そうした潜在性があるわけなのですね? その辺の話を是非とも聞きたくて、今日は遅刻覚悟でやって参りました」
「……自分がどこかフツウと違う認識はあっても、まだ、それが何かに気づけていないと言うわけだな?」
「はい、そんなところです。勿論、今スグでなくて結構ですけれども、どうか自分の連絡先を受けとってもらえませんか? 質問事項も纏めておきましたので、答えを送っていただけると大変ありがたいのですが」
明は、横を
一体何ごと?
とうち過ぎて行く領会堂生たちの好奇の目から誤解されようもない茶封筒を差し出し、それを深緋も粛粛と戯ればんで手刀をきって拝受した。「深緋、この彼たぶん、ワタシらと同属じゃん?」
「ウム。紡もそう思うか……ミンよ、そちの質問にはでき得る限り回答するが、実のところアタシたちも女神として本格始動したのは、今朝からと言っても過言じゃないの。だからこれを機に今後は連絡し合おうぞ」
「……女神? 今朝からなのですか?」
「繰、ミンにトリア・ファータの名刺を授けよ」
だしぬけにふられ、繰はオタオタ通学バックをまさぐりながら回りだす──が、名刺入れはスグに見つかって、一枚を抜きとると同時に一回転を終える。
「はいこれぇ。けど深緋、何でなんだか偉そうなわけ~。初対面の相手にはまるで洒落にならないんだからぁ」
「だぁって、ミンの言葉づかいがそうさせちゃうのだっ」
「その呼び捨ても、いきなりすぎで失礼でしかないぃ」
深緋は
「ならばミン殿、失敬のお詫びに、遅刻扱いにならないようアタシたちが全力で祈っておいてあげるの。その筋書きは定かではないが、話を合わせて巧いこと乗りきるのだっ。これは、我ら運命の女神の加護であるぅ」
深緋は繰の手から掠めるような
──
「運命の三女神……なのですか、本当に? そしてやはり聞き違いではなく、自分も同属だと言うことは……」
「ハ~イ、ここで考え込まないのっ。カンジることだと、かのアチョーッ大先生も言ってたでしょ? カンジられないならドツボにハマるだけだから、今はガッコへ急ぐ急ぐぅ」
「……です、ね……」
「ミンもこれまで無遅刻‐無欠席で、明日からも絶対しないんじゃないの? この一日のために粗品をのがして、あとで悔やむほど後悔することになるのは、女神だって不本意なの」
「あぁ、はい。では今日はこれで失礼します、自分もいきなりの無礼を許してください」
明は腰を九〇度に折っての深謝で当用件を一結。そして、見るからにアスリート然とした颯爽さで走り去っていく。
そんな明を追いぬいてみせたいという頓狂な衝動に駆り立てられる深緋だったが、紡のみならず繰からも、全力で左右の腕を抱き込まれて喰い止められる。
「イヌかよあんたはっ」
「て言うか、勝負になんて全然ならないって繰は思うぅ。あの彼は、深緋みたく変に張り合ったりなんか絶対しなぁい」
が……湧き返った深緋の力は、そのまま紡と繰を支えに傾いた逆上がりとして発散されるに留まらず、紡側へ傾いた変則倒立までもしゃっきりとキメさせてしまう。
これ見よがしなメアンドロス柄(ギリシア
「ったく、あんたときたらぁ、やっぱ本性はサルだったわけ?」
「何を~。おケツが隠せないから、言うなれば今はキジなの。腕を放せっ、アタシの桃太郎魂はこんなもんじゃないことを、校庭のド真ん中で見せてやるぅ」
「なんだか繰、イケちゃいそう。だから、このまま運んじゃおうよ紡っ。フレ幅の大きいワクワク続きでヤバすぎだから、落ち着くまで深緋を野放しにしちゃダメ~」
「てか、あんたがイケそうなのは、ほとんどワタシが深緋を支えてるからだよっ」
動ける繰が進もうとして、深緋の重みで動けない紡を軸に、逆立つ深緋による組立体操の歪な造形が回りだす──。
当然ながら、周囲の生徒たちは目を丸くしながらも指を差しての大笑い。
JKの節義などわっさり
けれども、深緋が両腕を解放されるや否や一瞬の迷いもなく遁走したため、その分も叱責を喰らうというダダ下がりなオチからは、繰は無論のこと紡までが免れることは叶わなかった。