075 Ooo-la-la 女神も仏もありゃしない
文字数 2,294文字
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盛相はライシーアムの一階、ホールの円テーブルの一つで、ようやくしっかりと正気を取り戻す。
誰かに背負われていたという意識は盛相にもあったものの、それをしたのが部活あがりで来ていた明で、丸剃り男にも活を入れ、異常がないことまでを確認してからコインパーキングを立ち去ってくれていた。
「残念ながら、ニャーさんの奮闘も流流 と細工 まれていたんです」
そう話す明へ、ただちに問い顕 したい盛相だが、手にスマホはない。
あたふた自身をまさぐってチノパンの左ポケットからICレコーダー、探し求めたスマホは右ポケットに見つける。
──「どう言うこと? ──詳しく教えてくれないかな、もっと」
「えっと。自分はちょうどメインイヴェントに間に合うようにこちらへ来たので、そのあとからの、自分が気づき知り得た概略になってしまいますけれども……」
一五時ジャストにファンファーレが流れて、出場ゲートの幕も開いていた──。
グラウンドに集まる観衆たちの視線も出場ゲートの一点へ集中する中、三年D組の気球四つも上空へと放たれる。
それらは、気づかれることなく目立ち難い予定高度での安定浮揚にまず成功した。
気球操縦チームは、各気球を二名ずつで担当。
四つの配置バランスを保ちながらグラウンド内へ忍びやかに移動し、それぞれ丁寧かつゆっくりと広がって、気球を操るのに最適な四箇所に、人目を一切惹くことなく無事辿り着くこともできた。
その寸陰前にはゲートから、黄色い声援を一際高く浴びながら主役のフレイ‐加宮率いる三年D組が一四番手で歩きだす。
気球監視チームからも「天気晴朗、風穏やかにして万事順調なりっ」の報告を受けて、深緋は、七分ほどの間「早く来る来るぅ」とワクつきつつ、実行委員としての持場で待機。
そして、トラックの最終コーナーに差しかかる加宮へ、詳説すれば衣装の前襟が深く前後に重なる隙間、加宮の懐へと深緋が畳み纏めた船を投げ入れた。
男子たちには素早く加宮へ駆け寄って手渡すと話していたが、深緋はセットホジションもとらないクイックモーションのオーヴァースローで見事にキメる。
何が行われたのかをスグに理解できた者は、実感として思い知らされた加宮だけ。
加宮たちをスタートから高倍率で追いまわし、一部始終を見ていた監視チームの一員でさえ自分の目を疑うほどの、まさに深緋の女神ワザだった。
船が加宮に渡ったあとは、それを広げて見せる位置である本部テント前まで残りあと約一〇〇メートル。
操縦チームは練習どおりにラインを操り、歩き続ける加宮を観衆の人垣を跨いだ四方から囲いながら、気球と加宮の間をつなぐライン四本の張り具合を程好く保たなければならない。
気球が一つでも配置バランスを崩して高く浮けば、加宮の懐から船を引き上げて晒してしまう。
そうなれば最悪、加宮が慌てて押さえてラインを切ったり、その場で広がり半端で無残なネタバレとなって全てがオジャン。
加宮に合わせて移動することによる気球の配置バランスの歪みは、監視チームからの逐一の報告で微調整が繰り返され、その成果は、場所だけ変えて最終リハーサルを再現したような大団円を迎えることになる。
審査員たちの目の前で、透け透けでテロンテロンの極薄ヴェールをつなぎ合わせた夢幻泡影のごとき存在感ではあるものの、相当な奥行きまでも錯覚されるようデフォルメされた確かに大きな帆船に見える縫成作品が一瞬にして展開された。
フレイになりきった加宮が懐からとり出し無造作に放る、その、一連のとるに足らない動作に、気球両チームの全呼吸をバチコンと合わせた快技も見せつけられたと言える。
響動めきからの大歓声は正面側や両側からは勿論、大きな帆船とは見え難い背面側からもあがり、そこで初めて観衆の大半が頭上高く浮かぶ気球四つに気がついて、さらなる喝采がトラックを包んだ。
──が、優勝となる金賞を獲得したのは二年C組。
三年D組が銅にも銀にも輝いていないため、グラウンド中のそそめきにも険悪なまでの不穏さが膨れていったが、どうにかギリギリ最後に滑り込んだ受賞と言うしかない
そしてそのまま後夜祭、在校生ならびに来校客でも踊れはしゃげの繚乱目当てな非公認コスプレイヤーたちが旗振り役となって、エンディング‐プロムへと雪崩れ込んでしまったのだった。
──「ウソだろう? ──いや、ゴメン。明くんの話がではなくて、オレが信じられないだけなんだ。──それであの三人はどうしたのかな? 特に深緋が、何か凄まじいことをやらかしていないか物凄く心配なんだけど」
「えぇ当然、本部へ審査表と集計結果に誤りがないか、チェックさせて欲しいと談判しに行ったと思いますが、自分に推測がつくのはそこまでです」
──「そんな、──ほかには何もないのかい?」
「紡さんは深緋さんに、尾脊さんの存在が校外で感じられたと叫んでいましたし。ちょうど自分も、瑠沙くんに声をかけられて、ニャーさんの様子を見て来て欲しいと頼まれてしまったので」
──「一体どうしてそんなことに? あの尾脊さんは何をやったわけ?」
「すみません。そこについて自分には何とも言えないので、続きは三人にお任せしたいと思います」
明はすっくり立ち上がり、イスの位置を正して離れて行こうとしてしまう。
しかしそれは、深緋を先頭に三人がエントランスへ入って来るのが見えたからで、円テーブルの席を彼女たちに譲るためだった。
盛相はライシーアムの一階、ホールの円テーブルの一つで、ようやくしっかりと正気を取り戻す。
誰かに背負われていたという意識は盛相にもあったものの、それをしたのが部活あがりで来ていた明で、丸剃り男にも活を入れ、異常がないことまでを確認してからコインパーキングを立ち去ってくれていた。
「残念ながら、ニャーさんの奮闘も
時既に遅し
だったようですよ。尾脊麻未さんの意趣晴らしは、昼過ぎにはもうそう話す明へ、ただちに問い
あたふた自身をまさぐってチノパンの左ポケットからICレコーダー、探し求めたスマホは右ポケットに見つける。
──「どう言うこと? ──詳しく教えてくれないかな、もっと」
「えっと。自分はちょうどメインイヴェントに間に合うようにこちらへ来たので、そのあとからの、自分が気づき知り得た概略になってしまいますけれども……」
一五時ジャストにファンファーレが流れて、出場ゲートの幕も開いていた──。
グラウンドに集まる観衆たちの視線も出場ゲートの一点へ集中する中、三年D組の気球四つも上空へと放たれる。
それらは、気づかれることなく目立ち難い予定高度での安定浮揚にまず成功した。
気球操縦チームは、各気球を二名ずつで担当。
四つの配置バランスを保ちながらグラウンド内へ忍びやかに移動し、それぞれ丁寧かつゆっくりと広がって、気球を操るのに最適な四箇所に、人目を一切惹くことなく無事辿り着くこともできた。
その寸陰前にはゲートから、黄色い声援を一際高く浴びながら主役のフレイ‐加宮率いる三年D組が一四番手で歩きだす。
気球監視チームからも「天気晴朗、風穏やかにして万事順調なりっ」の報告を受けて、深緋は、七分ほどの間「早く来る来るぅ」とワクつきつつ、実行委員としての持場で待機。
そして、トラックの最終コーナーに差しかかる加宮へ、詳説すれば衣装の前襟が深く前後に重なる隙間、加宮の懐へと深緋が畳み纏めた船を投げ入れた。
男子たちには素早く加宮へ駆け寄って手渡すと話していたが、深緋はセットホジションもとらないクイックモーションのオーヴァースローで見事にキメる。
何が行われたのかをスグに理解できた者は、実感として思い知らされた加宮だけ。
加宮たちをスタートから高倍率で追いまわし、一部始終を見ていた監視チームの一員でさえ自分の目を疑うほどの、まさに深緋の女神ワザだった。
船が加宮に渡ったあとは、それを広げて見せる位置である本部テント前まで残りあと約一〇〇メートル。
操縦チームは練習どおりにラインを操り、歩き続ける加宮を観衆の人垣を跨いだ四方から囲いながら、気球と加宮の間をつなぐライン四本の張り具合を程好く保たなければならない。
気球が一つでも配置バランスを崩して高く浮けば、加宮の懐から船を引き上げて晒してしまう。
そうなれば最悪、加宮が慌てて押さえてラインを切ったり、その場で広がり半端で無残なネタバレとなって全てがオジャン。
加宮に合わせて移動することによる気球の配置バランスの歪みは、監視チームからの逐一の報告で微調整が繰り返され、その成果は、場所だけ変えて最終リハーサルを再現したような大団円を迎えることになる。
審査員たちの目の前で、透け透けでテロンテロンの極薄ヴェールをつなぎ合わせた夢幻泡影のごとき存在感ではあるものの、相当な奥行きまでも錯覚されるようデフォルメされた確かに大きな帆船に見える縫成作品が一瞬にして展開された。
フレイになりきった加宮が懐からとり出し無造作に放る、その、一連のとるに足らない動作に、気球両チームの全呼吸をバチコンと合わせた快技も見せつけられたと言える。
響動めきからの大歓声は正面側や両側からは勿論、大きな帆船とは見え難い背面側からもあがり、そこで初めて観衆の大半が頭上高く浮かぶ気球四つに気がついて、さらなる喝采がトラックを包んだ。
──が、優勝となる金賞を獲得したのは二年C組。
三年D組が銅にも銀にも輝いていないため、グラウンド中のそそめきにも険悪なまでの不穏さが膨れていったが、どうにかギリギリ最後に滑り込んだ受賞と言うしかない
審査員特別賞
に終わったことで、その物騒がしい空気も一落する。そしてそのまま後夜祭、在校生ならびに来校客でも踊れはしゃげの繚乱目当てな非公認コスプレイヤーたちが旗振り役となって、エンディング‐プロムへと雪崩れ込んでしまったのだった。
──「ウソだろう? ──いや、ゴメン。明くんの話がではなくて、オレが信じられないだけなんだ。──それであの三人はどうしたのかな? 特に深緋が、何か凄まじいことをやらかしていないか物凄く心配なんだけど」
「えぇ当然、本部へ審査表と集計結果に誤りがないか、チェックさせて欲しいと談判しに行ったと思いますが、自分に推測がつくのはそこまでです」
──「そんな、──ほかには何もないのかい?」
「紡さんは深緋さんに、尾脊さんの存在が校外で感じられたと叫んでいましたし。ちょうど自分も、瑠沙くんに声をかけられて、ニャーさんの様子を見て来て欲しいと頼まれてしまったので」
──「一体どうしてそんなことに? あの尾脊さんは何をやったわけ?」
「すみません。そこについて自分には何とも言えないので、続きは三人にお任せしたいと思います」
明はすっくり立ち上がり、イスの位置を正して離れて行こうとしてしまう。
しかしそれは、深緋を先頭に三人がエントランスへ入って来るのが見えたからで、円テーブルの席を彼女たちに譲るためだった。