021 弱者はあるけど強者にミジンコないモノ

文字数 1,736文字

 意気込みが満ちていく教室のムードには、担任もほやほやとした嬉し顔で余すことなくお人好しぶりを晒してしまう。

 そこを男子の一名から「センセ~、黒板の絵、消す前に撮影させてもらっていいスか? そしたら、もうただちに授業の気がまえになるんで」と、早速つけ込まれることになる。

 最前列窓際の席、担任の面前に座る女子も、もはや担任を憚ることなくふり向き、
「ねぇ畔戸さん。あの最後に描き加えたズッキーニだかサツマイモの被りモノみたいなのは一体何?」
と伸びらかな指差しまでして、少なくない人数が感じていたことを代弁した。

「あれが、ワタシなりにイメージしたグリンブルスティだよ。黄金のイノシシでさ、海でも空でもあの世でも猪突猛進するフレイのしもべ。細冠者(ほそかじゃ)の大角センセにコスらせようとすれば、どうしたって着包(きぐる)みっぽくなっちゃうじゃん?」

「紡ぅ? ホソカジャって何~……細くてか弱そうって意味だったりぃ?」

「ったく。繰はつくづくパーで浅学の上に聊爾(りょうじ)な優等生だねっ。敢えて差し障らないよう言葉を選んで答えてるってのにさ」

「だってぇ……繰、リョウジの意味は~、思い浮かんできてもくれなぁい」

「ウザいの繰。そんなことに(かま)けてないで、みんなが撮影会を始めちゃう前に、さっさと紡のチョーク画の下にトリア・ファータのサインを書き込むのだっ」

「あ、いっけな~い。繰またうっかりぃ」

「字だけは紡よりも味のあるパーめがっ。これ以上アタシたち実行委員の癇に障ったら、大角センセはイノシシへの降格だけじゃ済まないと思え~」

 深緋の整いすぐした真顔での叱罵は、繰よりも担任が危機感からの動揺を禁じ得ない。

「……イノシシの下が、まだあるってのかい?」

「そ。フレイには、自分の意思で敵と勝手に戦ってくれる魔法剣もあるの」

 深緋の担任への返答には、戦乱期限定歴女子の一人が即反応。

「それって、イノシシより上じゃない? アニメとかゲームで刀剣や兵器が擬人化されたキャラって、どれも結構人気だしっ」
 
「モォ~、みんな既に二回も経験してきてるんでしょ? 実行委員会の規約で許されてるフィクショナルなキャラは、神話とか伝承文学の類に出てくる高尚ブリブリなモノまでなんだってば。学芸的活動である文化祭のメインイヴェントなんだからぁ」

「ブリブリ……高尚ぶってると言いたいわけ?」

 その一言には、かなりナーヴァスな気負いが込められていそうな戦乱期限定歴女子だが、顧慮せず深緋は説きつける。

「そ。人気が出ちゃったアニメやゲームから真似したことがバレバレなら、もう規約にある高尚さは完全にアウトなの。だから織田信長を始めとする戦国武将に諸葛孔明や安倍晴明など、やりたいようにやるだけムダなキャラは絶対に避けなくちゃ、ガンバる意味が全然ないのっ」

「けど、それらの愛刀や愛剣ならバレバレとまでは言えなくないっ?」

「そなたのごとき刀剣狂いが、ほかでもウジャラケてるんじゃないのかぁ! ならば二番煎じや後追いとケチづけられるのがオチであろうが。そんな無様を、紡がそもそも提案する道理がないの」

「狂いって……まぁ有り体に言うと、そうなるのかもだけどぉ」

「よ~っくイメージするのだ刀剣狂いよ。規約を押し通すとなれば、そこぞの担任、薄っぺらな体形を誰の目にもアッパレなまでに活かされて、あくまでもリアルな剣たる高評価を得んがための、無様極まれりなコスデザインにするしかないのだぞぉ」

 深緋の説諭には、担任が堪らず泣き言を吐いた。

「まいるなもう、どうして担任の参加までが規約になっているんだろう……」

「ウププ~ッ、そんなことはアタシが来る前から決まっておった(あずか)り知らぬことなのだぁ。その絶対支配の下に勤仕する実行委員の御前である、控えおろう担任よ」

「……ホント、屁理屈を捏ねたりする気は毛頭ないから、これ以上は勘弁してよ。撮影はしてかまわないけれど、とにかく騒がず静かに頼むよ」

「ォオ。皆の衆、担任から許しが出たぞっ。じゃぁ撮りたい者は廊下側の列から、順序良く円滑スルスルに~。実行委員からのお告げは以上なの、では、あとは任せたぞ担任よ」

 結局、オトナ気ばかりがあり余る担任はムチャ押しに弱い進行係と成り下がるしかなく、撮影会が賑賑(にぎにぎ)と始まってしまった。
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登場人物紹介

とりあえず、業界関係者の間でバズるまではウザ苦しいくらい凝り詰めたモノをつくりまくるしかないよ



畔戸紡《くろと・つむぐ》設定⇒ 身長153㎝ コーヒーは香りが好きで飲んでいるだけ、こだわりがあるのも香りのみ 明察秋毫で流行するかも兆しである最先端情報から一目で見ぬく 何事もよく見えてしまうために一歩も二歩も退いたポジションで責任をのがれ、ヤル気のないことは一切しない 可能性がトントンだと、のちのち責任を問われる決断もしない 受けているストレスも多くシニカルにならざるを得ないキャラ


繰はつくれれば何でもいぃ、紡が選んで深緋が決めたんなら間違いないし~


来銷州繰《らけしす・りーる》設定⇒ 身長174㎝ 両利きの器用さがアダとなって混乱しがち マジメな善いコなので逆に自分がなくホンワカしちゃってるカンジ 隙だらけで親しくしてくれる者と疎む者とに二分してしまう難儀さがある 紡か深緋がノせないとヤレる気にならないためできないしできるとも思わない 表裏がない清純無垢と言うより善くも悪くも我欲なくスクスク育っちゃっているキャラ 

どんなデザインだろうがチョチョイなの、アタシのアルティメットな巧緻性で仕上げてくれるぅ


アトロポス・常上深緋《とこしなえ・ふかひ》設定⇒ 身長168㎝ 幼い頃に家出した父親を捜すために母親とチョクチョク海外暮らしを繰り返している サーヴィス精神が旺盛すぎて、絶えず笑いをとろうと基本的にフザケている ヤリたいことをヤリたいようにヤリまくるので、ヘタにかかわるとドップリ巻き込まれるウザクサいキャラ   

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