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文字数 2,735文字

 中学校に向かうと、校門の前で遠藤直也が待っていた。彼はビジネススーツを着ていて、右手に銀色のアタッシュケースを持っていた。
「絢奈、久しぶりだな。最近見なかったけど、どうしていたんだ?」
「芦屋に引っ越してフリーランスのWebデザイナーとして働いていた。その気になれば直也くんの会社のホームページも作ることができる」
「そうだな。正直言って弊社(へいしゃ)のホームページはお世辞にも最新技術を(うた)っている企業のホームページとは思えない。確かに、絢奈なら仕事を依頼してもいいな。それはともかく、例のロボットのデモンストレーションに協力してほしいという話は聞いているな」
「当然だ。その電話で僕はここに来た。それで、ロボットはどこにあるんだ?」
「体育館の中に運搬してある。操作用のタブレットも用意したから、絢奈には操作を手伝ってほしい」
 僕は、遠藤直也に言われるままに体育館へと入っていった。体育館のステージの上に、白いヴェールを被った物体が入っている。恐らく、人間を材料にしたロボットだろう。
「このヴェールの中に、ロボットがいるのか」
「まあ、そうなるな。ここは俺と絢奈以外誰もいないから、企業スパイに狙われる心配もない」
「なるほど。早速だけど、そのロボットを見せてもらってもいいか?」
「分かった。今からヴェールを剥ぐから、目に焼き付けてくれ」
 遠藤直也が、白いヴェールを剥いでいく。ヴェールの下にあったのは、さっきまで生きていた女性のような物体があった。もちろん、それが今まで遠藤直也が殺害した女性の遺体を材料にして作られていることは知っていた。僕は、その不気味なロボットの姿を見て、足が(すく)んだ。
「絢奈、大丈夫か?」
「これ、やけに人間っぽいけど、まさか

訳じゃないよな?」
 その質問に、遠藤直也は思わず黙り込む。
「――くっ」
「その様子だと、最近豊岡を騒がせている連続バラバラ殺人事件の犯人は直也くんだな。どうしてそんな事をしたんだ?」
「ロボットは、冷たい触感を持っている。人間の感触に近づけたとしても、あの人肌のような感触を再現するのは難しい。だから、俺は人間を材料にしてロボットを作ろうと思ったんだ」
「直也くんがやっていることは、人道的にあり得ない。それは分かっているな?」
「もちろん、分かっていた。でも、やめられなかった。なぜなら、俺は――櫻子と肉体関係を結んでいたからだ」
「もしかして、そのロボットは櫻子ちゃんを材料にしたのか!」
「そうだ。最初は6人の女性を材料にロボットを作ろうとした。しかし、それだと効率が悪すぎる事に気付いた。だから、俺は櫻子の躰を材料にした。もちろん、そのままだと意味がないから、一旦毒殺してから右腕、左腕、右脚、左脚、胴体、そして顔の順にチェンソーで分割した。それから、骨組みに櫻子のパーツを被せて、組み立て直した。しかし、顔だけはどうしようもなかった」
「ああ、交通事故で顔の左半分を失っているからな」
「それは分かっていた。あの交通事故を起こしたのは――


 直也くんの母親が、櫻子ちゃんの交通事故の元凶? それを分かっていた上で、直也くんは櫻子ちゃんと肉体関係を結んでいたのか? 僕は、話を続けた。
「そうか、あの交通事故は直也くんのお母さんが起こしたのか。それにしても、なぜ櫻子ちゃんと肉体関係を結ぼうと思ったんだ」
「償いだよ。俺と櫻子は同じ高校、そして同じ大学に進学した。もちろん、俺の母親が櫻子の顔の左半分をぐちゃぐちゃにしたことも知っていた。確か、大学2回生の時だったか。櫻子は俺に対して『あの時、車の前に飛び出してごめんなさい』と言ってきたんだ。俺はそれがどういうことか分からなかったが、後で母親の交通事故のことだと気付いたんだ。しかし、気付いたときには俺は過ちを犯してしまった」
「過ち? どういうことだ?」
「俺は、櫻子を妊娠させてしまった。たった一夜の関係で、俺は櫻子の中に命を宿してしまった。当然、櫻子の両親からは叱られたよ。『二度もウチの娘を傷物にしよって』とな。当然、そんなつもりはなかったのだが、櫻子は『妊娠した以上、絶対に産んで育てる』と約束した。その結果、櫻子は子供を産んだ。そして、今でも育てている。名前は『小林望海(こばやしのぞみ)』だ」
 小林望海。そういえば、櫻子ちゃんの子供はそんな感じの名前だったな。その頃の僕は、就活に失敗して社会不適合者として堕落した日々を送っていた。だから、櫻子ちゃんが出産したというニュースを知ったのは沙織ちゃん経由だったような気がする。沙織ちゃんは西宮の大学に通っていたから、近辺に留学していた友人からのタレコミ情報が善く流れてきていたのだ。結婚したら名字が変わるというが、小林櫻子から名字が変わっていなかったので「なぜ小林望海なのだろう?」と思っていたのだが、そういうことだったのか。順当に行けば、現在では10歳だろう。
「それから、大学を卒業して俺は櫻子に別れを告げた。結婚とかは考えていなかったからな。しかし、去年の年末に実家に帰省した時に、俺は久々に櫻子に会った」
「どこで会ったんだ?」
「豊岡に向かう列車の中だよ。たまたま俺の座席の隣に、櫻子は座っていた。そして、俺の中で『何か』が壊れたんだ」
「それが――一連の事件の動機か」
「そうだ。望海の顔を見て、『俺はとんでもないことをしてしまった』と思ったんだ。望海の顔は――櫻子と瓜二つだったからな」
「確かに、『親は子に似る』とはいうが、だからといってそれが殺害の動機になるのはおかしいだろ」
「俺は、櫻子と望海が幸せそうにしているのが赦せなかった。俺は俺で別の女性と結婚したが、正直言っていい関係ではなかった。夫婦関係は冷めきっていて、いつ三行半を突きつけられてもおかしくなかった。だから、櫻子のようなロボットを作りたかった。俺は、『新型ロボットのモニター募集中』という広告を出して、それから6人の女性を選んだ。偶然にも、それは地元の中学校の同級生だった。それも、お前と同じ2年4組の生徒だ。俺は――偶然の一致を見て思わず胸が高鳴ったよ」
「あの6人は、偶然が重なった結果か。だからといって、殺すのは間違っているだろ!」
 僕は、直也くんを平手打ちにした。多分、心の片隅で怒りが湧いていたんだと思う。体育館に、平手打ちの乾いた音が鳴り響いていた。
「――痛いな。まあ、こんな俺は殴られても仕方がないか。しかし、これならどうだろうか?」
 一瞬の隙に、僕は痺れるような感覚を覚えた。拙い! スタンガンか!
僕は、体育館のステージの上に倒れ込んだ。意識なんて、ある訳がなかった。
 ――どうせ死ぬなら、機械になった方がマシだろう。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

登場人物紹介

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