第16話 クイズ

文字数 1,291文字

年越しした某日。年始の祝賀ムードの中、平常通りの動きを見せる帝国陸軍、特務隊隊員室には珍しく人が集まっていた。いつもは各々の任務に就いており顔を合わせることも少ないが、年始にはその任務も少なくなっていたためかこうして同じ部屋に集合しているのである。とはいえ談笑をしている者はほとんどおらず皆自らの事務仕事を淡々とこなしていた。
「補佐官、この子よ、言ってた研究者」
細い男を連れてやってきた白衣の女性は特務隊専属の医者三ケ坂 弓(みけさか ゆみ)だ。
「橘進一郎(たちばな しんいちろう)といいます。よろしくお願いします」
まだ20代も前半だというのに落ち着いていてどこか無気力そうな雰囲気の男はそう名乗った。
「よろしく。君は何をしでかしてここに来たのか聞いてもいいかな?」
「しでかして」という言葉に三ケ坂はあからさまに嫌な顔をするが橘は特別気にすることなく答えた。
「研究倫理違反で学会から目つけられて干された感じっす」
「具体的には何を?」
「新薬の開発にマウスじゃなくて人を使おうとしたり、細胞を弄って一個の生命体にしようとしたり……言い出したらキリはないわね」
橘は感心した様子で「軍医さんは何でも知ってるんすね」と感嘆を漏らしていた。三ケ坂は呆れ顔で「この通り反省の色はないし、医学会から排除された私が知ってる程の悪名よ」と大きなため息を漏らした。

特務隊の主な活動や隊ではあまり重要視されない軍の規律の説明を一通り終えたところで橘は疑問を投げかける。
「特務隊って表じゃ活動できない人を集めてるって聞きました。三ケ坂さんも補佐官さん?もなんかしたんですか?」
そういう橘に三ケ坂は怒りと自信いっぱいに距離を詰めると、「私は何にもしてないわよ!ただ学会の爺共は女が医者になるのも私の専門の西欧医学にもよく思ってないからいじめられて医学会には立場がなくなってほとんど職なしだし、父親が遺した借金から彼氏には逃げられるし……!」。
言い出したらキリがないようで勢いが止まらない三ケ坂になだめるように補佐官が「君の父親、三ケ坂五郎だよね?彼は良い医者だった……って話聞いたことがあるよ」と割って入るも「どんなに良い医者でも家族に黙っていなくなったと思ったら闇医者やってて知らない間に殺されて遺された家族に借金被せる親は人として終わってるわよ!」と加熱してしまった。

一通り文句を言い終えると落ち着いたのか「で、貴方は何で特務隊に?真木さんと知り合いだったの?」と補佐官に問うた。
「俺は軍の雇用というよりあの人個人に雇われてるんだよ。雇われ兵士だね」
へぇと二人は揃って興味深そうな声を上げ「前職もどこかの軍にいたんですか?もしかしてスパイとかやってました?外交官?」と橘は好奇心に目を輝かせている。
「なんだか当ててごらん」

そう言うと三ケ坂は膨れっ面で「教えてくれないの?」と文句を垂らす。対して橘は面白いものを見つけたようで「分かりました、当たったら教えてくださいね。あ、他の人も当てていいのか……?」などと教科書の問題を解くように既に思案の中だ。

「そういえば補佐官って名前なんですか?」
「当ててごら〜ん」
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