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 事件を調べていると、スマホに通知が入ってきた。ただの広告かスパムだろうと思ってスルーしようとしたが、沙織ちゃんからのメッセージだとしても困るので、僕はスマホのロックを解除した。しかし、通知の主は沙織ちゃんではなくクライアントだった。受託している仕事の納期が迫っていたのだ。僕は急いでクライアントの仕事をこなして、それを納品した。いくらフリーランスのWebデザイナーと雖も、矢張り締め切りは大敵なのだ。
 それから、僕は改めてバラバラ殺人事件について調べることにした。調べれば調べるほど、やり方が酷いと思った。僕が考えた手口は、何らかの薬品を()がせて相手の意識を失わせて、それから解体していったのではないのかと思った。意識がない状態だと、当然痛覚(つうかく)を感じることもない。つまり、犯人は相手の意識が失われているところを狙って殺害したのだろう。しかし、この方法で殺害しようと思ったら女性の力では無理だろう。ならば、犯人は男性なのか? とはいえ、僕が面識を持っていた男子生徒は少ない。もちろん、それで恋愛関係に発展したこともない。なんとなく、女子は女子で固まっていたし、男子は男子で固まる事が多かったような気がする。とはいえ、僕が所属していた情報部は男子が圧倒的に多い部活だったが、2年4組に在籍していた生徒はいたのだろうか? 多分、いなかったと思う。いたとしても、僕はその存在に気付いていなかったのだろう。
 色々と調べ物をしているうちに、スマホの時計は午後9時を指していた。流石に何か食べなければ。僕は、お湯を沸かして醤油味のカップラーメンを食べることにした。仕事柄、集中している時は空腹になることが少ないので、いつも食事をするタイミングを見失ってしまう。そういえば、このカップラーメンに入っている肉は大豆で出来ていると聞いたな。原材料が分からない頃は「謎肉」とかそういうネーミングで呼ばれていた記憶があるけれども、実際知らないほうが幸せだった事もあるのかもしれない。それは、今回の連続バラバラ殺人事件でも言える。もしかしたら、犯人は僕が知っている人物かもしれないし、その事件の結末はとても悲しいものかもしれない。それだけの覚悟は出来ている。
 カップラーメンを食べ終わって、睡眠薬を飲んだ。いくら何でも睡眠を取らないと拙いと思ったからだ。僕は不眠症なので、仕事用のパソコンの前で座っていると朝になっていた事もザラにある。精神科の先生からも「もっと睡眠を取るように」と言われてしまったので、僕は仕方なく睡眠薬を服用している。時計を見ると、午後10時30分頃を指していた。流石に眠くなってきたので、僕はベッドの中に入った。
 寝ている時の人間というのは、無意識のうちに夢を見るという。当然、僕も生々しい夢を見た。夢の中なのに、妙に感覚がある。目の前にいるのは、昔のホラー映画で見た仮面を被った人間だ。仮面の人間は、チェンソーを持ってこちらに向かってくる。まるでホラー映画を追体験しているような感覚に襲われつつ、仮面の人間は僕に近づいてくる。チェンソーの電源が入れられる。キュイーンという機械音は、僕が今からどういう状態になるのかを暗に示していた。そして、仮面の人間が、僕の肢体という肢体を切り刻む。最初に両腕を切断され、次に両足を切断された。僕の置かれている状況がハッキリと分かるにつれ、心臓の鼓動が早鐘を打つ。しかし、夢の中なので声が出せるわけがない。声を出そうとしても、喉がひりつく感覚を覚える。息が苦しい。仮面の人間は、僕の喉元にチェンソーを当てていく。それがどういう事かは、もう言うまでもない。
「――助けて!」
 そうやって叫ぼうとした記憶はあったのだけれど、視界にはカメラを落としたような映像が映っていた。そして、僕は自分の頸が斬られていることに気付いた。なぜそういう事に気付いたのかというと、壊れたマネキンのような自分の胴体が、そこにあったからである。――その光景を見て、目が覚めた。
「はぁ……はぁ……夢か……」
 目を醒ますと、まだ夜中だった。スマホの画面は午前2時を指していた。悪夢を見ると、たいていの場合は夜中に目を醒ましてしまう。心臓が脈を打っていることで、僕は「生きている」という事を実感していた。悪夢を見たせいで寝汗をかいてしまい、それが不快だったので軽くシャワーを浴びることにした。それから、僕は改めてベッドに入ることにした。当然、どんな夢を見たかは覚えていない。
 6時30分ちょうどに鳴ったスマホのアラームで目を醒ました。あんな夢を見た後だったのに、善く眠れたような気がした。僕はテレビを持っていないので、ニュースを知るのは大体がニュースサイトかスマホに配信されるニュース速報である。今は海の向こうで野球選手が毎日活躍しているので、それに対するニュース速報が入る事が多いのだが、その日の朝に入ってきたニュース速報は、そんな平和ボケしたニュースではなかった。新たなバラバラ死体が豊岡で発見されたというニュースだったのだ。
 被害者は矢張り女性だった。大下遥という女性は、2年4組における僕の数少ない面識のある人物の一人でもあった。一体、犯人の狙いは何なのだろうか? もしかしたら、犯人は僕を苦しめるつもりか。そんな事を思っていると、沙織ちゃんからメッセージが入ってきた。

 ――アヤナン、朝のニュースは見た?
 ――4人目のバラバラ死体が出ちゃったの
 ――これ以上人が殺されるところは見たくない

 沙織ちゃんは、僕に対して弱音を吐いていた。
 そもそもの話、沙織ちゃんとの出会いは中学校の1年生に遡る。音楽の授業で隣の席になって、たまたま同じアーティストが好きという話になった。それから、ミステリ小説を好んで読んでいる事も知ったので、僕は沙織ちゃんに対して信頼を寄せることになった。京極夏彦を僕に勧めてくれたのも、もちろん沙織ちゃんだ。最初は「こんな分厚い小説なんて読めるわけがない」と思っていたけど、いざ読み始めるとあっという間に読み終わってしまった。多分、3日もかからなかったと思う。それから、僕は色んなミステリ小説を読んだが、矢張り京極夏彦に敵う作家はいない。そう思っていた。
 それにしても、バラバラ殺人事件の手口がそのまんま京極夏彦の『魍魎(もうりょう)(はこ)』だな。犯人は京極夏彦のファンなのだろうか? だとしたら、模倣犯(もほうはん)か。昔、「アニメや漫画の影響で暴力を振るったり殺人を犯したりする子供が増える」なんてPTAはほざいていたけど、少なくとも僕の周りではそんな子はいなかったような気がする。もちろん、ミステリ小説を読んで殺人を犯そうとする子もいなかった。今はどうか知らないけど、子供の間で流行っている鬼退治の漫画を読んだからと言って相手の(くび)を斬りつける真似はしないと思っているし、呪いでバトルする漫画が流行っているからって相手を呪うこともないと思う。当然だが、先日最終回を迎えたヤンキーがタイムリープでヒロインを救う漫画を読んでヤンキーになろうという人もいないだろう。仮にいたとしたら学校が荒れてしまう。そんなくだらない事を考えつつも、僕は一連の殺人事件の犯人が「『魍魎の匣』に影響を受けたのではないのか」と沙織ちゃんにメッセージを返した。しかし、帰ってきた返事は当然のツッコミだった。

 ――そんな訳ないじゃん
 ――それだったら私も殺人を犯すし

 まあ、そうだよな。僕は京極夏彦の小説は全作読んできたが、相手を解体する事もしなければ頸を斬ることもしない。目を潰したり頸を絞めたりすることも論外だ。そこで、僕は逆の発想に至った。
「京極夏彦の名前を(けが)すべく殺人を犯しているとすれば?」
 ――いや、それはないか。梗概(こうがい)を読んでその手口を利用しているならまだしも、アンチなら作品を読んでいる訳がない。この可能性は捨てよう。
 いずれにせよ、この連続バラバラ殺人事件は僕の中学校時代の関係者が犯人だろう。見るべき場所は、卒業アルバムではなく2年の時の文集だ。僕が通っていた中学校では、進級するごとに文集が作られていた。所謂(いわゆる)卒業文集とは異なり、自分のクラスの紹介と自分の作文がセットになっているモノだ。僕はお世辞にも文字がきれいではなかったので、正直作文を書くのが苦痛だった。鉛筆で作文を書くぐらいなら、パソコンのキーボードで文章を打っている方がマシだ。じゃなければ、趣味で小説を書くことなんてしていないし、それを講談社の文芸第三出版部に提出することもしていない。
 2年の時の文集から、2年4組を探す。クラス構成は、男子14人・女子13人の計27人だ。少子化と言われて久しい昨今だが、現状を考えると17年前の方がまだマシだろう。ちなみに、この年の中学校のクラスの数は、1年が5クラス、2年と3年が6クラスだった。兵庫県北部の片田舎と(いえど)も、矢張り中学生の数は多い。ちなみに、僕はクラスで「名ばかり」の図書委員をやっていた。とはいえクラスに置いてある小説は『ハリー・ポッター』や『はてしない物語』、『ゲド戦記』といった無難なモノしか置いてなかったので、各自で自分の好きな小説を持参していた訳なのだが。持参してきた小説は、大半が『涼宮ハルヒ』や『戯言シリーズ』で、当時のライトノベルブームを象徴していたのかもしれない。僕はひねくれ者なので京極夏彦や清涼院流水といった90年代のメフィスト世代の小説を持参していたのだが、話が通じるのが沙織ちゃんしかいなくて少し悲しかった記憶がある。ちなみにゼロ年代のメフィスト世代は舞城王太郎ぐらいしか読んでなかったし、辻村深月はまだまだデビューして間もなかったので一線で活躍する女流作家になるなんて思ってもいなかった。そうやって考えたら、今でも一線で活躍している西尾維新や辻村深月はすごいと思う。もちろん、メフィスト賞の「きっかけ」を作った京極夏彦もそうなのだが。
 文集を読んでいる中で、少し気になる子を見つけた。名前は、植村詩織(うえむらしおり)か。そういえば、彼女って不登校だったんだっけ。家が近所というのもあって度々宿題やプリントをポストに投函(とうかん)していた記憶がある。1年の時はまだ登校していて話もしていたが、語彙が少なくて物静かな子だったな。まあ、僕も似たようなモノだったのだけれど。僕は中学2年の時に心療内科のドクターから「発達障害」と診断されたけど、彼女も矢張り発達障害だったのだろうか? 僕は障害を受け入れたけど、彼女は障害を受け入れることができなかった。だから不登校になったのか。
 今回の事件と関係があるかどうかはともかく、発達障害の犯罪率は高いと聞いたが、それは2004年に長崎県の佐世保(させぼ)市で発生した少女殺人事件の左翼系マスコミによるネガティブキャンペーンだったと言われている。実際、発達障害が殺人を犯す確率よりも、普通の人が殺人を犯す確率の方が高い。それは当たり前の話である。じゃあ、どうすれば殺人を犯さずに済むのだろうか? それは考えても仕方がない。要するに、善悪の判断は個人に委ねられている。佐世保の少女殺人事件以降、心療内科における子供の受診者が一時的に増加傾向にあった。それは、「我が子が殺人を犯す危険性がある」という可能性を危惧(きぐ)したものと思われる。発達障害の特徴として「些細(ささい)なことでキレやすい」というデメリットを抱えている。言われてみれば、僕は気に入らないことがあったら親に八つ当たりしていた。それは自分が我儘な人間だと思っていたのだけれど、今から思えば障害のデメリットだったのだろう。もちろん、発達障害は普通の人間よりも頭が良いという傾向にあるらしい。しかし、自分はどうだろうか? 確かに、英語と社会と理科はオール5でパーフェクトと言っても過言ではなかった。数学も1年生の時に躓きがあったが2年生の時に持ち直し、3年生の2学期に至っては4まで取り返した。国語は3と4の間を行ったり来たりしていたが、少なくとも国語の先生である福井先生からは気に入られていたようだ。ちなみに、体育は点でダメだったのでハナから文化部しか考えていなかった。その結果が情報部である。
 情報部では顧問の杉本恵介(すぎもとけいすけ)先生から「主将になれ」と言われて、3年生の時は主将を務めた。そもそも、吹奏楽部以外の文化部に主将という概念があるのかどうかは分からないけれども、少なくとも杉本先生の中では僕は特に気に入られていたらしい。杉本先生は数学の先生でもあったので、部活の傍らで僕に対して熱心に(つまづ)きポイントを教えてくれた。だから、数学の成績も取り返せたんだと思っている。もちろん、福井先生にしろ、杉本先生にしろ、今でも連絡を取り合う程の仲である。
 そうだ、2年4組の担任は……社会の宮村淳(みやむらあつし)先生か。かなり優しい先生だったのは覚えているが、連絡先は教えてないな。困った。ならば、福井先生か杉本先生に連絡を取るべきだろうか。とりあえず、一か八かでメッセージを送ることにした。

 ――福井先生、杉本先生、お元気でしょうか
 ――僕です。神無月絢奈です
 ――最近、僕の中学校時代の同級生を狙った連続殺人事件が発生していますよね?
 ――それで、同級生の西澤さんに頼まれて事件の解決を依頼されたんです。
 ――でも、僕は探偵じゃありません
 ――これ、どうしましょう?

 どうせこんなしょうもないメッセージに返事をくれる訳がない。そう思っていた僕の目論(もくろ)みは3分で崩れた。

 ――絢奈さんですか。僕です。杉本恵介です
 ――あの殺人事件で宮村先生の教え子が狙われているのは知っています
 ――僕で良ければ力になってもいいでしょう
 ――そう言えば、絢奈さんって芦屋に住んでいましたよね?
 ――もし良ければ、豊岡に来てくれませんか?

 ――仕方ないな。
 僕は、夏用の黒いライダースジャケットを身に纏ってアパートの駐輪場へと向かった。エメラルドに光るカワサキグリーンのバイク。それが、僕の愛車だ。そして、僕はバイクのギアを入れた。向かう先は130キロメートル先の豊岡。そこで何が待ち受けているかは分からないけれども、ここまで来たら行くしかない。それが、僕の使命なのだから。
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  • Phase 01「僕」という存在

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  • Phase 02 山奥の地方都市

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  • Phase 03 見立て

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  • Phase 04 追憶の中学2年生

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  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
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  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

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