059 女神たちのゼロサムゲームな運命
文字数 2,315文字
一方深緋は、まるで頓着なしの涼しげな顔。
「何のつもりだそれはっ、繰はもしやアタシと紡を捨てて一人でエジプトへ渡るつもりか?」
「モォ~、ホントに次から次へと何言い出すのよぉ?」
「その
「深緋は日本の常識をチョッキリしすぎっ、ほかのクラスは授業中なんだから~。話だって時も場合も関係なく、脱線させまくりながら突っ走り続けちゃうのダメェ」
「アタシは、お気の毒様な繰のために言ってるのっ。パンテルだって、チョビい紡に大上段からオチョクリ半分でツッコまれなければ、窮鼠猫噛みならぬ窮豹女神噛み戦法に出なかったはずなの」
「……お気の毒様って~? そんなパンちゃんセンセと繰が、どう関係するって言うのぉ?」
「三人で一つのアタシたちだと確定したのに、繰はまだ全然理解できてないの」
「だからぁ……何がよ~?」
「繰が、マジメで控えめな善いコになるだけ、アタシが非常識な脱線で突っ走り続けて、紡の口ぶりもキッツくなるぅ。全ては足し引き一人分っ、アタシを常識的にしたければ、繰が善いコをやめないとなの。大体つまんないでしょ善いコなんて」
「ルッ、ウゥ~……」
繰は、回りだすのをどうにか堪えきったために立ち止まる。
そんな繰が全身の力みでヨロめいているところを、ガラリッと三年B組の前扉が開いて、数学教師がムッと顔を突き出した。
「ウルサいわよっ、何をしているのあなたたち……って、来銷州さん? D組は自習だったでしょう、クラス委員のあなたがフラフラ出歩いていてはダメじゃないの」
「お気の毒どころか、御愁傷様だったの──」深緋が剽疾 に繰へ耳こすりする。
「バカァ、それどころじゃ……すみません望月センセ、あの図書館にぃ、その~自習でチョット調べに行ってただけでぇ……」
回ることも忘れてオロつく繰の前へ、いかにも差し出がましく差し出口をするために差し出る深緋だった。
「聞いてください望月センセ、情報科目の実習助手の中塚見センセなんですが、ワザワザ図書館まで訪ねて行ったアタシたちの緊急な質問にも答えてくれず、仕事もほっぽり出して帰っちゃったのっ」
「えっ……はい?」
「できれば、ただちに引き止めてください。これは、小悪魔気取りの最下職級教員によるウォーク・アウトのネグリジェンスですぞ。見過ごせば、望月センセからして地域社会が許しませんぞ~」
「……職場放棄の職務怠慢? と言うか、そもそも誰ですそれは? 情報科目に実習助手の先生などいらっしゃいませんよっ」
この返答には繰が驚動。
「エェ~ッ。……センセこそ何言ってるんですか? あのパンちゃんセンセですってば。服装がガッコにそぐわないんじゃなく、服地の素材感がそぐわないのかも~、って話題にしたことあったじゃないですかぁ」
「……そんなことを? ほかの誰かと間違えていると思いますけど──」数学教師は小首を傾げて、寸秒フリーズ──「とにかく、早く教室へ戻りなさい。あなたが率先してみんなを静かに自習させなくてどうするんですか。わかりましたねっ」
「……はい……」いつもどおり、繰は素直に怏怏 と半回転。
回れ右はそもそも不得意な繰だが、背を向ける相手に懐いている絶望的なまでの諦念をごまかすため、ここは敢えての半回転。
対して紡と深緋は、ペコリ四五度のお辞儀をもシンクロさせての軽やかな回れ右。
足早に繰を追い越しつつ頬を寄せ合い、うちささめきを始める。
「あの女ヒョウ、完全に尻を捲くったってわけね? またオセの魔力で自分の存在を忘れさせたか、初めからいなかったことにすり替えたかしたねこれは」
「そうなの。これで紡もわかったでしょ?」
「……何を?」
「アタシが、アタシたちのことをモイライだの、パルカイだの、トリア・ファータだの言ってたことは、双輪関係にある悪魔も含めてもう全部ガチ。イマイチ信じてなかった紡の、パンテルに対してやっちまった落ち度はまぁ、このアタシが、胸先三寸の小手三寸でチョチョイと挽回してあげるから任せとけなの」
「てか、三人でいれば魔力は効かないって確定じゃん。一人で突っ走るの、禁止じゃなく厳禁だからねっ」
「って言うより、紡が遅れずに繰を引っ張って来ればいいの。アタシ一人でも無効にしてあげちゃうし、逆に、アタシの祈りが必殺ワザになっちゃうかどうかは、紡と繰にかかってる気がするし。パンテルを死なせたくなかったら、必死でアタシについて来い~なの」
「……あんたさ、人を死なせちまう可能性を何とも思わないわけ? 深緋の方こそ、運命の三女神だの神力だの、根本的に信じてないでしょ?」
「アタシは根本的に紡と繰だけを信じてるから、どうなったって、どうでもいいの」
「ったく……」
「ではこの今、敢えて言おう、アタシが女神ならば、それが女神なのだと。アタシの裁断こそが運命、此土 の道理であるとっ。ドークサ・モイライ(運命の女神に栄光あれ)!」
深緋は高らかに挙手をして、カクッと右向け右。
そして大きく二歩進んで立ち止まり、自分たちの教室の扉に手を伸ばす。
「ホント、ついて行けないね。ま、頼もしい限りだけどさ……」
紡はとりあえず、まだ数メートル後方でトボついている繰に駆け寄り、その手をとって、深緋が早速ザワつかせている教室へと差し急いだ。
けれども、深緋がだしぬけにクラスメイトへ問いかけていたその反応の分かれ目から、中塚見帆照を騙 っていた尾脊麻未の、広範囲系魔力を全力で及ぼせる半径の把握につながることになる。
「何のつもりだそれはっ、繰はもしやアタシと紡を捨てて一人でエジプトへ渡るつもりか?」
「モォ~、ホントに次から次へと何言い出すのよぉ?」
「その
シーッ
と口元で人差し指を立てる仕草は、ホルス神が起源。指を咥える子供として描かれた姿がギリシアからローマへと伝わり、沈黙を促すジェスチャーとなったのだっ。憶えておけ、世界の常識が欠如したパーよ」「深緋は日本の常識をチョッキリしすぎっ、ほかのクラスは授業中なんだから~。話だって時も場合も関係なく、脱線させまくりながら突っ走り続けちゃうのダメェ」
「アタシは、お気の毒様な繰のために言ってるのっ。パンテルだって、チョビい紡に大上段からオチョクリ半分でツッコまれなければ、窮鼠猫噛みならぬ窮豹女神噛み戦法に出なかったはずなの」
「……お気の毒様って~? そんなパンちゃんセンセと繰が、どう関係するって言うのぉ?」
「三人で一つのアタシたちだと確定したのに、繰はまだ全然理解できてないの」
「だからぁ……何がよ~?」
「繰が、マジメで控えめな善いコになるだけ、アタシが非常識な脱線で突っ走り続けて、紡の口ぶりもキッツくなるぅ。全ては足し引き一人分っ、アタシを常識的にしたければ、繰が善いコをやめないとなの。大体つまんないでしょ善いコなんて」
「ルッ、ウゥ~……」
繰は、回りだすのをどうにか堪えきったために立ち止まる。
そんな繰が全身の力みでヨロめいているところを、ガラリッと三年B組の前扉が開いて、数学教師がムッと顔を突き出した。
「ウルサいわよっ、何をしているのあなたたち……って、来銷州さん? D組は自習だったでしょう、クラス委員のあなたがフラフラ出歩いていてはダメじゃないの」
「お気の毒どころか、御愁傷様だったの──」深緋が
「バカァ、それどころじゃ……すみません望月センセ、あの図書館にぃ、その~自習でチョット調べに行ってただけでぇ……」
回ることも忘れてオロつく繰の前へ、いかにも差し出がましく差し出口をするために差し出る深緋だった。
「聞いてください望月センセ、情報科目の実習助手の中塚見センセなんですが、ワザワザ図書館まで訪ねて行ったアタシたちの緊急な質問にも答えてくれず、仕事もほっぽり出して帰っちゃったのっ」
「えっ……はい?」
「できれば、ただちに引き止めてください。これは、小悪魔気取りの最下職級教員によるウォーク・アウトのネグリジェンスですぞ。見過ごせば、望月センセからして地域社会が許しませんぞ~」
「……職場放棄の職務怠慢? と言うか、そもそも誰ですそれは? 情報科目に実習助手の先生などいらっしゃいませんよっ」
この返答には繰が驚動。
「エェ~ッ。……センセこそ何言ってるんですか? あのパンちゃんセンセですってば。服装がガッコにそぐわないんじゃなく、服地の素材感がそぐわないのかも~、って話題にしたことあったじゃないですかぁ」
「……そんなことを? ほかの誰かと間違えていると思いますけど──」数学教師は小首を傾げて、寸秒フリーズ──「とにかく、早く教室へ戻りなさい。あなたが率先してみんなを静かに自習させなくてどうするんですか。わかりましたねっ」
「……はい……」いつもどおり、繰は素直に
回れ右はそもそも不得意な繰だが、背を向ける相手に懐いている絶望的なまでの諦念をごまかすため、ここは敢えての半回転。
対して紡と深緋は、ペコリ四五度のお辞儀をもシンクロさせての軽やかな回れ右。
足早に繰を追い越しつつ頬を寄せ合い、うちささめきを始める。
「あの女ヒョウ、完全に尻を捲くったってわけね? またオセの魔力で自分の存在を忘れさせたか、初めからいなかったことにすり替えたかしたねこれは」
「そうなの。これで紡もわかったでしょ?」
「……何を?」
「アタシが、アタシたちのことをモイライだの、パルカイだの、トリア・ファータだの言ってたことは、双輪関係にある悪魔も含めてもう全部ガチ。イマイチ信じてなかった紡の、パンテルに対してやっちまった落ち度はまぁ、このアタシが、胸先三寸の小手三寸でチョチョイと挽回してあげるから任せとけなの」
「てか、三人でいれば魔力は効かないって確定じゃん。一人で突っ走るの、禁止じゃなく厳禁だからねっ」
「って言うより、紡が遅れずに繰を引っ張って来ればいいの。アタシ一人でも無効にしてあげちゃうし、逆に、アタシの祈りが必殺ワザになっちゃうかどうかは、紡と繰にかかってる気がするし。パンテルを死なせたくなかったら、必死でアタシについて来い~なの」
「……あんたさ、人を死なせちまう可能性を何とも思わないわけ? 深緋の方こそ、運命の三女神だの神力だの、根本的に信じてないでしょ?」
「アタシは根本的に紡と繰だけを信じてるから、どうなったって、どうでもいいの」
「ったく……」
「ではこの今、敢えて言おう、アタシが女神ならば、それが女神なのだと。アタシの裁断こそが運命、
深緋は高らかに挙手をして、カクッと右向け右。
そして大きく二歩進んで立ち止まり、自分たちの教室の扉に手を伸ばす。
「ホント、ついて行けないね。ま、頼もしい限りだけどさ……」
紡はとりあえず、まだ数メートル後方でトボついている繰に駆け寄り、その手をとって、深緋が早速ザワつかせている教室へと差し急いだ。
けれども、深緋がだしぬけにクラスメイトへ問いかけていたその反応の分かれ目から、中塚見帆照を