063 運命の三女神 最強伝説 ‐Die Neue These‐
文字数 2,672文字
「イタいところを~……ま、それも魂魄にガリガリ刻んどくけどっ」
深緋が本音を漏らし、さらに自省までが窺えることには、紡も屈託のないあえしらい。
「ン。そうしときな」
「けどけど、紡の説だと、アタシたちはニャースカの寿命が延びることさえ確定できれば、あとはニャースカの身の熟し次第になるんじゃないの? 確定が通達された時に、ニャースカが何を思って何が襲いかかるかまでは、関知するところではないアタシたちなんだし」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
「でも、たぶんきっと大丈夫なの。次も窓が落ちて来ようが、ニャースカ自身が窓から落っこちちゃおうが、今はもう物理的撃力には不死身なんだからっ」
「ワタシもそう願うばかりだけどさ。正直、神力なんてのは知識不足だし、曖昧さがどうしてもついてまわりそうなんで、できる限り明確にしとかないとでしょ。結果的に魔力と何も違わないなんてことになっちまったら、生き地獄じゃん?」
「まったく紡はっ、言うに事欠いて不吉すぎなツッコみを~」
深緋はふり返りきらずに、視線が止まった先の盛相へ、紡を咎め立てる意味合いの目配せをした。
それに盛相はビクンと反応、スマホへも大急ぎで入力しだす。
──「ここで基本的なことを聞いて悪いんだけど、運命の女神というのは神話だと一体どんな女神たちなのかな? ──幾つもの呼び名があるってことは、広く崇められていたんだろうし、広くなると地域差も出てきて、神力のヴァリエーションもわかるんじゃないかな?」
そう質問してはみたものの信号が青に変わってしまい、盛相はいささか手惑いつつクルマを発進させた──。
盛相の問いには、クルマが充分加速しきったところで紡が口を開く。
「運命の女神については、ギリシア‐ローマ神話関係や神と女神を集めた事典類に解説があるだけで、神話然とした略譜的な物語はないんだよね。人が抗えない運命の象徴に、哲学や宗教を通じて三人一組の女神と具象化しただけっぽくて、毛糸縒りの老婆の姿ってのが一般的」
その、愉しさが欠片もない説明には、深緋が黙っていられるはずもない。
「だけどホメロスの『イーリアス』には、モイライが裁断したトロイア戦争の結末は最高神ゼウスでさえ変えられないって、くだりがあるのっ。そして『神統記』とかで描かれるティタノマキアーにも参戦してて、ギガスを二人も青銅の棍棒で撲殺してるのっ──」
深緋が捷勁 に振り上げて見せた右手に、盛相は首を竦める過敏な身がまえ。
発した「フンッ!」も、驚きと、深緋ならそのまま自分へ腕を振り下ろすことが充分考えられることからの呻きに近い。
「いいぞニャースカ、その防御意識。モイライはさらにっ、敵軍の大将テュポンに力を奪う無常の果実も食べさせて、神軍の勝利に大貢献してるのだ。オリンポス一二神以外で巨人族をブッ斃したのは、モイライとヘカテーだけなんだから」
「モォ~深緋ってばぁ。どうであれ、人がつくった詩や文学にすぎないじゃなぁい」
繰は少しばかり乗り出して、前のシートの合間からの口出し。
「どうであれ、記述としてあることが今を生きるアタシたちには大事なのっ」
そんな深緋へ、繰は顔だけで
盛相に向けての、説きつけをしておく方を大事にしたという感じ。なので一呼吸入れて仕切りなおすと、表情も普段どおりのニコやかさで語りだす繰だった。
「でもニャーさん、運命はやっぱり女神一人だと大変みたいで~。モイライは、一人が羊毛を一本ずつ縒って、一人が糸になっていくのを巻いて、一人がハサミでチョッキリするぅ。そしてパルカイは、それぞれ出産と結婚と死を役割分担。どっちも人生の縮図なんだってぇ」
「フッ、フッ……」
繰の噛んで含めるような口調には、盛相の鼻息と頷きも穏やかさをとり戻す。
「とは言ってもニャーさん、繰たちのブランドに、パルカイの別名トリア・ファータを使っているのはぁ、単に語感がオシャレっぽいからでしかないんだけど~」
「それにさ、ファータってイタリア語の意味は女神じゃなく、よくて妖精や精霊で、妖怪や怪物も引っ包めた霊妙不思議な存在を指す言葉なんだよねぇ。まぁ、ワタシと繰が精霊止まりとしても、モンスターの深緋がいるからピッタリじゃんってことでさ」
紡の補足には、無論深緋がチャチャをブチ込む。
「後ろでチョビが耳障りなのっ。ドンジャラホイは森の木陰だけでしといてくれないと。今にアタシの無意識の一打ちで、プチッと丸ミシャぎの血ミドロけだってのにぃ」
「あ~コワっ。やっぱモンスターは言うことがオゾいねぇ、ティタノマキアーでアグリスとトオーンを撲ち殺したモイラは、間違いなくあんたの始祖だって」
深緋と紡の戯れ合いは、繰にほっこり咎め立てされる。
「も~説明の途中でしょ、フザケるのダメッ。ニャーさんも運転中だからスマホで口をはさめないんだしぃ」
「これくらい戯らかさないとさ、話的にはさほどオモロくないんだし。でしょニャーさん?」
盛相は思いが届くよう、ミラーで紡を一瞥した上でブンブンと頭をふる。
「なら、戯れずに続けさせてもらうけど……ホメロスの叙事詩以降、運命の三女神の系譜は二つになってさ」
「……フ~ッ?」
「まぁ聞いといて。ゼウスと正義の女神テミスの娘で、秩序の三女神ホライとも姉妹ってのが一つ。それよりも先、オリンポス以前の原初世代の神に属して、夜の女神ニュクスの娘ってのがもう一つでさ。最高神ゼウスも運命は甘受せざるを得ないことから、ワタシと繰は後者の支持派なわけ」
当然の流れで、繰も紡を後ろ押し。
「そうなのぉ。打倒ゼウス支配を掲げて勃発した巨人族の大戦、ティタノマキアーにモイライが参戦して、巨人族ギガスをたたき斃したなんていう武勇伝は、繰だって支持しなぁい。カッケーって、箔づけにしたがるのは深緋だけ~」
勿論、深緋が巻き返しに出ない道理などありはしない。
「まったく二人してぇ。けど聞いてよニャースカ、運命の三女神が世界秩序を危機に陥れるような裁断をした場合、運命には絶対に抗えない原則に反して、
「……フッ?」
「イタズラにいろんな神や女神がいるんじゃなく、全員がちゃんと世界を維持する機能に組み込まれてるわけ。つまりっ、その神奥なるエマージェンシーシステムの敷設こそが、運命の三女神の比類なき強大さの根拠でしょ? アタシたち三人vsほかの神と女神全員、って構図なんだから」
深緋は、サヨナラ満塁ホームラン級の決定打を放ったかのようなドヤ顔を近づけ、またも盛相をビクつかせる。
深緋が本音を漏らし、さらに自省までが窺えることには、紡も屈託のないあえしらい。
「ン。そうしときな」
「けどけど、紡の説だと、アタシたちはニャースカの寿命が延びることさえ確定できれば、あとはニャースカの身の熟し次第になるんじゃないの? 確定が通達された時に、ニャースカが何を思って何が襲いかかるかまでは、関知するところではないアタシたちなんだし」
「まぁ、そうなんだけどさ……」
「でも、たぶんきっと大丈夫なの。次も窓が落ちて来ようが、ニャースカ自身が窓から落っこちちゃおうが、今はもう物理的撃力には不死身なんだからっ」
「ワタシもそう願うばかりだけどさ。正直、神力なんてのは知識不足だし、曖昧さがどうしてもついてまわりそうなんで、できる限り明確にしとかないとでしょ。結果的に魔力と何も違わないなんてことになっちまったら、生き地獄じゃん?」
「まったく紡はっ、言うに事欠いて不吉すぎなツッコみを~」
深緋はふり返りきらずに、視線が止まった先の盛相へ、紡を咎め立てる意味合いの目配せをした。
それに盛相はビクンと反応、スマホへも大急ぎで入力しだす。
──「ここで基本的なことを聞いて悪いんだけど、運命の女神というのは神話だと一体どんな女神たちなのかな? ──幾つもの呼び名があるってことは、広く崇められていたんだろうし、広くなると地域差も出てきて、神力のヴァリエーションもわかるんじゃないかな?」
そう質問してはみたものの信号が青に変わってしまい、盛相はいささか手惑いつつクルマを発進させた──。
盛相の問いには、クルマが充分加速しきったところで紡が口を開く。
「運命の女神については、ギリシア‐ローマ神話関係や神と女神を集めた事典類に解説があるだけで、神話然とした略譜的な物語はないんだよね。人が抗えない運命の象徴に、哲学や宗教を通じて三人一組の女神と具象化しただけっぽくて、毛糸縒りの老婆の姿ってのが一般的」
その、愉しさが欠片もない説明には、深緋が黙っていられるはずもない。
「だけどホメロスの『イーリアス』には、モイライが裁断したトロイア戦争の結末は最高神ゼウスでさえ変えられないって、くだりがあるのっ。そして『神統記』とかで描かれるティタノマキアーにも参戦してて、ギガスを二人も青銅の棍棒で撲殺してるのっ──」
深緋が
発した「フンッ!」も、驚きと、深緋ならそのまま自分へ腕を振り下ろすことが充分考えられることからの呻きに近い。
「いいぞニャースカ、その防御意識。モイライはさらにっ、敵軍の大将テュポンに力を奪う無常の果実も食べさせて、神軍の勝利に大貢献してるのだ。オリンポス一二神以外で巨人族をブッ斃したのは、モイライとヘカテーだけなんだから」
「モォ~深緋ってばぁ。どうであれ、人がつくった詩や文学にすぎないじゃなぁい」
繰は少しばかり乗り出して、前のシートの合間からの口出し。
「どうであれ、記述としてあることが今を生きるアタシたちには大事なのっ」
そんな深緋へ、繰は顔だけで
イ~だっ
を返す。盛相に向けての、説きつけをしておく方を大事にしたという感じ。なので一呼吸入れて仕切りなおすと、表情も普段どおりのニコやかさで語りだす繰だった。
「でもニャーさん、運命はやっぱり女神一人だと大変みたいで~。モイライは、一人が羊毛を一本ずつ縒って、一人が糸になっていくのを巻いて、一人がハサミでチョッキリするぅ。そしてパルカイは、それぞれ出産と結婚と死を役割分担。どっちも人生の縮図なんだってぇ」
「フッ、フッ……」
繰の噛んで含めるような口調には、盛相の鼻息と頷きも穏やかさをとり戻す。
「とは言ってもニャーさん、繰たちのブランドに、パルカイの別名トリア・ファータを使っているのはぁ、単に語感がオシャレっぽいからでしかないんだけど~」
「それにさ、ファータってイタリア語の意味は女神じゃなく、よくて妖精や精霊で、妖怪や怪物も引っ包めた霊妙不思議な存在を指す言葉なんだよねぇ。まぁ、ワタシと繰が精霊止まりとしても、モンスターの深緋がいるからピッタリじゃんってことでさ」
紡の補足には、無論深緋がチャチャをブチ込む。
「後ろでチョビが耳障りなのっ。ドンジャラホイは森の木陰だけでしといてくれないと。今にアタシの無意識の一打ちで、プチッと丸ミシャぎの血ミドロけだってのにぃ」
「あ~コワっ。やっぱモンスターは言うことがオゾいねぇ、ティタノマキアーでアグリスとトオーンを撲ち殺したモイラは、間違いなくあんたの始祖だって」
深緋と紡の戯れ合いは、繰にほっこり咎め立てされる。
「も~説明の途中でしょ、フザケるのダメッ。ニャーさんも運転中だからスマホで口をはさめないんだしぃ」
「これくらい戯らかさないとさ、話的にはさほどオモロくないんだし。でしょニャーさん?」
盛相は思いが届くよう、ミラーで紡を一瞥した上でブンブンと頭をふる。
「なら、戯れずに続けさせてもらうけど……ホメロスの叙事詩以降、運命の三女神の系譜は二つになってさ」
「……フ~ッ?」
「まぁ聞いといて。ゼウスと正義の女神テミスの娘で、秩序の三女神ホライとも姉妹ってのが一つ。それよりも先、オリンポス以前の原初世代の神に属して、夜の女神ニュクスの娘ってのがもう一つでさ。最高神ゼウスも運命は甘受せざるを得ないことから、ワタシと繰は後者の支持派なわけ」
当然の流れで、繰も紡を後ろ押し。
「そうなのぉ。打倒ゼウス支配を掲げて勃発した巨人族の大戦、ティタノマキアーにモイライが参戦して、巨人族ギガスをたたき斃したなんていう武勇伝は、繰だって支持しなぁい。カッケーって、箔づけにしたがるのは深緋だけ~」
勿論、深緋が巻き返しに出ない道理などありはしない。
「まったく二人してぇ。けど聞いてよニャースカ、運命の三女神が世界秩序を危機に陥れるような裁断をした場合、運命には絶対に抗えない原則に反して、
待った!
をかけられちゃうんだからっ」「……フッ?」
「イタズラにいろんな神や女神がいるんじゃなく、全員がちゃんと世界を維持する機能に組み込まれてるわけ。つまりっ、その神奥なるエマージェンシーシステムの敷設こそが、運命の三女神の比類なき強大さの根拠でしょ? アタシたち三人vsほかの神と女神全員、って構図なんだから」
深緋は、サヨナラ満塁ホームラン級の決定打を放ったかのようなドヤ顔を近づけ、またも盛相をビクつかせる。