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文字数 3,898文字

「どうして、わたしが事件の犯人だって気付いたの?」
 悪魔のような少女は、僕に対して質問を投げかけた。無邪気そうに見える笑みは、とてつもなく邪悪なモノでもあった。
 当然、僕はその質問に答えた。
「それは――君の事実上の父親である遠藤直也という僕の同級生が遺したダイイングメッセージだ。まあ、ダイイングメッセージだけで君を犯人と決めつけるのは善くないから、順に追って説明していこうか。まず、第1の事件――被害者は吉本亜美。彼女は右腕がない状態で発見された。第2の事件――被害者は右近菜月。彼女は左腕がない状態で発見された。ここまでなら善くある連続猟奇殺人事件として処理されるだろう。まあ、猟奇殺人事件自体あってはならないことなんだけど。それで、問題は第3の事件だ。被害者は谷下杏子だったな。ここで、


「ミスって、どういうことよ。わたしがそんなことを犯すわけがないじゃないの」
「本来なら、ここで失われているべきモノは胴体だった。しかし、君はなぜか右脚を持っていった。なぜかって? 谷下杏子は、トランスジェンダーだったんだ。だから、胴体を持っていこうにも持っていけなかった」
「あはは、どうしてそれが分かっちゃったのかな? お姉さん、教えてよ」
「僕の同級生の中に、『谷下杏子』という女性は存在しない。ただ、『谷下亨梧(たにしたきょうご)』という男性なら存在していた」
「お姉さん、頭がおかしくなっちゃったのかな? わたしが解体したのは紛れもなく『谷下杏子』という女性よ」
「僕も卒業アルバムを見た時に気付くべきだったんだけど、『谷下亨梧』が『谷下杏子』に性転換したのは、彼が中学3年の時だ。僕が『谷下亨梧』と同級生だったのは、中学1年生の時だけだ。彼は生まれつき『自分が女性である』と思い込んでいた。そして、中学3年生の時に性転換手術をしたのだけれど、胴体を持っていく上でどうしても避けては通れないモノがあった。それは――

だ。いくら性転換手術をしても、生殖器を変えることはできない。もしもそういう事ができるのなら、その施術に成功した医師がノーベル生理学医学賞を受賞しているはずだ」
「くっ……」
 少女の顔に、焦りが見え始めた。僕は、話を続ける。
「まあ、僕も『心と体の性格が合ってない』と言われる事がある。でも、性転換手術をしたいとは思わない。僕は飽くまでも女性である事を自覚しているし、だからといって男性になりたいとは思わない。僕は『神無月絢奈』という女性だ」
「お姉さん、なんだか不思議な喋り方だと思っていたけど、そういうことだったのね」
「コホン。話を続けよう。第3の事件でプランが崩れた君は、第4の事件で仕方なく左脚を持っていくことにした。被害者の名前は大下遥だったな。ここから、君の犯罪計画は『詰んでいた』ことになる。続く第5の事件で、君は漸く胴体を持っていくことにした。第5の事件以降は僕も現場でその凄惨な光景を目にしているからな。さて、ここで話題を変えよう。普通、生きている状態で肢体を切断することは事故でもない限り不可能だ。だから、死んでいる必要がある。生きているということは、心臓の鼓動が脈を打っている状態だな。そして、死んでいるということは、心臓の鼓動が脈を打っていない状態だ。僕は何度か自傷行為(リストカット)をしているが、矢張り痛みを伴うのは分かっている。それは、生きているからこそ感じる痛みなんだ。――望海ちゃん、君は材料に対して死んでもらうために青酸カリ入りのおにぎりを食べさせたな」
「どうして、それを知っているの?」
「ここでスペシャルゲストだ。浅井刑事、こっちに来てくれ」
 僕は、浅井刑事を呼ぶことにした。浅井刑事は、既に手錠を持っている。
「あなたが、今回の事件の元凶ですね。神無月さんから聞きました。まさかとは思いましたが、本当に胃の内容部から致死量の青酸カリが含まれたおにぎりが見つかりました。つまり、あなたは被害者を毒殺した上で肢体をバラバラにした。そして、肢体の一部をあなたの実質的な父親である遠藤直也さんに渡していた。そういうことですね?」
「そうよ。私は、おとうさんに頼まれてお手伝いをしていたのよ」
「ちょっと待って。神無月さん、これってどういうことなんですか? 西澤さんの証言によると、望海ちゃんは母親である櫻子さんと一緒に尼崎に住んでいたはずでは――」
 僕は、浅井刑事に伝え忘れていたことを伝えた。
「浅井刑事、今から言うことは話半分じゃなくて本気で聞いてほしい。多分、普通に話しただけでは信じてもらえないから」
「わ、分かりました……」
「櫻子ちゃんは、


「え? どういうことなんですか?」
「遠藤家は、父親である遠藤卓と母親である遠藤法子(えんどうのりこ)の間に3人の子をもうけていた。長男は遠藤雄作(えんどうゆうさく)で、僕の姉と同級生だった。そして、雄作の弟である遠藤直也は僕の同級生で、小学生の時に同じクラスだったことがある。さらに、2人のきょうだいには妹がいた。彼女の名前は遠藤明日香(えんどうあすか)という。遠藤直也が31歳で、遠藤明日香は29歳。年の差は2歳程離れていたな。3人の子宝に恵まれて、会社の業績も右肩上がりに伸びていた遠藤卓だったが、2006年にある問題が起きる」
「それって――IT会社による巨額の投資トラブルですか? 確か、『ライブドアショック』を超える詐欺事件であるとして兵庫県警捜査二課の間で伝説になっている『エンドーコンピューティングシステム詐欺事件』ですよね?」
「さすが浅井刑事、管轄外のことも善く知っているな」
「研修の時に耳にタコができるぐらい話を聞きましたからね。これぐらい、兵庫県警の常識ですよ」
「まあ、話を戻そう。『エンドーコンピューティングシステム詐欺事件』と起点として、遠藤家は転落の一途を辿ることになる。元々卓は法子に対してDV傾向にあったと聞いていた。そして、卓が逮捕されたことによって法子に対する家庭内暴力が明るみに出たんだ。度重なる家庭内暴力で、法子の精神は崩壊していた。そして、交通事故で女子中学生を()き殺した。当然、即死だった。青褪(あおざ)めた法子は、明日香を利用してある『取引』を行ったんだ」
「それが――偽櫻子さんの正体だったんですね」
「そうだ。顔を包帯で巻いた明日香さんは、『小林櫻子』として第2の人生を歩むことになった。僕は人の顔が覚えられないから、その異変に気付けなかった。――もっとも、沙織ちゃんは異変に気付いていたようだけど、敢えて僕に話さなかったんだ。浅井刑事、前に『ハリウッドがどうのこうの』って言ってませんでしたっけ? それで17年の時を経て僕は櫻子ちゃんに対する『違和感』に気付いたんです」
「そういえば、沙織さんとそんな話をしていましたね」
「沙織ちゃんは、多分特殊メイクで明日香さんが櫻子ちゃんに変装していることに気付いたんでしょうね。沙織ちゃんは映画に強いから、肌の感触だけで特殊メイクかそうじゃないかが分かる」
 つまり、僕が見ていた櫻子ちゃんの醜い顔は、遠藤明日香が特殊メイクを利用して変装していたモノだった。どうして、17年間もその事に気付けなかったのだろうか。もうちょっと早く気付いていれば、こんな過ちを犯さずに済んだのに。なんだか、自分が情けなくなってきた。
 それでも、僕は話を続ける。
「そして、『小林櫻子』になりすました明日香さんだったが、ある『問題』が起きてしまう。それは『急激な学力の低下』だ。元々櫻子ちゃんは学力テストでも上位の成績を残していた。しかし、明日香さんはまだ12歳。2歳の年の差と雖も、矢張り学習要領の範囲は大きく違う。故に、櫻子ちゃんの学力テストでの成績は振るわなくなった。担任だった宮村先生は、これを『スランプ』として処理してしまった。つまり、変装に気付けなかった宮村先生も同罪なんだ。3年生の時の進路相談で、当初希望していた進学校に行けなかったのもそれが理由だ。話を一気に大学時代へと進めよう。直也くんと明日香さんは大阪の経済大学へと進学したのだが、ここで2人は肉体関係を持ってしまう。所謂『近親相姦』だ」
「じゃあ、櫻子ちゃんが叱られていた両親って――」
「浅井刑事、もう良いだろう」
 あの時明日香さんは卓さんと法子さんという「本物の両親」に叱られていたことになる。そして、勘当された明日香さんは、甲野昴という男性と駆け落ちする。しかし、それを赦さなかった直也さんは、チェンソーで明日香さんをバラバラに解体してしまった。――これが、一連の悲劇の始まりだった。たまたま明日香さんの「解体現場」を見てしまった望海ちゃんは、口封じのために直也さんに協力することになる。――そして、出来上がったのが「プロトタイプ」。即ち生身の人間を材料にしたロボットだった。名前は――「SAKURA」だ。
「――あはははははは! 善くもそんな出鱈目(でたらめ)な話が言えるわね! わたしにそこまでの力があるとでも?」
「でも、最終的に君は直也さんを殺した。それは『自分がロボットの材料にされること』を恐れていたからでは?」
「ど、どうしてそれを知っているのよ!」
「ふぁーあ……善く寝た」
「おっ、主役が目覚めたな。この後のことは、沙織ちゃんに説明してもらおうと思っていたんだ。尤も、記憶さえ残っていればの話だが」
「え、アタシ?」
「そう」
「そ、そっか……仕方ないわね。ここからはアタシが説明するわよ」
 こうして、僕は話の主導権を沙織ちゃんに譲ることにした。
 ――令和5年7月14日、午後7時59分のことだった。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

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