002 お熱いのもサイコロを振るのも好き
文字数 2,472文字
深緋は、繰がよろける前に腕に組みついてターンを止める。
さらに少し先を行く紡に追い着くために、組んだ腕ごと細デカい繰を物慣れた身熟 しで引っ立てて行く。
「あれ~? 深緋ってパワーアップはしてそうだけど、見た目ほど身長伸びてなくなぁい?」
「フン、それよりアタシも一緒にバイトするの。アタシが加われば、ちゃんと裾なおしやリフォームも絶対やらせてもらえるぞっ」
「それはないな~い。バイトにも厳格な序列があってぇ、繰たちは今年初めてで先先週始めたばっかのドベだもん」
「ドベ……ビリッケツのこと?」
「そ~。さらに下の大ドベでいいなら、繰が業務ブチョーさんに頼んであげるけど。新年度に向けて、サイズなおしの仕事は書き入れ時みたいだしぃ」
繰のやはり相変わらずズレた深緋への忠実 やかさに、紡は鼻で笑わずにはいられない。
「て言うか繰、深緋がいるなら、バイトなんかもう明日からバックレに決まってるじゃん。それっぽい理由をでっちあげて今日までの稼ぎをゲットしたら、商品づくりの開始だよ。糸をほどくだけの暗黒の春休みとはおサラバさ」
「キャ~。それもそうよねぇ、手段でクタクタになって繰ってば目的をすっかり忘れちゃってたぁ。ネェネェ深緋、いきなりで悪いけどぉ、紡が考えたデザインからどれをつくれば激売れするか、明日までに裁断してちょうだいよ~」
「……見せてくれたらスグにピンとくるから、明日までなんてかからないの。けどその目的、バイトでクタクタしてないアタシも交ぜてくれるんだろうなっ?」
「無論でしょ。なら今日までのバイト代のとり立てはあんたがやってよ、それであんたのクタクタはチャラにしてあげるから。ワタシと繰はこの帰り道で遭遇した変質者から逃げる途中で大ゴケ、捻挫で、春休み一杯は歩くのムリって設定で電話入れとくんで、一つよろしくぅ」
紡は立ち止まらず、ふり返りもせずに深緋へ言い放つ。
「ならなら明日は繰のウチに集合ねっ。深緋はとり立てついでに布地も買って来てちょうだいなぁ、どっちも二年半前と変わらないから迷ったりしないわよ。キャ~いきなりワクワクになっちゃった~」
繰が深緋の手をとって回り踊りだす中、紡は早速スマホで、自分たちが考案していたデザイン画を、深緋へ見せ易くするための編集作業にとりかかる。
──そうこうしている内に、明日から仕立てに入るデザインが深緋による数回の流覧でさっくりと決定。
三人で一盛り上がりし終えたところで、コミュニティーセンターに図書館、野球とサッカーのグラウンド、テニスとバスケットボールのコート二面ずつ、およびプールが併設される市民公園の入口広場に到着した。
入口広場は、片側二車線の南口駅前通りが突き当たる丁字路、その歩道が延びる奥で半円を描いていて、中央の低い門までは、両側の弧に沿ってベンチが幾つか並べ置かれている。
そして、西へと向かう歩道に面した角に設置された自販機二台が、街灯よりも皓皓 と辺りを照らし、駅から徒歩で来た者に一息吐くにはちょうどいい休憩地点にもなっていた。
陽が沈めばまだまだ一気に気温が下がる季候であり、一九時前という半端な時間ということもあって、ベンチに座る人影は一つきり。
三人は声を落とすこともせずに、自販機の前でもはしゃぎ続けてしまっていた。何を飲むか悩みに悩んで、結局最後に甘酒のボタンを押した深緋が、ルーレットでもう一本もらえる当たりを出したせいだった。
「やれやれ、あんたがさっさと先に押してれば一人分は無料だったのにさ」
「紡がそんな理不尽言うの? 当たるのは結局押した順番なの」
「ウ~ン。でも繰も、当たるのはいつも深緋のような気がするぅ、繰は当たったことなんてないもん一度も。きっと深緋は、繰がコツコツためてた運を何心なく使っちゃう、棚ボタごっつぁん体質なのよ~」
「繰まで言うの? なら当たりなんかあげるの繰にっ。ペルーだのジャマイカだのどうでもいいしっ、コショウなんか入れた変テコなココアとやらをプタプタするほど飲んで、アタシの憤激を思い知ればいいの」
深緋はムカつきに任せて自販機のボタンを殴り押す。
「あらら押しちゃった、ホント深緋は何心なく行動するんだから。言っとくけどワタシは要らないよ~、無糖ブラックを選んだ意味がなくなるし」
紡は既に飲みだしていて、二口目を美味しそうに傾ける。
「モォ、繰だって二本も飲めないぃ──」プルタブを開けた繰も缶に軽く頬ずりをしながら言う──「ほらぁ、買ってスグに開けて広がるコショウの香りがサイコーだから、家に持ち帰って温めなおすなんて絶対NGだもん」
「じゃぁどうするのこれ? ……アタシの分のおカネは紡が出したんだから、当たりは紡に引きとる権利があるんじゃないの?」
「だから、権利から放棄するって言ってるんじゃん。なら、あそこに座ってる人にあげて来ちゃえば? なんか疲れてそうだし、小天福 のお裾分けってさ」
「ウンウン、そうなさい深緋。いい? ホット・パプリノはペルー産カカオにジャマイカ産コショウを加えたショコラ。コショウを入れた方がむしろ口当たりがいいという不思議さを味わう飲み物なんだってこと、ちゃんと伝えないとダメよ~」
「……コショウって、小姓じゃなく胡椒の呼称? 湖沼のアオミドロは機材故障の原因になるそうだから、ちゃんと伝えなくちゃなのっ」
「信用してないでしょ~繰の話? けど、そもそも世界にはいろ~んなコショウがあって、日本とは概念から違うんだからぁ」
「……概念も何も、ここは日本だし、この自販機だって日本のなの。もしやアタシは二年半前とは別ルートを進んだ日本に帰って来ちゃったわけ? 利用したあのLCCの旅客機こそが、多世界解釈を証明する神のサイコロだったのかっ」
「はいはい。あんたのその恥ずい慢性疾患が膿みだす前に、さっさと行って来な。とにかくニッコリ笑とけば、今の日本でも万事OKだから」
「フン。わかったの~だっ……」
深緋は、自分も早く甘酒を飲み始めたいがため、紡の促しにはもう蜂吹 かずに身をひるがえした──。
さらに少し先を行く紡に追い着くために、組んだ腕ごと細デカい繰を物慣れた
「あれ~? 深緋ってパワーアップはしてそうだけど、見た目ほど身長伸びてなくなぁい?」
「フン、それよりアタシも一緒にバイトするの。アタシが加われば、ちゃんと裾なおしやリフォームも絶対やらせてもらえるぞっ」
「それはないな~い。バイトにも厳格な序列があってぇ、繰たちは今年初めてで先先週始めたばっかのドベだもん」
「ドベ……ビリッケツのこと?」
「そ~。さらに下の大ドベでいいなら、繰が業務ブチョーさんに頼んであげるけど。新年度に向けて、サイズなおしの仕事は書き入れ時みたいだしぃ」
繰のやはり相変わらずズレた深緋への
「て言うか繰、深緋がいるなら、バイトなんかもう明日からバックレに決まってるじゃん。それっぽい理由をでっちあげて今日までの稼ぎをゲットしたら、商品づくりの開始だよ。糸をほどくだけの暗黒の春休みとはおサラバさ」
「キャ~。それもそうよねぇ、手段でクタクタになって繰ってば目的をすっかり忘れちゃってたぁ。ネェネェ深緋、いきなりで悪いけどぉ、紡が考えたデザインからどれをつくれば激売れするか、明日までに裁断してちょうだいよ~」
「……見せてくれたらスグにピンとくるから、明日までなんてかからないの。けどその目的、バイトでクタクタしてないアタシも交ぜてくれるんだろうなっ?」
「無論でしょ。なら今日までのバイト代のとり立てはあんたがやってよ、それであんたのクタクタはチャラにしてあげるから。ワタシと繰はこの帰り道で遭遇した変質者から逃げる途中で大ゴケ、捻挫で、春休み一杯は歩くのムリって設定で電話入れとくんで、一つよろしくぅ」
紡は立ち止まらず、ふり返りもせずに深緋へ言い放つ。
「ならなら明日は繰のウチに集合ねっ。深緋はとり立てついでに布地も買って来てちょうだいなぁ、どっちも二年半前と変わらないから迷ったりしないわよ。キャ~いきなりワクワクになっちゃった~」
繰が深緋の手をとって回り踊りだす中、紡は早速スマホで、自分たちが考案していたデザイン画を、深緋へ見せ易くするための編集作業にとりかかる。
──そうこうしている内に、明日から仕立てに入るデザインが深緋による数回の流覧でさっくりと決定。
三人で一盛り上がりし終えたところで、コミュニティーセンターに図書館、野球とサッカーのグラウンド、テニスとバスケットボールのコート二面ずつ、およびプールが併設される市民公園の入口広場に到着した。
入口広場は、片側二車線の南口駅前通りが突き当たる丁字路、その歩道が延びる奥で半円を描いていて、中央の低い門までは、両側の弧に沿ってベンチが幾つか並べ置かれている。
そして、西へと向かう歩道に面した角に設置された自販機二台が、街灯よりも
陽が沈めばまだまだ一気に気温が下がる季候であり、一九時前という半端な時間ということもあって、ベンチに座る人影は一つきり。
三人は声を落とすこともせずに、自販機の前でもはしゃぎ続けてしまっていた。何を飲むか悩みに悩んで、結局最後に甘酒のボタンを押した深緋が、ルーレットでもう一本もらえる当たりを出したせいだった。
「やれやれ、あんたがさっさと先に押してれば一人分は無料だったのにさ」
「紡がそんな理不尽言うの? 当たるのは結局押した順番なの」
「ウ~ン。でも繰も、当たるのはいつも深緋のような気がするぅ、繰は当たったことなんてないもん一度も。きっと深緋は、繰がコツコツためてた運を何心なく使っちゃう、棚ボタごっつぁん体質なのよ~」
「繰まで言うの? なら当たりなんかあげるの繰にっ。ペルーだのジャマイカだのどうでもいいしっ、コショウなんか入れた変テコなココアとやらをプタプタするほど飲んで、アタシの憤激を思い知ればいいの」
深緋はムカつきに任せて自販機のボタンを殴り押す。
「あらら押しちゃった、ホント深緋は何心なく行動するんだから。言っとくけどワタシは要らないよ~、無糖ブラックを選んだ意味がなくなるし」
紡は既に飲みだしていて、二口目を美味しそうに傾ける。
「モォ、繰だって二本も飲めないぃ──」プルタブを開けた繰も缶に軽く頬ずりをしながら言う──「ほらぁ、買ってスグに開けて広がるコショウの香りがサイコーだから、家に持ち帰って温めなおすなんて絶対NGだもん」
「じゃぁどうするのこれ? ……アタシの分のおカネは紡が出したんだから、当たりは紡に引きとる権利があるんじゃないの?」
「だから、権利から放棄するって言ってるんじゃん。なら、あそこに座ってる人にあげて来ちゃえば? なんか疲れてそうだし、
「ウンウン、そうなさい深緋。いい? ホット・パプリノはペルー産カカオにジャマイカ産コショウを加えたショコラ。コショウを入れた方がむしろ口当たりがいいという不思議さを味わう飲み物なんだってこと、ちゃんと伝えないとダメよ~」
「……コショウって、小姓じゃなく胡椒の呼称? 湖沼のアオミドロは機材故障の原因になるそうだから、ちゃんと伝えなくちゃなのっ」
「信用してないでしょ~繰の話? けど、そもそも世界にはいろ~んなコショウがあって、日本とは概念から違うんだからぁ」
「……概念も何も、ここは日本だし、この自販機だって日本のなの。もしやアタシは二年半前とは別ルートを進んだ日本に帰って来ちゃったわけ? 利用したあのLCCの旅客機こそが、多世界解釈を証明する神のサイコロだったのかっ」
「はいはい。あんたのその恥ずい慢性疾患が膿みだす前に、さっさと行って来な。とにかくニッコリ笑とけば、今の日本でも万事OKだから」
「フン。わかったの~だっ……」
深緋は、自分も早く甘酒を飲み始めたいがため、紡の促しにはもう