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文字数 2,990文字
鈴村先生の家に、バイクが停まっている。爽やかなヤマハブルーのバイクである。僕のバイクはエメラルドグリーンのカワサキなので、こういう爽やかな色も悪くはないと思った。そういえば、鈴村先生はこのバイクで通勤していたな。そんなことを考えつつ、僕はドアホンのチャイムを押した。
「鈴村先生、お久しぶりです」
「本当に来たのか。まあ、中に入って」
ドアを開けた先に、グレイヘアーの男性が出てきた。これが、技術の授業でお世話になった鈴村嘉明 先生である。
早速中に入った僕は、鈴村先生と話をすることにした。沙織ちゃんは、鈴村先生が作った自作のパソコンに興味津々である。
「いやあ、恵介っちから色々君の事は聞いていたんだが、まさか芦屋に住んでいるとは思わなかった。そっちでの生活はどうなんだ?」
「ああ、それなりに順調です。今はフリーランスのWebデザイナーとして働いています」
「なるほど、君らしいな。僕ももう少し若かったらそういう仕事がしたかったよ」
「そうは言っても、まだ60歳ですよね。まだまだ色々できるんじゃないんですか?」
「『まだ』60歳じゃなくて、『もう』60歳だ。これからは老いていくばかりだよ。ボケ防止で自作のパソコンを作っているけど、矢っ張り君が情報部にいた頃と比べて腕は落ちたよ」
「そんな事はないですよ。これって最新のゲーミングパソコンと遜色ない性能を持っているんですよね? 僕には分かります」
「そうよ。鈴村先生はまだまだ伸 び代 があるわ」
沙織ちゃんが見ていたゲーミングパソコンは、筐体 が虹色に光っていた。モニタには、流行りのオンラインゲームの画面が映し出されている。恐らくやりかけなのだろう。
「コホン。まあ、僕はこの老後をオンラインゲームに費やすつもりだ。ちなみに、ギルドマスターもやっている。その名も『老人会ギルド』だ」
「そのネーミング、どうにかならなかったのか」
「ああ、ネーミングは気にするな。それはともかく、『老人会ギルド』のコミュニティでも件の殺人事件の話題で持ち切りだ。なにせ、発生した場所が豊岡だからな。それに、僕が勤めていた中学校のOGが狙われていると聞いていた。今まで5人殺害されているのも知っている」
「さすが鈴村先生、情報が早いですね」
「ゲーム外のことを話す専用のコミュニティを作ったからね。もちろん、サーバは自作だ」
鈴村先生は、オンラインゲームの画面を閉じて、そのコミュニティサイトの画面を開いた。なんというか、普通のSNSのような、そんな画面だった。
「これは、ツイッターとかそういうSNSとは違うのか?」
「ああ、これは『マストドン』と言って、ツイッターよりも更に狭い範囲でのSNSとなっているんだ。最近のツイッターは無駄な情報が多すぎると思って、僕はマストドンのサーバを作ったんだ。もちろん、メンバーは『老人会ギルド』のメンバー限定だよ」
「鈴村先生、すごいなぁ。アタシにはこんなの無理だよ」
「その気になれば、中学校の2年4組のOBとOGを集めたマストドン? も作れるのか」
「そうだな……ただ、みんながみんなGoogleのアカウントやApple IDを持っている訳ではない。それは知っているな。ちなみに、僕はGoogleのアカウントを20年以上所持している」
「アタシはiPhoneだからApple IDだなぁ」
「僕はXperiaだからGoogleアカウントだ」
「まあ、君たちはまだ若いからな。僕の年代でそういうアカウントを所持している人は残念ながら少ない。まあ、『老人会ギルド』のメンバーの3割は僕がアカウントの作成方法を説明した。お陰で今では僕が頼りにされている。それはさておき、『老人会ギルド』に寄せられた件の殺人事件に関する情報は……こんなもんか。あのギルド、意外と豊岡や和田山に住んでいる人が多いからね。インターネットは広大に見えて意外と狭いんだよ」
パソコンのモニタには、連続バラバラ殺人事件に関する情報が羅列されていた。玉石混交とはいうが、矢張り有益な情報が転がっているのはインターネット上なのである。僕は、そこで気になる書き込みを見つけた。書き込みには、以下の通り書いてあった。
――円山川で怪しい人物を発見した
――手にはチェンソーを持っている
「こ、これって……」
「間違いないわ。連続バラバラ殺人事件の犯人に関する証言よ」
「なるほど。僕はホラー映画が好きだから、なんとなく件の事件に関して『13日の金曜日』みたいだと思っていたんだ。まあ、犯行は13日の金曜日ではないみたいだが」
「となると、犯人はジェイソンか。でも、ジェイソンはチェンソーを使ったことがないらしいな。『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスと同一視された結果そういう扱いになってしまったらしいが」
「レザーフェイスねぇ……」
「沙織ちゃん、どうかしたのか」
「いや、別に? でも、ジェイソンもレザーフェイスもなんかマスクを被ってるよね」
「言われてみればそうだが……あっ」
僕は、「老人会ギルド」のコミュニティの中である書き込みを見つけた。それは、事件の犯人に関する有力な手がかりでもあった。
――竹林の近くに、能面のようなモノが落ちていた
「竹林って、菜月ちゃんが殺された場所!」
「そうだ。犯人はお面を被って犯行に及んでいた可能性が高い。――お面か。まるで『犬神家の一族』じゃないか!」
「『犬神家の一族』か……あっ、スケキヨ!」
「そうだ。犯人は恐らく僕たちを挑発しているんだ。そういえば、交通事故で顔を隠していた生徒がいたな。名前は――小林櫻子 か」
「あっ、女子バスケ部の櫻子ちゃん! そういえば、あの子って交通事故で女子バスケ部を退部して美術部に転属したんだっけ」
「そうそう。沙織ちゃんは女子バスケ部だったから転属の経緯 は善く知っているよな」
鈴村先生や沙織ちゃんとそんな話をしている時だった。突然、僕の視界が心臓の鼓動と同調するように点滅した。どういうことなんだ。
――どくん。どくん。どくん。
「ちょっと、アヤナン、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないかもしれない」
やがて、心臓の鼓動は早くなる。鼓動が早くなるに連れて、視界の点滅も激しくなる。耳鳴りがする。沙織ちゃんの顔が、ジェイソンに見える。これは、幻覚なんだろうか?
――どくん。どくん。どくん。
呼吸が、苦しい。胸が、痛い。リスカの痕が、痛い。
「アヤナン、とりあえずここのソファで横になって」
ジェイソンの仮面を被った沙織ちゃんに言われて、僕はソファで横になった。何かを思い出そうとして、パニック発作が起きてしまったのだろうか。そんな自分が、情けない。死んでしまったほうがマシだ。
――どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「――ねえ、私と絢奈ちゃんは、本当に友達なの?」
五月蝿 い! 一体、これは誰の声なんだ!? 沙織ちゃんじゃなければ、梓さんでもない。もしかして、櫻子ちゃん? でも、僕は櫻子ちゃんの顔を知らない。櫻子ちゃんは、その素顔を隠していたからだ。顔なんて、知っているはずがない。点滅する意識の中で顔を思い出そうとしても、画面がバグったようになってしまう。
そして、最悪の知らせはスマホの通知として入ってきた。
兵庫県豊岡市で首のない女性の遺体が見つかる
遺体の身元は不明
――とうとう、すべてのピースが揃ってしまった。
「鈴村先生、お久しぶりです」
「本当に来たのか。まあ、中に入って」
ドアを開けた先に、グレイヘアーの男性が出てきた。これが、技術の授業でお世話になった
早速中に入った僕は、鈴村先生と話をすることにした。沙織ちゃんは、鈴村先生が作った自作のパソコンに興味津々である。
「いやあ、恵介っちから色々君の事は聞いていたんだが、まさか芦屋に住んでいるとは思わなかった。そっちでの生活はどうなんだ?」
「ああ、それなりに順調です。今はフリーランスのWebデザイナーとして働いています」
「なるほど、君らしいな。僕ももう少し若かったらそういう仕事がしたかったよ」
「そうは言っても、まだ60歳ですよね。まだまだ色々できるんじゃないんですか?」
「『まだ』60歳じゃなくて、『もう』60歳だ。これからは老いていくばかりだよ。ボケ防止で自作のパソコンを作っているけど、矢っ張り君が情報部にいた頃と比べて腕は落ちたよ」
「そんな事はないですよ。これって最新のゲーミングパソコンと遜色ない性能を持っているんですよね? 僕には分かります」
「そうよ。鈴村先生はまだまだ
沙織ちゃんが見ていたゲーミングパソコンは、
「コホン。まあ、僕はこの老後をオンラインゲームに費やすつもりだ。ちなみに、ギルドマスターもやっている。その名も『老人会ギルド』だ」
「そのネーミング、どうにかならなかったのか」
「ああ、ネーミングは気にするな。それはともかく、『老人会ギルド』のコミュニティでも件の殺人事件の話題で持ち切りだ。なにせ、発生した場所が豊岡だからな。それに、僕が勤めていた中学校のOGが狙われていると聞いていた。今まで5人殺害されているのも知っている」
「さすが鈴村先生、情報が早いですね」
「ゲーム外のことを話す専用のコミュニティを作ったからね。もちろん、サーバは自作だ」
鈴村先生は、オンラインゲームの画面を閉じて、そのコミュニティサイトの画面を開いた。なんというか、普通のSNSのような、そんな画面だった。
「これは、ツイッターとかそういうSNSとは違うのか?」
「ああ、これは『マストドン』と言って、ツイッターよりも更に狭い範囲でのSNSとなっているんだ。最近のツイッターは無駄な情報が多すぎると思って、僕はマストドンのサーバを作ったんだ。もちろん、メンバーは『老人会ギルド』のメンバー限定だよ」
「鈴村先生、すごいなぁ。アタシにはこんなの無理だよ」
「その気になれば、中学校の2年4組のOBとOGを集めたマストドン? も作れるのか」
「そうだな……ただ、みんながみんなGoogleのアカウントやApple IDを持っている訳ではない。それは知っているな。ちなみに、僕はGoogleのアカウントを20年以上所持している」
「アタシはiPhoneだからApple IDだなぁ」
「僕はXperiaだからGoogleアカウントだ」
「まあ、君たちはまだ若いからな。僕の年代でそういうアカウントを所持している人は残念ながら少ない。まあ、『老人会ギルド』のメンバーの3割は僕がアカウントの作成方法を説明した。お陰で今では僕が頼りにされている。それはさておき、『老人会ギルド』に寄せられた件の殺人事件に関する情報は……こんなもんか。あのギルド、意外と豊岡や和田山に住んでいる人が多いからね。インターネットは広大に見えて意外と狭いんだよ」
パソコンのモニタには、連続バラバラ殺人事件に関する情報が羅列されていた。玉石混交とはいうが、矢張り有益な情報が転がっているのはインターネット上なのである。僕は、そこで気になる書き込みを見つけた。書き込みには、以下の通り書いてあった。
――円山川で怪しい人物を発見した
――手にはチェンソーを持っている
「こ、これって……」
「間違いないわ。連続バラバラ殺人事件の犯人に関する証言よ」
「なるほど。僕はホラー映画が好きだから、なんとなく件の事件に関して『13日の金曜日』みたいだと思っていたんだ。まあ、犯行は13日の金曜日ではないみたいだが」
「となると、犯人はジェイソンか。でも、ジェイソンはチェンソーを使ったことがないらしいな。『悪魔のいけにえ』のレザーフェイスと同一視された結果そういう扱いになってしまったらしいが」
「レザーフェイスねぇ……」
「沙織ちゃん、どうかしたのか」
「いや、別に? でも、ジェイソンもレザーフェイスもなんかマスクを被ってるよね」
「言われてみればそうだが……あっ」
僕は、「老人会ギルド」のコミュニティの中である書き込みを見つけた。それは、事件の犯人に関する有力な手がかりでもあった。
――竹林の近くに、能面のようなモノが落ちていた
「竹林って、菜月ちゃんが殺された場所!」
「そうだ。犯人はお面を被って犯行に及んでいた可能性が高い。――お面か。まるで『犬神家の一族』じゃないか!」
「『犬神家の一族』か……あっ、スケキヨ!」
「そうだ。犯人は恐らく僕たちを挑発しているんだ。そういえば、交通事故で顔を隠していた生徒がいたな。名前は――
「あっ、女子バスケ部の櫻子ちゃん! そういえば、あの子って交通事故で女子バスケ部を退部して美術部に転属したんだっけ」
「そうそう。沙織ちゃんは女子バスケ部だったから転属の
鈴村先生や沙織ちゃんとそんな話をしている時だった。突然、僕の視界が心臓の鼓動と同調するように点滅した。どういうことなんだ。
――どくん。どくん。どくん。
「ちょっと、アヤナン、大丈夫?」
「だ、大丈夫じゃないかもしれない」
やがて、心臓の鼓動は早くなる。鼓動が早くなるに連れて、視界の点滅も激しくなる。耳鳴りがする。沙織ちゃんの顔が、ジェイソンに見える。これは、幻覚なんだろうか?
――どくん。どくん。どくん。
呼吸が、苦しい。胸が、痛い。リスカの痕が、痛い。
「アヤナン、とりあえずここのソファで横になって」
ジェイソンの仮面を被った沙織ちゃんに言われて、僕はソファで横になった。何かを思い出そうとして、パニック発作が起きてしまったのだろうか。そんな自分が、情けない。死んでしまったほうがマシだ。
――どくん。どくん。どくん。どくん。どくん。
「――ねえ、私と絢奈ちゃんは、本当に友達なの?」
そして、最悪の知らせはスマホの通知として入ってきた。
兵庫県豊岡市で首のない女性の遺体が見つかる
遺体の身元は不明
――とうとう、すべてのピースが揃ってしまった。