第22話 帝都観光奇譚③

文字数 2,293文字

服を新調するという目的を達成した2人はこの繁華街をぶらつくことにした。補佐官はさっき買ったばかりの帽子に早速被り変えて上機嫌でいた。
ある店のガラス窓に差し掛かった時、中の美しく輝く瓶が秀貴の目を引いた。
「綺麗だな」
「香水瓶ですね。んん?あぁこれ最近発売したばかりなのにかなり人気らしいですね。帝都女性の間で流行ってるとか」
そんなことまで詳しいのかと秀貴が感心すると上機嫌は更に増して「いやあたまたま昨日女性陣が話しているのを聞いたんですよ」と帽子の上からでもわかるほどの笑顔。
「僕は知らないことが多いな。特に流行なんで全く知らない」
「歳の近いご友人がいれば違うでしょうが…………いや、やめます。貴方に歳の近いご友人がいなくても俺がいますから。誰よりも早く流行を教えて差し上げますよ!」
と大の大人が1人で勝手に秀貴少年にいもしない友人に嫉妬して張り合っている。更に続く補佐官の自己の売り出しに宥める少年はどちらが年下なのか。

広場に出るとこの近辺の職員や住民が皆昼食を持ち寄って談笑したり本を読んだりしている。広場の周りでは弾き語りをしてる者、大道芸を披露する者と休日を思わせる賑わいぶりだ。
「歌は歌ったことないので出来ませんが大道芸なら俺も出来ますよ」
「わかったからもう張り合わなくていい」

「良い時間だ。僕たちも昼食を取るか」
「そうですね。お店に入ります?そこに屋台もありますし天気も良いですからここでもいいですね」
「外にしよう。帽子を取らなくても済む」
少し前に帝都に入ってきた西欧の料理の屋台が広場には出ていた。具材を小麦粉を焼いたもので挟んだもの、魚と芋の揚げ物など2人には目新しいものばかりだ。
「美味しいな」「そうですね〜」
飲み物と西欧料理を買って2人並んで広場の隅に座る。2人の間には冷たいのに何処か爽やかで心地よい風が通り抜けていった。
「庭の桜も芽をつけていた。まだまだだが、花見の季節とは早いものだな」
「そうですよ貴方だってこお〜んな小さかったのに今ではこの大きさですからね」
「そんな豆粒ではなかったと思うが?」
不服そうな秀貴に補佐官は笑い声を漏らす。
「そうでしたね。ただ本当にそれくらいの感覚ですよ。貴方にはゆっくり大きくなってもらいたいのに」
「大きくなられたら困ることでもあるのか」
「ありますよ〜。俺はいつでも貴方に捨てられないか戦々恐々としてるんですから」
「だから捨てないって。家族だって言っただろう」
その言葉に優しい微笑みをたたえて補佐官は秀貴を見つめた。
「貴方のその家族を大切に思う気持ち、それを忘れないでくださいね。変わらないでいてください」
その補佐官の様子に小首を傾げる秀貴だが家族を大切にするのは当然だと口にする前にあることを思い出した。

「『家族に復讐をする』ってどういうことだ?お前の家族は……」
躊躇ってしまい質問を最後までできなかった。少しの沈黙の後、補佐官が口を開いた。
「俺の家族は全員俺が殺しました。それで復讐っていうのは殺しても殺し足りないからです。
俺の人生に切っては切り離せないんですよ、この手袋みたいに。それなのに俺にいつまでもまとわりついて苦しめるんです。だからいっそなかったことにしてやろうと思って。あの人達の誇りも居たことさえも何もかも過去の中から消してやることが1番あの人たちにとっては辛いことでしょうから。
何1つ与えなかったあの人達を苦しめたいんです」
秀貴にはわからなかった。殺すほど家族を憎むのが。だが過去に何があったか知らないことを理解しており、感情に寄り添えないほど愚かではなかった。終始穏やかな補佐官はここではない遠くを見ている。
「貴方は俺に欲しいものを与えてくれる。必要以上にね。でもあの人達は何も与えてくれなかった。だから処分した。あの人達から与えられた殺しの技術と知恵を使って。『優れていなければ必要ない』って散々言われてきましたが、俺にとってあの人達は優れていなかった。俺が至宝の名を継いだ時点で技術的にも俺より優れてる人なんていませんでしたがそれよりも、もっと感情面で」
秀貴にはこの話に口を出すことはできなかった。相槌でさえ邪魔なように思えた。
「お休みの楽しい日にこんなしけた話してもしょうがないですね。でもまたなにか知りたくなったらお話ししますよ。貴方には隠すことはありませんから」
そう話し終えると補佐官は最後の一つになった魚のフライを掴み口の中へ放った。つられて秀貴も手に持っていた食べかけのパンを食べ始めた。

食事を済ませ人通りの少ない路地裏を水路に沿って進む2人。広間の喧騒とは打って変わってサラサラとして水音が静けさをもたらしていた。
「僕はお前のことを何も知らないんだな」
「そうでもありませんし、これから貴方が知りたいことは何だって教えます。ただ、他人の全てを知り理解することは不可能ですよ。それが家族であっても」
「理解できなければどうすればいい?」
「俺みたいに拒絶するか、理解できないことを受け入れるしかないでしょうね」
「難しいな」「ええ、生きるって難しいですね」


「晩御飯何か買って帰りますか?」
「そうだな」
路地裏から表通りに出るとまた広場のような喧騒が戻ってきた。どこが日常で日常ではないのかわからなくなる。
秀貴にとって補佐官もそうで、補佐官がいることは当然の日常なのに奴はふとした時に非日常を連れてくるのだ。一緒に過ごしたはずなのに全く違う時間軸を生きているのだと思い知らされる。こうして同じ道を歩いていてもふとした時にいなくなっているような感覚になるような男。
「勝手にどこにも行くなよ」
「行きませんよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み