022 ターコイズは用法‐用量を正しく
文字数 2,258文字
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紡とも一旦別れ、再び繰の家で集まるために、通学用の自作バッグを部屋へ置きに帰った深緋だった。
けれども、いつもと何かがどことなく違うアパートの気配を察知した深緋はスグ様、ぬき足差し足の忍び足に、息までコロして階段を昇り始める。
築年数が疑わしいほど老朽感が否めない木造モルタル二階建て。
上下に四部屋ずつが並び、二階のために、外付けの階段と通路が設えられているレトロやノスタルジーといった風情はまるでない昭和の典型的集合住宅。
その二階通路の突き当たり、一番奥が常上家で借りている一室だが、深緋は階段を昇りつめた所でバッグを左肩から右手に提げなおし、正面となる204号室の玄関ドアへと躙 り進む。
脇の高窓が北向きにもかかわらず仄明るいために、南と東側の雨戸が開けられたからであることが、同じ角部屋を住処 にする深緋にはピンときていた。
しかも、雨戸を開けて室内へ外光を入れた者が、まだ室内にいる可能性が高そうだとも推度 できる。
それが敵なのかが何よりの懸念だが、聞き耳を立ててみても、中からは話し声が聞こえてこない。
その一点のみで、中にいるのは独りきりと高くくりした深緋は、玄関のドアノブが回ることを確認したあと、バッグをブン回せるよう身がまえながら一気にドアを引き開ける──。
がらんとした三畳ほどのキッチンスペースの奥も、やはりがらんと、深緋には見慣れたタタミ六畳の居室が広がっているだけ。
しかし、そこで仰向けに寝転がっていた者が上体を跳ね起こし、目をパチクリさせた顔を深緋へ向けた。
「……なんだぁ、ガチで引っ越して来ちゃったんだニャースカ? 早すぎるから怪しんじゃったの」
盛相は、とばとば手繰り込んだスマホで音声変換アプリを起動。
──「こっちだって魂消たよ、──深緋が帰って来たことに全然気づけなかった。一応、番犬代わりになれるんじゃないかとも思って、この部屋にしたのに」
「ニャースカに、イヌの役目なんてムリなの──」ドアクローザーのバネが緩みすぎている玄関ドアが、今ちょうど閉まりきったため──「話の続きは、上がってしてもい~い?」と深緋もようやく表情を和らげる。
──「どうぞ。ボロで狭くて申しわけないけど」
「ではお邪魔しま~す──」深緋は自分の部屋と同じようにローファーを両足で刮ぎ脱ぎ、バッグもただ手放しただけみたいに上がり口へ落とし置いて上がる──「悪かったわねぇ、アタシんチもまるっきり一緒なの」
──「いや、勿論そんなつもりで言ったんじゃないから──」盛相は滅多急に指を動かしスマホへ入力──「炭酸水か緑茶があるけど飲むかい?」
「……小癪だなニャースカ、なかなか猪口才なチョイスなの」
──「飲むゼリーもグレープフルーツとパイン味、あと柔柔プリンのアーモンドキャラメル味がある。──まだ前の部屋から冷蔵庫とか届いていないんで全部常温、コップもなくてボトルのままで悪いけど」
「シュワシュワ水がいい。ウチも冷蔵庫があったことないから常温は慣れてるの。それがウチの世界標準だし~」
──「それはよかった。と言うより助かったかな」
「ニャースカの顔色もいいみたい。もうすっかり見た目には、
──「お蔭様で、癖の強かった不動産屋も何のそのだった。──それもこの、深緋たちがつくってくれたマスクの凄さみたいだ。実に精巧って言うか、精好で、見た目の具合が良いんだろうな」
盛相は鼻筋半ばから顔下半分を顎下までぴったり覆う、というよりも、医療用の一装置的に嵌合 してしまっているマスクを指先で満足げに撫でる。
そうして一応コンヴィニ袋の中身を全て出し並べて見せてから、炭酸水のペットボトルを深緋へ手渡す。
「ありがと。それは、紡がデザインして、繰が材料を揃えて、アタシがイケると裁断して、祈りながらつくったんだから当然なの。あとはニャースカが信用して、ケガする前と同じ気持になれるかどうかだけ。信用してくれたのはアタシたちも嬉しい限りなの」
深緋はペタンと鳶足にしゃがみ込むと、慎重にペットボトルのキャップを開けにかかった。
炭酸水その物以上にシュッと漏れ出すガスの音が好きな深緋なので、聞いたあとは軽く一口だけ飲んで、またキツくキャップを閉める。
その深緋の一連の所作ぶりを、不思議そうに見ていた盛相だった。
──「深緋、キミたちってどんなコなんだ一体?」
「どんなコ? どうだろ……ン~とね、朝起きてテーブルの上に五〇〇円あったら、アタシはベーカリー瀬古井へ走って、苺コロネ三つとトルコスティックを買っちゃうぅ。ルルルンとトルコスティックを齧りながら紡にメッセージ送って、繰のウチへ集合なの」
──「トルコスティック?」
「正式名は忘れちゃったけど、細長い固焼きパンの半分が水色のクリームでコーティングされてて、トルコ石みたいだからキャ~なの。石言葉もキャ~で、それを食べちゃう気持になるから、頗 るキャ~でしょ?」
──「そうなんだ?」
「そっ。そして紡なら、お腹がグーでも、とりあえずハンド・ドリップのコーヒーをクーポン使って飲みに行っちゃうし。繰は、アタシか紡がやって来るまでテーブルの前でクルクル回り続けてるの。アタシたちは大体そういうコ、わかったぁ?」
──「なるほど。──なんか、大体わかったような気はするけど」
そうは答えつつも、盛相の目顔 からは、どうにも糢糊といった気色が窺える。
紡とも一旦別れ、再び繰の家で集まるために、通学用の自作バッグを部屋へ置きに帰った深緋だった。
けれども、いつもと何かがどことなく違うアパートの気配を察知した深緋はスグ様、ぬき足差し足の忍び足に、息までコロして階段を昇り始める。
築年数が疑わしいほど老朽感が否めない木造モルタル二階建て。
上下に四部屋ずつが並び、二階のために、外付けの階段と通路が設えられているレトロやノスタルジーといった風情はまるでない昭和の典型的集合住宅。
その二階通路の突き当たり、一番奥が常上家で借りている一室だが、深緋は階段を昇りつめた所でバッグを左肩から右手に提げなおし、正面となる204号室の玄関ドアへと
脇の高窓が北向きにもかかわらず仄明るいために、南と東側の雨戸が開けられたからであることが、同じ角部屋を
しかも、雨戸を開けて室内へ外光を入れた者が、まだ室内にいる可能性が高そうだとも
それが敵なのかが何よりの懸念だが、聞き耳を立ててみても、中からは話し声が聞こえてこない。
その一点のみで、中にいるのは独りきりと高くくりした深緋は、玄関のドアノブが回ることを確認したあと、バッグをブン回せるよう身がまえながら一気にドアを引き開ける──。
がらんとした三畳ほどのキッチンスペースの奥も、やはりがらんと、深緋には見慣れたタタミ六畳の居室が広がっているだけ。
しかし、そこで仰向けに寝転がっていた者が上体を跳ね起こし、目をパチクリさせた顔を深緋へ向けた。
「……なんだぁ、ガチで引っ越して来ちゃったんだニャースカ? 早すぎるから怪しんじゃったの」
盛相は、とばとば手繰り込んだスマホで音声変換アプリを起動。
──「こっちだって魂消たよ、──深緋が帰って来たことに全然気づけなかった。一応、番犬代わりになれるんじゃないかとも思って、この部屋にしたのに」
「ニャースカに、イヌの役目なんてムリなの──」ドアクローザーのバネが緩みすぎている玄関ドアが、今ちょうど閉まりきったため──「話の続きは、上がってしてもい~い?」と深緋もようやく表情を和らげる。
──「どうぞ。ボロで狭くて申しわけないけど」
「ではお邪魔しま~す──」深緋は自分の部屋と同じようにローファーを両足で刮ぎ脱ぎ、バッグもただ手放しただけみたいに上がり口へ落とし置いて上がる──「悪かったわねぇ、アタシんチもまるっきり一緒なの」
──「いや、勿論そんなつもりで言ったんじゃないから──」盛相は滅多急に指を動かしスマホへ入力──「炭酸水か緑茶があるけど飲むかい?」
「……小癪だなニャースカ、なかなか猪口才なチョイスなの」
──「飲むゼリーもグレープフルーツとパイン味、あと柔柔プリンのアーモンドキャラメル味がある。──まだ前の部屋から冷蔵庫とか届いていないんで全部常温、コップもなくてボトルのままで悪いけど」
「シュワシュワ水がいい。ウチも冷蔵庫があったことないから常温は慣れてるの。それがウチの世界標準だし~」
──「それはよかった。と言うより助かったかな」
「ニャースカの顔色もいいみたい。もうすっかり見た目には、
完全にキレイな空気を吸い続けないとヤバい
だけの人になっちゃってて、不気味じゃないのが凄く名残り惜しいカンジッ」──「お蔭様で、癖の強かった不動産屋も何のそのだった。──それもこの、深緋たちがつくってくれたマスクの凄さみたいだ。実に精巧って言うか、精好で、見た目の具合が良いんだろうな」
盛相は鼻筋半ばから顔下半分を顎下までぴったり覆う、というよりも、医療用の一装置的に
そうして一応コンヴィニ袋の中身を全て出し並べて見せてから、炭酸水のペットボトルを深緋へ手渡す。
「ありがと。それは、紡がデザインして、繰が材料を揃えて、アタシがイケると裁断して、祈りながらつくったんだから当然なの。あとはニャースカが信用して、ケガする前と同じ気持になれるかどうかだけ。信用してくれたのはアタシたちも嬉しい限りなの」
深緋はペタンと鳶足にしゃがみ込むと、慎重にペットボトルのキャップを開けにかかった。
炭酸水その物以上にシュッと漏れ出すガスの音が好きな深緋なので、聞いたあとは軽く一口だけ飲んで、またキツくキャップを閉める。
その深緋の一連の所作ぶりを、不思議そうに見ていた盛相だった。
──「深緋、キミたちってどんなコなんだ一体?」
「どんなコ? どうだろ……ン~とね、朝起きてテーブルの上に五〇〇円あったら、アタシはベーカリー瀬古井へ走って、苺コロネ三つとトルコスティックを買っちゃうぅ。ルルルンとトルコスティックを齧りながら紡にメッセージ送って、繰のウチへ集合なの」
──「トルコスティック?」
「正式名は忘れちゃったけど、細長い固焼きパンの半分が水色のクリームでコーティングされてて、トルコ石みたいだからキャ~なの。石言葉もキャ~で、それを食べちゃう気持になるから、
──「そうなんだ?」
「そっ。そして紡なら、お腹がグーでも、とりあえずハンド・ドリップのコーヒーをクーポン使って飲みに行っちゃうし。繰は、アタシか紡がやって来るまでテーブルの前でクルクル回り続けてるの。アタシたちは大体そういうコ、わかったぁ?」
──「なるほど。──なんか、大体わかったような気はするけど」
そうは答えつつも、盛相の