008 学年主任で血祭りだぁ

文字数 2,911文字

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 桶取愛花莉と木幡美純、同級生が二名も新学年を目前にして急逝したことから、例様(れいざま)よりも事長くなった始業式が終了したあとにも、新三年生は体育館に残される。

 深緋たちも、無事に卒業を迎えるためにと、急拵えで新たに整備された高校側のサポート体制およびその受用方法の指導を受けることになった。

 しかしながら、手軽にできるストレス解消法やらウツやノイローゼに陥るメカニズムと自己診断方法、思い詰めてしまう前の各種相談窓口の案内など、体裁だけは整えたといった内容。
 主には、勉強漬けの頗偏(はへん)な日日が待ち受ける難関大学への進学を目指す生徒に向けた趣旨であることから、飽きたダルみが深緋を勢い良く立ち上がらせてしまう。

「チョ~ットいいですか? あと一年の大事なスタートなので、アタシにも言っておきたいことがあるのっ。センセって、フツウよりチョット偉いセンセなんでしょ?」

 と臆面もなく、学年主任の長広舌(ちょうこうぜつ)にハイジャック・バックブリーカー張りの破壊力をカマして腰を折るという、恐れ知らずの妄挙にまで出た。

 嫌な予感はヒシヒシとしていたものの背の順で並ばざるを得ず、前から二番目の紡も、最後尾へ追いやられている繰も手出しができない。
 距離的には近くにいるしずくも驚きから完全にフリーズ、そもそも男子の列を越えて引き止めに行くまでの義理はまだないときている。

「はい? 何か質問ですか……えぇと、あなたはアトロポス・常上深緋さんでしたよね、海外からの編入生の?」

「そうなの。センセは、本気で死んじゃったコたちや、アタシたち生徒を心配しているの?」

「……どう言うことでしょうか?」

「アタシには、自らの保身のためにステージから下りもしないでダラダラと、ガッコ的に手は尽くしてるんだぞ感出しまくりの、既成事実をつくりたいだけみたくカンジちゃってるぅ、ってこと。どうなんですかぁ実際のトコは?」

「……って? ですから……」

「やっぱり。苦痛だから、もうこれ以上聞いていたくないの。さっきから、合格するのが大変な大学に行く生徒だけが大切だって言われてるカンジもするし」

「…………」

 学年主任の年配女性教諭は、見事なあんぐりを披露した。

「大体が、話が長くなるからと、アタシたちを雑に床へじかに座らせることからして軽んじてるの。もらったスカートが汚れちゃう、おケツも冷えてトイレがおいでおいでしちゃいだすのに、お呼ばれするにはハードルが上がりきってる雰囲気だし」

 深緋と学年主任から遠い方から疎らな笑いが起こる。
 無論それをのがす深緋ではないので、三本指を立てた両手を振っておくことは怠らない。

「……アトッ、いえ常上さんっ、フザケないで座りなさい、話ならあとで聞きます」

「あとじゃダメでしょ全然っ。それで本当に生徒が大事ですか? アタシは欧米のガッコで人権をしっかり考慮する教育体制が常識になってるから、情けなさすぎて言ってるの。ガッコのセンセっていうのは、自分の都合や生活のためにやってていい職業じゃないの」

「黙んな深緋っ。ここは日本なんだよ、それも高校は、モヤついてた社会の理不尽をしっかりと認識して自分の中で折合をつけなくちゃいけない三年間だし。まだ全然できてないなら、あと一年足らずでガンバんな──」

 そこまで怒鳴りつけた紡はすっくり立ち上がって、列の間をズンズと深緋に向かって行く。

「紡こそフザケんななの。アタシの言葉は世界標準だぞっ」

 ──「休み中に保護者会も緊急で開かれたんだし、こんな指導はついでで充分、あらたまってガッチリやられる方がウザいんだってのっ」

「繰だって、郷に入らずんば誇示をせずぅ、とか言っといたはずなのに。も~トイレをガマンできなくなったのなら、静かに壁際にいるセンセに断わって行けばいいんだよぉ。繰も一緒に行ってあげるから、ガマンしすぎて動けなくなる前に急ぐ急ぐぅ」

 繰も回りながら、しかし優雅には程遠い歩みで深緋の許へと向かう。

「フン。そこまでほざくのならば、お漏らしまでは勘弁してやるの──」深緋は演台へ向けてドビシッと指を差す。

「っな……」
 演台に両手を突いての前屈み体勢から、仰け反るように背筋を伸ばすのが精一杯とたじろぎを見せる学年主任だった。

「だけどセンセ、アタシが言ったことはアタシ一人の意見じゃないの、ここに座らされてる少なくないみんなが思ってることなんだから。そもそもセンセたちなんだよ、みんなに人や命を粗雑に処理することを教えちゃってるのは。センセに人気がないのもね、生徒を一人の人間として尊重せず一絡(ひとから)げにするからなのっ」

 紡に腕をとられて促され、深緋の御託並べもそこでお終い。

 差し伸ばしていたもう一方の腕も、繰が抱えて三人で学年の座列を速足で離脱して行くが、座列間のそそめきは一層高まりだしてしまっていた。

 ──体育館を出てから少しばかり行った所で、歩みは止めずに繰がクルリンと一回り。
 周囲の状況確認も終えて、「しめしめ~って、脱出できちゃったわねぇ」と物麗(ものうら)らかな口調で報告。

「はぁ? どこがしめしめだか。根にもつ学年主任を思いっきり敵にまわしちゃってさ」

「あんなの敵になんかならないの。断然アタシの方が強い‐早い‐美味しいに決まってるし」

「まぁ、笑えたけどさ。で? あの中にいたわけでしょ、誰かまでわかった?」

 紡は、繰へ向けていた眼差しを、さらに鋭くして深緋に向けなおす。

「勿論なの。方向的に、列の位置から裁断して、A組の女子かB組の男子のどっちか。けどアタシ、まだ名前や顔を知らないから誰とかまでは教えられないぃ」

「どこが勿論だよまったく。大体あんた、名前や顔でわかるわけじゃないよね?」

「でもああ言っとけば、アタシに接触したくなるぅ、少なくとも好意的関心をもたずにいられないはず。ああ思っていたコはガチで少なくなかったんだけど、面と向かえばきっぱりチョッキリできるはず、きっと、たぶん、おそらくはなの」

「まったくぅ──」繰は再び深緋の右腕に抱きつきながら言う──「いくら本質をチョッキリするのが深緋の一手専売(いってせんばい)とは言っても、男子か女子かまで裁ち落としちゃうのは考えモノじゃなぁい?」

「でもつまり、意識や思考から性差がカンジられない奴だってことでしょ。ワタシが当たりをつけてた候補の三人には該当しそうじゃん?」 

 繰しか承知していない話を自分を差し置いてする紡に、深緋は心なし唇を尖らす。

「三人にまで絞れてたなら、アタシがいなくても特定できたんじゃないの?」

「て言うより、深緋が来たから特定しとかないとマズくなったんじゃん。ここを卒業してまでワタシたちの近くでチラつくようなら、ワザワザ特定作業をするまでもなく特定できるしさ」 

「ねぇねぇ、二人が同時に死んじゃったのも、そのコの仕業だったりぃ?」

 繰のおぼめかした問いかけに、深緋はチョッキリと返答。

「知らないのそんなことは。知りたかったら始めに言ってくれなくちゃ、アタシはチョッキリ裁断するだけ~。それまでの下繕(したづくろ)いは紡と繰の仕事なの」

 呆れて返す言葉もない繰に、深緋は胸を目一杯張ったウイングスーツ着用時の飛行ポーズでグンッと尊大にかまえるのみ。
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登場人物紹介

とりあえず、業界関係者の間でバズるまではウザ苦しいくらい凝り詰めたモノをつくりまくるしかないよ



畔戸紡《くろと・つむぐ》設定⇒ 身長153㎝ コーヒーは香りが好きで飲んでいるだけ、こだわりがあるのも香りのみ 明察秋毫で流行するかも兆しである最先端情報から一目で見ぬく 何事もよく見えてしまうために一歩も二歩も退いたポジションで責任をのがれ、ヤル気のないことは一切しない 可能性がトントンだと、のちのち責任を問われる決断もしない 受けているストレスも多くシニカルにならざるを得ないキャラ


繰はつくれれば何でもいぃ、紡が選んで深緋が決めたんなら間違いないし~


来銷州繰《らけしす・りーる》設定⇒ 身長174㎝ 両利きの器用さがアダとなって混乱しがち マジメな善いコなので逆に自分がなくホンワカしちゃってるカンジ 隙だらけで親しくしてくれる者と疎む者とに二分してしまう難儀さがある 紡か深緋がノせないとヤレる気にならないためできないしできるとも思わない 表裏がない清純無垢と言うより善くも悪くも我欲なくスクスク育っちゃっているキャラ 

どんなデザインだろうがチョチョイなの、アタシのアルティメットな巧緻性で仕上げてくれるぅ


アトロポス・常上深緋《とこしなえ・ふかひ》設定⇒ 身長168㎝ 幼い頃に家出した父親を捜すために母親とチョクチョク海外暮らしを繰り返している サーヴィス精神が旺盛すぎて、絶えず笑いをとろうと基本的にフザケている ヤリたいことをヤリたいようにヤリまくるので、ヘタにかかわるとドップリ巻き込まれるウザクサいキャラ   

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