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文字数 2,176文字

 アイツとの出会いはいつだっただろうか。多分、小学4年生の時に同じクラスになった時だったと思う。サッカーのワールドカップが日本と韓国で開催されて、多摩川にアゴヒゲアザラシが現れて、食品偽装が相次いでいた、そんな年だったような気がする。
「きみ、見慣れない顔だな。名前はなんていうんだ?」
「わたし? 神無月絢奈っていう名前だけど……それがどうしたの?」
「ううん、なんとなく聞いてみただけ。ちなみにぼくの名前は――遠藤直也だ」
 遠藤直也。ちょうどバルセロナオリンピックの柔道で小川直也(おがわなおや)が銀メダルを獲った年に産まれたので、両親は柔道をさせるつもりでこの名前を付けたと聞いた、しかし、サッカーワールドカップでの日本の活躍に影響されて地元の少年サッカーチームに入ることになった。母親はともかく、父親はITバブルの勢いに乗って急成長を遂げていた会社を経営していたので、かなりのお金持ちだった覚えがある。しかし、()びない性格だったので、女子からモテる事が多かった。
 中学校に進学して、僕は3年間直也くんと同じクラスだったことがなかったが、頻繁に話をすることが多かった。そして、中学2年生に進級してすぐに父親が詐欺事件で逮捕されて、直也くんは転落の日々を送ることになった。
 直也くんの父親が逮捕されて1週間経った後の放課後、僕は直也くんと屋上で話をしていた。その日は水曜日で部活がなかったから、別にサボっていた訳じゃない。
「直也くんは、父親が逮捕されてどう思ってるんだ」
「そりゃ……悔しい。俺だってこんなつもりでがんばってきた訳じゃないのに、父親は捕まり、母親は精神に異常をきたして錯乱状態。もう、おしまいだ」
「大丈夫。きっと道は開けるはずだ」
「そうか。そう言ってくれるのは、お前だけだ」
「ところで、父親はどうして逮捕されたんだ?」
「医療用ロボット事業に乗り出そうとして、融資を頼んだんだけど、断られたんだ。それで、架空の会社をでっち上げてお金を巻き上げていたらしい」
「直也くんの会社ぐらいの資金力があったら、そんなことをしなくても大丈夫だろう。どうして、詐欺に走ったんだ」
「ITバブルが崩壊して、俺の会社の業績は右肩下がりだった。それに加えて、金に無頓着(むとんちゃく)だった父親は放蕩三昧(ほうとうざんまい)。正直、俺の家庭は貧しかったんだ」
「なるほど。母親はなんて言っていたんだ?」
「母親は父親の言いなりだったから、少しでも逆らったら殴られたよ。所謂『ドメスティック・バイオレンス』とかってヤツだっけ? それだよ」
「そうか。僕も両親が離婚して母親方に引き取られたけど、幼い頃だったから善く覚えていない。でも、何かの拍子でお母さんがお父さんに殴られているところを見てしまった。――だから、僕の心は崩壊したのだろうか」
「その辺はお互い様ってヤツか。まあ、俺は大人になったらサッカー選手の夢を諦めて父親の会社を立て直すよ」
「大丈夫なのか?」
「本当は滝川第二高等学校に行きたかったけど、それもやめた。勉強して進学校に入って、それで経営学科のある大学に入ろうと思うんだ。そして、医療用のロボットを開発する。それだけの話だ」
「ストイックだな。僕とは真逆だ」
「絢奈、お前も十分ストイックだと思うけどな」
「僕のどこがストイックなんだ?」
「まあ、勉強熱心なところとか? 俺はサッカーの練習しかしてこなかったからな」
「なるほど。まあ、ストイックの定義は人それぞれだからな」
 それから、彼は有言実行を果たして地元の進学校に進学。詳しくは聞いていないが。経済大学では首席として卒業したらしい。そして、自ら「エンドーロボティクス」という会社を起業した。本社があるのは、確か尼崎だったか。まあ、兵庫県でそういう会社を作るとしたら尼崎が最適だろう。時折ネットニュースで彼のインタビューを見かけるのだが、矢張りあの詐欺事件のことを蒸し返されるのを嫌っているらしい。特に週刊文潮がそのスキャンダルを蒸し返したときは、出版社ごと出禁にしたという話も聞いていた。文潮砲を喰らったのはつい最近だったな。次の万博でパビリオンを出展すると決めてすぐだったような気がする。万博での出展内容は、人間味のあるロボットを開発するとかそんな感じだっただろうか。――もしかして、彼は生身の人間を材料にロボット作っていたのか!? それは、生命の倫理に反する行為だ! 一刻も早く、彼を止めないといけない。しかし、ピースが揃ってしまった以上、彼は恐らく生身の人間を材料にしたロボットを作るだろう。そして、発表会を開いてそれを公の場に披露するつもりだ。そういえば、「エンドーロボティクス新製品発表会」というプレスリリースを見かけたな。日付は――令和5年7月14日。明日だ! 今日中に彼に対する逮捕状を請求しなければならない。しかし、どうすればいいのだろうか? そう思っていると、突然スマホが鳴った。着信の主は――遠藤直也だった。
「もしもし、直也くんか。急にどうしたんだ?」
「明日、新製品発表会を思い出の場所で開こうと思っている。それは中学校だ。デモンストレーションに協力してほしいから、お前も来てくれないか? そうだ、打ち合わせのために今から中学校に来い」
 それが犯人による罠だと気付いていても、僕は直也くんを止めたかった。そして、僕はバイクで中学校へと向かった。
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  • Phase 01「僕」という存在

  • 1
  • 2
  • 3
  • Phase 02 山奥の地方都市

  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • Phase 03 見立て

  • 8
  • 9
  • 10
  • Phase 04 追憶の中学2年生

  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • Phase 05 フランケンシュタインの怪物

  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • Phase 06 オール・リセット

  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • Final Phase 僕の遅すぎた青春

  • ***
  • 参考資料

登場人物紹介

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