071 DAY2のアオりは自分たちへの盛りアゲかも
文字数 2,278文字
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領会堂高校皐月祭は、初日が尻上がりな盛況を呈してドタクタと終わる。
そして二日目、最終日もメインイヴェント、クラス対抗コスプレ合戦の開幕である一五時が一六分前と差し迫っていた時のこと──。
人目のないグラウンドフェンスの外側で、密密と気象観測用気球の準備を済ませた男子たちから、フェンス越しに深緋は、インヴィジブル効果が高く、同じ細さの号数の中で最も強靭なナイロンラインをつないだ船を手渡される。
その折りたたまれ具合の最終確認を始めていたところ、深緋の目の前に、遊びに来ている瑠沙が忽然と現れた。
ここグラウンド南端の死角まで、瑠沙は人通りがないに等しい東端にあるプール前から魔力で飛んで来たわけだが、フェンスの隙間から瑠沙の姿を認めて肝を潰した男子たちは、深緋の素っけない態度から知り合いだとわかり、全員が胸を撫で下ろす。
当然だが、男子たちには瞬間移動など発想にないだけに、こうも近づかれるまで全く気づけなかったと、層一層に警戒心を高めてひそまり返ることになる。
「で、何の用なの? その派手な制服姿だと目立って困るのわからないの?」
「だぁって。紡から直接急げって言われたんだ、深緋のスマホを鳴らしたらマズいかも、ってよ。ったく、使い魔の扱いが粗くてキビィんだっての」
「だから何なの?」
「何はともあれ、これを見てくれよ──」
瑠沙は手にしているスマホの画面を深緋へ差し向けた。
「……見たけど。どしてこの画像なの?」
「紡から周辺のパトロールを頼まれてよ。気になることがあったら何でも知らせろって言うから、それで撮った中の一枚がこれ。なんだか鬼カッコ好くねこのクルマ? 深緋に見せればわかるって言われたけど、自分で撮っておいてさっぱりなんだよな」
「わかったの。瑠沙の出番があるかもだから、一つよろしく~」
「えっ、やっぱ来たってことかよ? でも、このクルマは違うんじゃね? 麻未が好きな配色だけど、駐ってたのも結構離れたコインパーキングだし」
「それの名前はパンサーEvo。本物のヒョウよりレアなイタリアのヒョウ、近所にあったらタダ事じゃないの。乗り逃げした黒ピカを売り飛ばしたんじゃないの? なんか悪魔放題しだしちゃってるイヤ~なカンジッ」
「ヘェ~、なんかオモロくなりそうじゃねっ? ボクらを見捨ててくれたオトシマエってヤツを、きっちりつけてもらわなくちゃな」
「パンテルも、アタシたちにやられっぱなしはガマンならんってことなの。がしかぁし、ヒョウも剽 げずば打たれまいに。復讐心で盛り膨らませた胸はパ~ンッて、返り討ちのペッタンコにしてくれるのっ」
深緋が瑠沙のあるはずもない胸を平手で張るより一瞬早く、瑠沙はどこかへ飛び消えた。
男子たち気球操縦チームの精鋭八名の注意が、直径一・二メートル弱になる気球四つと深緋の左右、用具倉庫が遮蔽していない開けた方へ向けられていることを、深緋はギロリンッと一睨みで洞察し終える。
そして深緋は、安堵よりも、瑠沙が有する周囲の目の有無を感知する能力の高さに一唸り。
相好も崩していくものの、整いすぎた目鼻立ちがニヒルな笑みをつくりあげていくだけ。
そんな深緋へと視線を着 した男子の幾名かは、瑠沙がまた気づくことなく消え去っている事実にまで驚覚し、当惑をただ黙黙と鎮めていくしかなかった。
けれども、クラス対抗コスプレ合戦の開始一五分前が訪れ、グラウンドの観戦スペース全面開場および観客の入場を促すアナウンスも響き渡り始めて、見事に当惑だけを吹きはらってくれる。
さらには、実行委員としてグラウンドへの立ち入りを規制していたロープをはずし、観客誘導の割り当て配置へつくために、紡が変哲もない小走りでやって来た。
「深緋、あんたの持場に着いちゃいな。観戦スペースは、コスメンバーたちの出場ゲート脇と本部テントの両サイドから埋まっていくから、トラブルが起きてもまだまだ充分対処できる余裕はあるし。とにかく段取り厳守、独断専行だけは厳禁ねっ」
「アイアイ。それでは国定、大石、アタシ行くからライン捌きをいつもどおりヨロシクなの。グループ通話アプリも起動、アタシの合図でヴェランダの監視チームとつながるまでは、そのままの警戒レヴェルでねっ」
「あぁわかった。……なんか無性に緊張してきちまうけど、こっちへの心配は要らんから」
「常上こそ、変にヘタこいてラインを船から引き千切るなよ」
「了解なの。みんなもカリ・ティ~ヒ(幸運を)」
国定と大石が顔を縦に並べた隙間へ手を振って、深緋は紡と、グラウンドの中央を南北に横たわる四〇〇メートルトラック外周に向けて出立 する。
深緋と紡が観客誘導を担当する位置は隣同士だが、トラックのコース上を練り歩いて来るクラスの主役に船を渡すまでには、はらわなければならない注意はまだまだ山ほどあった。
まずは、気球とつながるナイロンラインが囲み来る観客に引っかからないように、深緋の立ち位置の横にあるサッカーゴールを支柱にした
無論のこと、深緋は難なくサルにも勝る軽業で三メートル足らずをよじ登り、作業と確認もチャッチャと済ませて、三年D組のヴェランダから、双眼鏡や望遠レンズで見守っている気球監視チームへの合図も送った。
その深緋の一連の動きは、ワオキツネザルが日光浴場所を決めるまでの様子を髣髴 とさせる怪態さであったため、レンズ越しに見ていた男子たちの緊張感まで一気にほぐす。
領会堂高校皐月祭は、初日が尻上がりな盛況を呈してドタクタと終わる。
そして二日目、最終日もメインイヴェント、クラス対抗コスプレ合戦の開幕である一五時が一六分前と差し迫っていた時のこと──。
人目のないグラウンドフェンスの外側で、密密と気象観測用気球の準備を済ませた男子たちから、フェンス越しに深緋は、インヴィジブル効果が高く、同じ細さの号数の中で最も強靭なナイロンラインをつないだ船を手渡される。
その折りたたまれ具合の最終確認を始めていたところ、深緋の目の前に、遊びに来ている瑠沙が忽然と現れた。
ここグラウンド南端の死角まで、瑠沙は人通りがないに等しい東端にあるプール前から魔力で飛んで来たわけだが、フェンスの隙間から瑠沙の姿を認めて肝を潰した男子たちは、深緋の素っけない態度から知り合いだとわかり、全員が胸を撫で下ろす。
当然だが、男子たちには瞬間移動など発想にないだけに、こうも近づかれるまで全く気づけなかったと、層一層に警戒心を高めてひそまり返ることになる。
「で、何の用なの? その派手な制服姿だと目立って困るのわからないの?」
「だぁって。紡から直接急げって言われたんだ、深緋のスマホを鳴らしたらマズいかも、ってよ。ったく、使い魔の扱いが粗くてキビィんだっての」
「だから何なの?」
「何はともあれ、これを見てくれよ──」
瑠沙は手にしているスマホの画面を深緋へ差し向けた。
「……見たけど。どしてこの画像なの?」
「紡から周辺のパトロールを頼まれてよ。気になることがあったら何でも知らせろって言うから、それで撮った中の一枚がこれ。なんだか鬼カッコ好くねこのクルマ? 深緋に見せればわかるって言われたけど、自分で撮っておいてさっぱりなんだよな」
「わかったの。瑠沙の出番があるかもだから、一つよろしく~」
「えっ、やっぱ来たってことかよ? でも、このクルマは違うんじゃね? 麻未が好きな配色だけど、駐ってたのも結構離れたコインパーキングだし」
「それの名前はパンサーEvo。本物のヒョウよりレアなイタリアのヒョウ、近所にあったらタダ事じゃないの。乗り逃げした黒ピカを売り飛ばしたんじゃないの? なんか悪魔放題しだしちゃってるイヤ~なカンジッ」
「ヘェ~、なんかオモロくなりそうじゃねっ? ボクらを見捨ててくれたオトシマエってヤツを、きっちりつけてもらわなくちゃな」
「パンテルも、アタシたちにやられっぱなしはガマンならんってことなの。がしかぁし、ヒョウも
深緋が瑠沙のあるはずもない胸を平手で張るより一瞬早く、瑠沙はどこかへ飛び消えた。
男子たち気球操縦チームの精鋭八名の注意が、直径一・二メートル弱になる気球四つと深緋の左右、用具倉庫が遮蔽していない開けた方へ向けられていることを、深緋はギロリンッと一睨みで洞察し終える。
そして深緋は、安堵よりも、瑠沙が有する周囲の目の有無を感知する能力の高さに一唸り。
相好も崩していくものの、整いすぎた目鼻立ちがニヒルな笑みをつくりあげていくだけ。
そんな深緋へと視線を
けれども、クラス対抗コスプレ合戦の開始一五分前が訪れ、グラウンドの観戦スペース全面開場および観客の入場を促すアナウンスも響き渡り始めて、見事に当惑だけを吹きはらってくれる。
さらには、実行委員としてグラウンドへの立ち入りを規制していたロープをはずし、観客誘導の割り当て配置へつくために、紡が変哲もない小走りでやって来た。
「深緋、あんたの持場に着いちゃいな。観戦スペースは、コスメンバーたちの出場ゲート脇と本部テントの両サイドから埋まっていくから、トラブルが起きてもまだまだ充分対処できる余裕はあるし。とにかく段取り厳守、独断専行だけは厳禁ねっ」
「アイアイ。それでは国定、大石、アタシ行くからライン捌きをいつもどおりヨロシクなの。グループ通話アプリも起動、アタシの合図でヴェランダの監視チームとつながるまでは、そのままの警戒レヴェルでねっ」
「あぁわかった。……なんか無性に緊張してきちまうけど、こっちへの心配は要らんから」
「常上こそ、変にヘタこいてラインを船から引き千切るなよ」
「了解なの。みんなもカリ・ティ~ヒ(幸運を)」
国定と大石が顔を縦に並べた隙間へ手を振って、深緋は紡と、グラウンドの中央を南北に横たわる四〇〇メートルトラック外周に向けて
深緋と紡が観客誘導を担当する位置は隣同士だが、トラックのコース上を練り歩いて来るクラスの主役に船を渡すまでには、はらわなければならない注意はまだまだ山ほどあった。
まずは、気球とつながるナイロンラインが囲み来る観客に引っかからないように、深緋の立ち位置の横にあるサッカーゴールを支柱にした
クラス対抗コスプレ合戦
の大看板の上に掛け渡し、ラインを地上約三メートルの高さで張り留めておかなければならない。無論のこと、深緋は難なくサルにも勝る軽業で三メートル足らずをよじ登り、作業と確認もチャッチャと済ませて、三年D組のヴェランダから、双眼鏡や望遠レンズで見守っている気球監視チームへの合図も送った。
その深緋の一連の動きは、ワオキツネザルが日光浴場所を決めるまでの様子を