力不足

文字数 1,702文字

俺がいつものようにベンチでダラダラと腰掛けいつものようにタバコを吹かしている昼下がり。
そしていつものように部下がどやしにくる。
「内田大尉、またこんなところで……」
「まぁいいじゃないか、キミも座りたまえ忠勝大尉補佐」
「まぁいい、ではありませんよ。仕事が山積みなのに」
いつものように小言を言う部下を音楽として楽しむのが俺のいつもの日常だ。
そのいつもにいつもはしないことをしてみる。


「君に前から聞きたいことがあったんだよ。気を悪くしたら申し訳ない。その場合は答えなくていい」
小言を言い終えた部下は不思議そうな顔をしていた。
「君はさ、真木家の補佐官にはなれなかった訳じゃん、そのあたりどう思ってるの?そりゃあ俺の補佐官って大変名誉だよ?それでも君は、君の家は真木家に仕えるのが慣例じゃない」
その問いに部下はまっすぐこちらを見つめて迷いなく答えた。その返答は早かった。
「悔しくて悔しくていまだに受け入れられませんけど仕方ないんです。俺では力不足で、それほどまでに真木家を取り巻く状況が悪かったのです。全ては俺の実力不足ですから仕方ありませんよ。それに、補佐官でなくても秀貴さんは俺のこと家族だと思ってくださっていますからこれで良かったんです」
意外だった。本人は割り切れてはいないと言うが、その回答には迷いも悔みも感じられなく、全て受け入れている、もしくは諦めているくらいのあっさりとした口調だった。

「沖津さんはどうだった?」
「父は非常に申し訳ないと何度も口にしていました。俺が惨めになるからやめてくれと言ったら聞き入れてくれました。父は沖津家の運命の中にいますから……誰よりも俺を憂いていましたね」
沖津家の運命、すなわち真木家に仕えること。沖津にとって真木は命なのだ。だから、あの人は殉死したのだ。己の運命に従って、それこそが寿命だと悟って。
「大尉、俺は補佐官ではありませんが秀貴さんへの思いは変わりません。あの人のためなら何だってやります。至宝殿の補佐でも雑用でも。俺は秀貴さんが幸せであれば良いのです。ただ、俺は父とは違います。秀貴さんが亡くなられても俺は生きていきます。秀貴さんもそれを望んでいますし、俺は補佐官ではないのですから」
まるで異端だ。家の慣例から外れてもそれを良しとし、周りも受け入れている稀有な例。

「なんかいいなそういうの。使命というか、譲れないものがあるって。俺にはなーんもないわ」
「大尉の使命は今から『仕事をすること』になるのです。さあさあ行きましょう!」
半ば強引に俺をベンチから引きずり下ろそうとする部下、それもまたいつものことだった。
だが今回は突然取りやめて神妙な面持ちになる部下が目の前にいた。
「どうした?腹でも痛くなったか?」
「いえ……その思い出しまして、佐々木少佐のことを」
何を?と問うと重い口を開いて少し前のことを話し始めた。
「佐々木少佐がスパイとして逮捕されたころ、貴方に容疑が向けられていたじゃないですか。その時に俺に言った『俺がやったって言おうかな』って、あれは本気だったんですか?」
タバコの煙よりも軽い口調で答えた「冗談に決まってるじゃん」。

「本当ですね?」
「どうして疑うのさ。俺の素行不良で信用ないのは……まぁ確かに擁護できないや」
「貴方が本気で言っているように思えたのです」
力不足となんだかんだというがこの部下はやたらと鋭い。まったく真木は新しい補佐官といい頑強な双璧を拵えたもんだ。
「違うよ。それなら冗談なんかにしない」
あいつのために俺がしたことなんてない。俺には何もできないと、見ているだけで何もしなかった。俺が唆したと言われてもどうでも良かった。俺にプライドも守りたいものもない。家族からの期待も信頼もなくてもいい。
ただ一つ、俺の一生で『使命』があるとするならば……もう遅すぎた、どうにもならないこと、何かしたらどうにかなってたんじゃないか、堂々巡りでこれ以上考えると頭がおかしくなりそうだ。

「こんなに辛いなら死んだけばよかったかもって思う時もあるよ」

「……それも冗談ですか?」


「冗談に決まってるじゃん」
少しの笑いと共に煙草の煙は軽々と顔を掠めて消えていった。
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