067 女神と悪魔と実在根拠とJKと
文字数 2,336文字
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今回の幸いも、繰の日頃の行いが善因したとしか言えそうにない。
直方体の厚壁みたく手入れがされたキンメツゲの生垣へ突っ込んで落ち止まった繰は、全くの無傷で済むという天佑神助 も甚だしいハードランディング。
そのスグ内側の庭で干されていた洗濯物をも吹き飛ばしたことで、そのお宅の夫人を筆頭に両隣の家人たちを驚かし、駈け寄らせることにもなった。
しかしながら受け答えまでがヨレヨレな繰は、突発的な烈風に襲われた最大の被害者と認識されて、逆に救急車を呼ぶかどうかの一悶着が起こるほど体の具合を心配されてしまう始末。
そこは、繰の父親が医師であることを方便に、紡がかたらかに場を収めて再び登校の途についた三人だったが、用件はまだ済んでいないからと、今尚悪魔たちも同道を続けている。
おぼつかなさからの険悪ムードながら、ぎくしゃくと不躾な悪魔参来の事情が説き起されていった。
「……てなわけで、一応この申し出は取引なんだ。ボクと慈恵は、キミらの邪魔になることはしないと誓う、するなと言われたこともやめる。だから、ボクと慈恵だけは抹殺しないで欲しいわけ」
そう前を行く深緋へ、ようやっと本題をきり出したのが茴坐瑠沙 。
スリ紛 いのこともやるが、主には引ったくりと置き引きで生計を立てるために、ゾロアスター教由来の悪魔の魔力を使っていた。
年齢は一六だが高校に通ってはおらず、制服姿もアンダーリム‐タイプの眼鏡も単なるフェイク、そもそも性別から偽り欺いているジェンダーレス男子だった。
「どして、そんな条件で取引になると思うの?」
「そりゃボクらは悪魔だから、人を害さなけりゃ生きていけないんだけど、そこは必要最低限でガマンするから目を瞑って欲しいってわけ。どうだろ、そう悪い話でもなくね?」
「そうよそう、悪くなんてないない。だって私たち、そうしないと生きられないんだから。その悪さを職業にしている悪魔は、むしろとっても良心的なのよ」
「良心的ねぇ──」深緋は小首を傾げるが、それもほんのわずか──「悪魔とは根本的に発想が違うみたいで、理解に困るの」
「だって、あくまでも生きるために悪さをするだけなんだもの。私も瑠沙も、魔力を遊びやヒマ潰しに使う悪魔連中とは違うってこと、あなたたちならわかってくれる、そう信じて来ているんだから私たち」
こうして口を開くたび、どこかねだりがましさを漂わせてくれるのが社庇慈恵 。
年齢的なことには一切触れないものの、選挙プランナーのアシスタント職に就いていた。
有する魔力は、やはりゾロアスター教由来の悪魔のモノで、些細 なことから候補者を煽 てていけば、それこそブタも木に登る思いあがり効果にまで励起できる。
これまで、数多くの候補者を当選へ導いてきたと慈恵は自己開示みたく語った。それも、誇らかさなど微塵もなく自明の理を説くように。
「ウ~ン、そんな悪魔たちに信じられてもなの。まぁ慈恵の仕事は魔力が活かせてるカンジだけど、瑠沙はどう魔力を使うの? 人の持ち物を気づかれずに盗みとるぐらい、誰でもテクを磨けばできることでしょ。アタシだって得意なの」
深緋はやはり前を向いたままだが、これまた挑発的では全くなく、至極当然といった感じの受け答え。
とりあえず警戒のため、先頭に立てた深緋との間に二悪魔をはさんで紡と繰が殿につくという配列をとっていた。
クルクル‐タイフーンはまるで未完成に加え大失態をやらかした無様さでも、女神の脅威をニオわせるには充分なパフォーマンスとなったため、繰を切り札に据えた布陣であると、悪魔たちをミスリードへ誘う紡の咄嗟の窮策でもある。
とにかく悪魔たちと別れるまで、繰がぬっくりと間延びした口を利かないように、注意もはらわなければならない紡だった。
「んじゃぁテクとの違いを、チョックラ披露してやっか」
瑠沙は歩みを止めずに向こう側の歩道へ目を向けて、疎らながら駅へと急ぐ人波からターゲットを見定めにかかる。
そして右手の先を、ターゲットである恰幅のよい中年サラリーマンへ、その背後の路上へも同時に左手の先を向けた──。
ビチッ! と背後の路面が甲高く鳴って、中年サラリーマンが振り返る──。
起こった現象的にはただそれだけ。
けれども、瑠沙が伸ばしていた右腕を脇を締めるように折り寄せて、見えないロープでも引き戻す動きをしたその右手には、なかったはずの腕時計が握られていた。
それには、さすがに深緋もふり返って逸早くリアクション。「まぁカッケーなの、手品っぽいけどっ」
瑠沙は手早く矯めつ眇めつすると、釣果としてはそこそこと目利きし終えたロレックスを立ち止まりかけていた深緋へ放る。
歩調を変えないことで常業 にすぎないとアピールしたい瑠沙に気押されて、前へ向きなおった深緋も、元の歩行ペースに立ち戻りつつ腕時計の見分も開始。
「気持はわかるけど、ブツ自体を疑われてもねぇ……それ、特に人気じゃないモデルなんで、精精一〇万ってトコじゃね? ボクが持ち込む先の相場だと」
「フ~ン……じゃぁこの先の交番に届けとくの。あのオジサンの特徴も事こまかに伝えちゃうけど、文句あるぅ?」
深緋は、反対側の歩道で今も全く気づかずに同じ方向を急いでいるサラリーマンの背中へ顎先をふり、特徴の宝庫であることは、敢えて言葉にするまでもないと瑠沙に示唆する。
「そんな必要ないぜ、またあのオヤジの左腕に戻せばいいだけのこった」
瑠沙が差し出す掌に深緋が腕時計を載せると、瑠沙は手首にスナップを利かせてその掌を翻す──。
それだけで腕時計は消え失せてしまい、今度は感じるモノがあったのか、サラリーマンは腕時計が戻った左手首を顔先に上げて、異状の有無を確かめだした。
今回の幸いも、繰の日頃の行いが善因したとしか言えそうにない。
直方体の厚壁みたく手入れがされたキンメツゲの生垣へ突っ込んで落ち止まった繰は、全くの無傷で済むという
そのスグ内側の庭で干されていた洗濯物をも吹き飛ばしたことで、そのお宅の夫人を筆頭に両隣の家人たちを驚かし、駈け寄らせることにもなった。
しかしながら受け答えまでがヨレヨレな繰は、突発的な烈風に襲われた最大の被害者と認識されて、逆に救急車を呼ぶかどうかの一悶着が起こるほど体の具合を心配されてしまう始末。
そこは、繰の父親が医師であることを方便に、紡がかたらかに場を収めて再び登校の途についた三人だったが、用件はまだ済んでいないからと、今尚悪魔たちも同道を続けている。
おぼつかなさからの険悪ムードながら、ぎくしゃくと不躾な悪魔参来の事情が説き起されていった。
「……てなわけで、一応この申し出は取引なんだ。ボクと慈恵は、キミらの邪魔になることはしないと誓う、するなと言われたこともやめる。だから、ボクと慈恵だけは抹殺しないで欲しいわけ」
そう前を行く深緋へ、ようやっと本題をきり出したのが
スリ
年齢は一六だが高校に通ってはおらず、制服姿もアンダーリム‐タイプの眼鏡も単なるフェイク、そもそも性別から偽り欺いているジェンダーレス男子だった。
「どして、そんな条件で取引になると思うの?」
「そりゃボクらは悪魔だから、人を害さなけりゃ生きていけないんだけど、そこは必要最低限でガマンするから目を瞑って欲しいってわけ。どうだろ、そう悪い話でもなくね?」
「そうよそう、悪くなんてないない。だって私たち、そうしないと生きられないんだから。その悪さを職業にしている悪魔は、むしろとっても良心的なのよ」
「良心的ねぇ──」深緋は小首を傾げるが、それもほんのわずか──「悪魔とは根本的に発想が違うみたいで、理解に困るの」
「だって、あくまでも生きるために悪さをするだけなんだもの。私も瑠沙も、魔力を遊びやヒマ潰しに使う悪魔連中とは違うってこと、あなたたちならわかってくれる、そう信じて来ているんだから私たち」
こうして口を開くたび、どこかねだりがましさを漂わせてくれるのが
年齢的なことには一切触れないものの、選挙プランナーのアシスタント職に就いていた。
有する魔力は、やはりゾロアスター教由来の悪魔のモノで、
これまで、数多くの候補者を当選へ導いてきたと慈恵は自己開示みたく語った。それも、誇らかさなど微塵もなく自明の理を説くように。
「ウ~ン、そんな悪魔たちに信じられてもなの。まぁ慈恵の仕事は魔力が活かせてるカンジだけど、瑠沙はどう魔力を使うの? 人の持ち物を気づかれずに盗みとるぐらい、誰でもテクを磨けばできることでしょ。アタシだって得意なの」
深緋はやはり前を向いたままだが、これまた挑発的では全くなく、至極当然といった感じの受け答え。
とりあえず警戒のため、先頭に立てた深緋との間に二悪魔をはさんで紡と繰が殿につくという配列をとっていた。
クルクル‐タイフーンはまるで未完成に加え大失態をやらかした無様さでも、女神の脅威をニオわせるには充分なパフォーマンスとなったため、繰を切り札に据えた布陣であると、悪魔たちをミスリードへ誘う紡の咄嗟の窮策でもある。
とにかく悪魔たちと別れるまで、繰がぬっくりと間延びした口を利かないように、注意もはらわなければならない紡だった。
「んじゃぁテクとの違いを、チョックラ披露してやっか」
瑠沙は歩みを止めずに向こう側の歩道へ目を向けて、疎らながら駅へと急ぐ人波からターゲットを見定めにかかる。
そして右手の先を、ターゲットである恰幅のよい中年サラリーマンへ、その背後の路上へも同時に左手の先を向けた──。
ビチッ! と背後の路面が甲高く鳴って、中年サラリーマンが振り返る──。
起こった現象的にはただそれだけ。
けれども、瑠沙が伸ばしていた右腕を脇を締めるように折り寄せて、見えないロープでも引き戻す動きをしたその右手には、なかったはずの腕時計が握られていた。
それには、さすがに深緋もふり返って逸早くリアクション。「まぁカッケーなの、手品っぽいけどっ」
瑠沙は手早く矯めつ眇めつすると、釣果としてはそこそこと目利きし終えたロレックスを立ち止まりかけていた深緋へ放る。
歩調を変えないことで
「気持はわかるけど、ブツ自体を疑われてもねぇ……それ、特に人気じゃないモデルなんで、精精一〇万ってトコじゃね? ボクが持ち込む先の相場だと」
「フ~ン……じゃぁこの先の交番に届けとくの。あのオジサンの特徴も事こまかに伝えちゃうけど、文句あるぅ?」
深緋は、反対側の歩道で今も全く気づかずに同じ方向を急いでいるサラリーマンの背中へ顎先をふり、特徴の宝庫であることは、敢えて言葉にするまでもないと瑠沙に示唆する。
「そんな必要ないぜ、またあのオヤジの左腕に戻せばいいだけのこった」
瑠沙が差し出す掌に深緋が腕時計を載せると、瑠沙は手首にスナップを利かせてその掌を翻す──。
それだけで腕時計は消え失せてしまい、今度は感じるモノがあったのか、サラリーマンは腕時計が戻った左手首を顔先に上げて、異状の有無を確かめだした。