文字数 2,432文字

 沙織ちゃんの家は、病院の近くの住宅街にある。かつては近畿大学と田んぼしかない場所だったが、公立病院がこちらに移転してから新興住宅地として開発が進み、今では豊岡でも有数の高級住宅街となっている。ちなみに移転前の公立病院は僕の家の近くにあったので、正直不便を感じていた。
 僕はバイクを駐車場に停めて、沙織ちゃんの家へと入った。家の中は清掃が行き届いていて、正直僕も見習わなければいけないと思った。リビングのテーブルに座った僕は、早速くつろぐことにした。
「とりあえず、コーヒーでいい?」
「ああ。アイスコーヒーで頼む」
「昔はミックスジュースだったのにね。アタシたち、大人になったのかしら」
「当然だろ。僕は31歳だ」
「確かに。アタシの誕生日は9月21日だから、まだ30歳だわね。――下世話な話になるけど、アヤナンは結婚とか考えてないの?」
「残念だが、考えていない」
「アタシは……マッチングアプリで色々当たってるけど、正直言って脈ナシよ。あの時、もっと青春しとけば良かったかな」
「どういうことだ」
「アタシ、恋してたのよね」
「相手は誰だ」
「覚えてない? 遠藤直也(えんどうなおや)くん」
「ああ、覚えている。サッカー部の主将だったな。ポジションは……フォワードか。それにしても、なぜサッカー部なんだ?」
「ほら、あの時ワールドカップのドイツ大会があって、とにかく『サッカー部の男子にアタックしよう』っていう流れが女子の間であったのよ。それで、アタシもその流れに乗ってたわけ」
「だからって、よりによって主将を選ぶってどういうことだ。競争率も激しいだろ」
「それがね……意外とガラ空きだったのよ。多分、競争率が高いと思い込んでみんな避けていたんだと思うのよ。それと、あの子って家庭環境が複雑だったのよね」
「どう複雑だったんだ」
「アヤナンも知ってると思うけど、遠藤くんはお父さんが逮捕されてるのよ。お父さんの名前は……遠藤卓(えんどうすぐる)だったかしら。確か、詐欺事件を起こして逮捕されてるはずよ」
「ああ、あの事件か」
 その詐欺事件は、僕も善く覚えていた。確か、架空のIT会社をでっち上げて全国から5億円を詐取(さしゅ)していたような気がする。所謂「ライブドアショック事件」と時期が近かった事もあって、全国ニュースになっていた。今だから言えるけど、クラウドファンディングにしろ投げ銭にしろ、相手を見極めてから行わないと大変なことになるのは善く知っている。それにしても、遠藤直也か。懐かしい名前だな。中学校でクラスが一緒になったことはなかったが、小学校の時に2回ほどクラスが一緒になっていたことがある。面倒見の良い男子で、不登校だった僕に対して熱心に勉強を教えてくれていたような気がする。当然、その頃は彼の父親がそんな事件を起こすなんて思ってもいなかった。――そういえば、僕の実家の近所に住んでいたな。あの事件の時にパトカーが鳴り止まなかった記憶がある。
「まあ、今の話は忘れて。とにかく、ラーメンを食べながらあの事件の推理の続きを行いましょ」
「そうだな」
 沙織ちゃんが、インスタントラーメンにお湯を注ぐ。インスタントラーメンは3分待てば食べられるので、その間に僕はカバンからダイナブックを取り出した。そして、ラーメンを食べながら杉本先生と福井先生の証言を加えて簡単にまとめたプレゼンファイルを沙織ちゃんに見せることにした。
「流石アヤナン。これだけ見やすいプレゼンファイルを作れるなんて」
「これぐらいお茶の子さいさいだ」
「そうね。アタシもパソコンの扱いは慣れている方だけど、アヤナン程上手くないわ」
「変に煽てて貰っても困る」
「いや、アタシはただ事実を述べただけよ。ほら、アヤナンって技術の授業で90点以下を取ったことがなかったじゃん」
「そ、それはそうだけど……」
 技術の先生は確か鈴村先生だったか。かなりの変人だったのは覚えている。杉本先生と共に情報部の顧問をやっていて、杉本先生がホームページ担当だとすれば鈴村先生はプログラミングと自作パソコン担当だろうか。古いパソコンを改造して新しいパソコンと遜色ないスペックに引き上げるということをやっていたような気がする。――そういえば、鈴村先生とはガラケーを使っていた頃に電話番号を交換していたな。もしかしたら、メッセージアプリの連絡帳に紐付けられているかもしれない。そう思ってメッセージアプリを見ると、確かに鈴村先生の名前があった。これは、連絡すべきだろうか? そう思った僕は、早速鈴村先生にメッセージを送ることにした。

 ――鈴村先生、久しぶりです。神無月絢奈です
 ――少し顔が見たいと思って連絡してみました
 ――都合さえ良ければお会いできないでしょうか?

 これでいいか。そう思っていたら、一瞬で既読が付いた。――脈アリか。そう思っていると、送信したメッセージに対する返信が送られてきた。

 ――おっ、絢ちゃんか
 ――僕は定年退職して暇を持て余しているゾ
 ――いつでも歓迎する

 これは、行くべきだろうか。それで何かが分かるとは限らないけれども、現状を打破するカンフル剤になりそうなのは確かだった。
「鈴村先生ねぇ……なんだか懐かしい名前ね。アタシもついて行っていいかしら?」
「ああ、もちろんだ。鈴村先生の家がある場所は和田山だから、少し長旅になる。できれば沙織ちゃんに乗せてもらってほしいところだった」
「そうね。最近和田山の方に行ってなかったし、これは行くしかないでしょ」
「家、分かるのか?」
「わからん。アヤナンに案内してほしい」
「仕方ないな」
 とりあえず、赤いトヨタヤリスに乗った僕は、沙織ちゃんに住所を伝えた。
「カーナビに『兵庫県朝来(あさご)市和田山町〇〇〇XX-X』と入力してくれ」
「えーっと、これかしら。ショッピングモールの近くだわね。所要時間は45分と言ったところかしら? 高速道路よりも9号線を通ったほうが早いわね」
「そうだな。じゃあ、行くか」
 ――沙織ちゃんは、車のエンジンを発進させた。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

登場人物紹介

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