文字数 2,718文字

「被害者は植村詩織。31歳の女性で、職業は不詳。遺体は……胴体がない状態で見つかったと」
 刑事さんが、遺体の状態を淡々と説明している。名前は浅井仁美(あさいひとみ)と名乗っていた。兵庫県警の捜査一課の刑事さんで、件の連続バラバラ殺人事件については慎重に捜査していたらしい。まあ、起きてしまったものは仕方ないのだけれど。
「それで、この漁師さんが遺体を見つけたんですね」
「はい、そうです。しかし、この状況でどうやって殺害したのでしょう? 僕には分かりません」
「まあ、密室とほぼ同じ状況ですからね。それに、胴体が無くなっているのも気になります。今までの遺体は順番に右腕、左腕、右脚、左脚が欠けた状態で見つかっています。そして今回は胴体そのものがない。となると、最終的には頸がなくなるのでしょうか」
「僕はそう思っています。刑事さんは、京極夏彦の『魍魎の匣』という小説を知っていますか?」
「知ってます! 私、京極夏彦が好きなんです」
「ああ、僕も好きだ。それはともかく、『魍魎の匣』は遺体の一部を鉄道事故で躰の大半を失った少女に接続していた。それはとある博士が『死なないための研究』をしていたからだ。今の時代ならそういうのは機械で補完できるけど、あの小説の舞台は戦後間もない時代だ。今よりも技術が不十分だからこそ、ああいう描写が出来たのだろう。でも、犯人は何の目的で遺体の一部を持ち去っているのか分かりません。刑事さんは、何か考えがありますか?」
「うーん……そうね、私から言える事は、被疑者は相当なサイコパスなんじゃないかって思っています。じゃないとこんな残忍な犯行はできません」
「それはそうですね」
「えっと……神無月さんでしたっけ? あなたも何か考えを持っているんじゃないんですか?」
「もちろん、持っています。一連の事件で狙われたのは僕が通っていた中学校のOGです。それも、17年前に2年4組だった生徒ばかり狙われているんです。だから、この事件の犯人は2年4組に恨みを持っていた生徒――つまり、僕と同じ『どこかズレていた』生徒なんじゃないかと思っています」
「なるほど」
「アヤナンはそんな事ないと思うよ?」
「沙織ちゃん、どうしたんだ」
「アタシも、一連の事件に対して思うことはある。だけど、そんな生徒がいたのかは分からないよ。もしかして、アヤナンはアタシを疑ってる訳?」
「残念だが、沙織ちゃんも容疑者の一人だ」
「だよね。そうなるよね。でも、アタシが竹野浜に来たのはアヤナンからのメッセージを受けてよ」
「そういえば、西澤さんのご職業ってなんでしょうか? 一応被疑者候補として聞いておきたいと思って」
「アタシの職業は看護師よ。たまたま絢奈さんからメッセージを受信した日は夜勤だったの。だから、夜勤明けにこの竹野浜に来たのよ。メッセージを見たのが午前8時頃だったから、返信できずにそのまま竹野浜に向かったのよ」
「一応、車の方も見せてもらえないでしょうか?」
「分かったわ」
 駐車場に向かうと、赤いトヨタヤリスが停まっていた。恐らく、これが沙織ちゃんの愛車なのだろう。刑事さんに言われて後ろのドアを開けると、ソロキャンプ用の荷物が積まれていた。
「西澤さんって、ソロキャンプがお好きなんですか?」
「そうよ。職業柄、平日が休みになることが多いからね。お陰でソロキャン友も沢山出来たわ。――そういえば、ソロキャン友の中にアタシの同級生がいたわね。名前は……本田梓(ほんだあずさ)よ」
 本田梓。その名前に聞き覚えがあった。確か、2年4組の学級委員長だったような気がする。でも、どんな顔をしていたっけ? 覚えてない。思い出そうとすると、靄がかかったような、ノイズがかかったような、そんな映像が浮かんでしまう。もしかしたら、僕の記憶から抜け落ちているだけかもしれないが。――まあ、今は関係ないか。
 それから刑事さんは色々聞き込み調査を行っていたが、矢張り脈ナシだったようだ。刑事さんは、「捜査本部に戻る」と言って帰っていった。
「結局、何も分からずじまいか……」
「そうね。でも、なんとなく一連の事件の目的は見えてきたような気がするわ」
「どういうことだ」
「ほら、『占星術殺人事件』ってあるじゃん」
「ああ、島田荘司の処女作か」
「『占星術殺人事件』では遺体を横方向に輪切りにしていったけど、その目的は占星術に見立てて人造人間を作ることだったわね」
「確かに。犯人の目的はそれだったな。――見立てか。そういえば、沙織ちゃんは横溝正史の『犬神家の一族』を知っているか?」
「知ってて当然よ。ちなみに稲垣吾郎世代だわ」
「それなら話は早いな。『犬神家の一族』では、犬神家に代々伝わる3つの宝である『斧と菊と琴』に見立てた連続殺人事件を描いていた。ちなみに斧は『よき』と読む。沙織ちゃんの『見立て』という言葉で、僕も犯人の考えが分かったような気がする」
「どういうことよ」
「まあ、これは仮説に過ぎないけど、今までの殺人事件で遺体から消えていたモノは分かるな」
「えーっと、右腕、左腕、右脚、左脚、そして胴体か。合わせると5つね。そして頸を入れると6つ――あっ、もしかして17年前の2年生のクラス数?」
「ほぼ正解だ。犯人は中学校のクラスに見立てて殺人を犯していたことになる」
「じゃあ、事件は次で打ち止めってこと?」
「そうなるな。最後の事件だけでも防がないといけない。でも、証拠が不十分なんだ。――そうだ、沙織ちゃんは2年の時の担任を覚えているか?」
「空で言えるわ。1組が杉本恵介先生、2組が葛葉隆史(くずはたかし)先生、3組が福井和世先生、4組が宮村淳先生、5組が笠松誠(かさまつまこと)先生、そして6組が吉岡玄道(よしおかげんどう)先生よ。それぞれ教科は数学、理科、国語、社会、音楽、そして英語ね。――あっ、笠松先生はともかく主要5教科は全部揃ってるわね。もしかして、アヤナンは『教科に見立てて殺人を犯している』って言いたいの?」
「まあ、そんなところかな?」
「そんな都合の良い話があるの?」
「意外とあると思う」
 となると、犯人の狙いはこうか。右腕が数学、左腕が理科、右脚が国語、左腕が社会、そして胴体が音楽。――訳が分からないな。もっと……こう、別の見立てを考えなければいけない。――ぐぅ。お腹が空いた。
「そういえば、朝から何も食べてないな」
「そうね。アタシも食べていないわ。とりあえず、アタシの家に来る?」
「いいのか?」
「良いよ。アヤナンならいつでもウェルカムだ」
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
 沙織ちゃんが赤いトヨタヤリスに乗る。僕はバイクで来ているので、バイクのギアを入れる。
「家の場所は分かってるよね」
「当然だ」
 こうして、僕はおよそ17年振りに沙織ちゃんの家に行くことにした。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

登場人物紹介

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