文字数 2,693文字

 現状起きている事件をまとめるとこうなる。

 【第1の事件】
 被害者 吉本亜美
 殺害時期 令和5年6月20日
 殺害現場 円山川の河川敷
 遺体の状況 切断された肢体のうち、右腕がなくなっていた

 【第2の事件】
 被害者 右近菜月
 殺害時期 令和5年6月30日
 殺害現場 中学校の近くの竹林
 遺体の状況 切断された肢体のうち、左腕がなくなっていた

 【第3の事件】
 被害者 谷下杏子
 殺害時期 令和5年7月7日
 殺害現場 斎場の近くの森林地帯
 遺体の状況 切断された肢体のうち、右脚がなくなっていた

 【第4の事件】
 被害者 大下遥
 殺害時期 令和5年7月10日
 殺害現場 雇用促進住宅の中の公園
 遺体の状況 切断された肢体のうち、左脚がなくなっていた

「なるほど、仮に第5の事件が起きるとすれば今度は胴体か頸がなくなるのか」
「その可能性は考えられるな。それにしても、犯人の目的は何なんだろうか。僕には分からない」
「それは福井先生が詳しいと思う」
「福井先生?」
「ああ、不謹慎だけどあの事件に対して目を輝かせていたよ。なんでも『探偵としての血が騒ぐ』とのことだ」
「――呆れるな」
 福井先生はセンセーショナルな殺人事件が起きるたびに自分で推理をしていた。しかし、たまにその推理が当たってしまう事があるので馬鹿には出来ない。数年前に中学校の教師を辞めてからは発達障害児の支援センターで働いているとのことだった。発達障害児の支援センターは、保健所の近くにあったな。しかし、仕事中に邪魔するのも困るし、こっそりと連絡を入れることにした。

 ――福井先生、お久しぶりです
 ――神無月絢奈です
 ――例の事件について独自で追っていると聞きました
 ――僕もその事件を追っているので、今度そちらに向かってもよろしいでしょうか?

 これでよし。後は、既読(きどく)が付くのを待つだけだ。それにしても、福井先生か。ミステリ研究会ではお世話になったな。福井先生が好きだったミステリ小説は、確か島田荘司(しまだそうじ)御手洗潔(みたらいきよし)シリーズだったな。なんだか、福井先生らしいセレクトかもしれない。そう言えば、島田荘司の処女作である『占星術殺人事件』は殺害した女性の躰をバラバラにして鉱山に埋めるという感じだったな。トリックまでバラすとネタバレになってしまうのでここでは詳細を伏せるが、福井先生に貸してもらった完全改訂版を読んでトリックにビックリした覚えがある。ちなみに、某古本チェーン店での完全改訂版の価格は超が付くほどのプレミア価格になっている。それだけ希少価値が高いのだ。
 杉本先生によると、福井先生の仕事が終わるのはだいたい午後6時らしい。ちなみに、今日は令和5年7月11日、火曜日である。杉本先生は今でも中学校で働いているが、期末テストが終わって午後は暇を持て余している。だからこうやって僕とコメダで話をしているのだ。とはいえ、杉本先生は全く暇な訳ではない。基本的に情報部は夏休みの部活がないに等しい。あると言えばあるのだけれど、午前中で終わってしまう事が多い。その後杉本先生が行う仕事は、2学期に向けた授業の資料作りである。最近、小中学校の教師のワンオペ労働や人手不足が問題視されているが、もちろん杉本先生も他人事ではないし、福井先生が中学校の教師を辞職したのも、そういう事情があるのだろう。
 杉本先生と別れた僕は、とりあえず家に戻った。家では、麻衣がカレーを作って待っていた。
「それで、杉本先生だっけ? との話はどうだったのよ」
「ああ、それなりに。それで、今は福井先生からの連絡待ち」
「福井先生? また新たな登場人物が出てきたわね」
「そうだな。でも、悪い人間じゃないのは確かだ。それは僕が保証する」
「そうね。アンタからの話は耳にタコができる程善く聞いてたけど、アンタって確か情報部とミステリ研究会の二足の草鞋を履いてたじゃん。それで善く学業が務まったよね」
「ああ、今から思えば僕はイカれていたのかもしれない。でも、楽しかったのは事実だ」
「まあね。小学生の時のアンタの事を思うと大分明るくなったわね。リスカさえしなければの話だけど」
 僕は、小学生の時は不登校だった。僕が「周りからズレている」ことを自覚していたからだ。でも、勉強は出来ていたしテストでも90点以下を取ることが殆どなかった。しかし、母親から「中学校は行きなさい」と言われて仕方なく行くことにした。最初はクラスに馴染めなかったが、沙織ちゃんが僕に対して優しく接してくれていたのがきっかけで、僕は中学校に居場所を作ることができた。もしも、あの音楽の授業で「好きなアーティストが同じ」という共通項を見出だせていなかったら、僕は中学校でも孤立していたかもしれない。もちろん、沙織ちゃんとの共通項はそれだけじゃない。じゃなければ、ミステリ研究会という巫山戯た部活の設立許可なんて貰えていない。しかし、沙織ちゃんとは3年生のときだけクラスが別々だった。僕の通っていた中学校は厳しいスクールカーストの元で管理されていて、僕は残念ながら下の方だった。沙織ちゃんはスクールカーストの上の方だったので、特進クラスである3年1組に入ることになった。僕も勉強は出来ていたが、矢張り「発達障害」という足枷(あしかせ)が尾を引いて、内申点も低かった。兵庫県の高校の進学事情は内申点が物を言う昔ながらのシステムなので、僕は進学校という選択肢が無かった。養護学校か専修学校しか選べなかったのだ。仕方がなかったので、僕は専修学校に進学する事を選んだが、そこから僕は11年間に及ぶ暗黒時代を送ることになる。もしも僕が発達障害を持って産まれずに沙織ちゃんと同じ高校に進学していたらどうなっていたのだろうか? そんな事を考えても仕方がないのだけれど、矢張り今となっては考えざるを得ない。
 そうこうしているうちに、福井先生からメッセージの通知があった。

 ――まさか絢奈ちゃんから連絡があるとは思っていませんでした
 ――もしかして、絢奈ちゃんもあの事件を追っているのですか?
 ――私の家があるのは竹野の方なので、今からそちらに向かってもらうわけには
 ――行かないですよね
 ――そうだ、ガストで待ち合わせしましょう
 ――お待ちしております

「既読、付いたみたいね」
「ああ。ガストに来てくれとのことだ」
「それなら、送るけど? アタシもあっち方面に用事があるし」
「そうか。なら、送ってくれ」
「あいよ。もちろん、帰る時も連絡してちょうだい」
「分かっている」
 こうして、僕は麻衣が運転する日産ルークスに乗せられて、福井先生が待つガストへと向かうことにした。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

登場人物紹介

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