第4話 不調

文字数 2,025文字

仕事を始めよう。

今度の仕事は帝国内に潜んだ賊の殲滅……違う、確保。
仕事に良し悪しなどない。体調も万全だ。
だが、どうにもいつもと違う。
「殺さない仕事」が勝手が悪いのか?それくらい対応できる。
気が乗らないというかなんというか、何故だか知らないけど。



「俺に頼んでおいて『殺すな』はどうなんですかね」

ため息混じりに発せられた言葉は困惑が滲んでいた。
「貴方の腕を見込んでのことですよ、補佐官殿」
「それはわかってるんですけどね……」
日頃のフワフワとした態度は一変、水のかけられた綿のようになって沈みこんでいる。
「何を気落ちしている」

後ろから軍服の少年、真木秀貴が歩いてきて萎んだ補佐官に声をかける。
「気落ちしている訳ではないんですよ」
「では何故いつもの調子ではないんだ」
「さぁ、なんででしょうね……」
「任務に支障がないならなんでも良いが」

それはもちろん、といつもの調子に一瞬戻るが目深に被った帽子を弄り落ち着かない様子の男。
「珍しいですね補佐官殿があんな調子で……」
「そうですが、仕事さえしっかりこなすならなんでも良いですよ」
沖津の問いに対して少年は冷たく言い放つ。
「時間だ。行くぞ」



賊は20人。2人で10人ずつ確保すれば良い。後ろから近づき、脚をかけ転ばせると手錠をかけるだけ。
姿を見られると相手の攻撃を交わして拳や足を頭と腹に食らわせる、そうして体勢が崩れたところを締めて捉える。なんてことはない。
「壁走れる奴が人間かよ!!」
「なんなんだよこいつ!!」
仕事に面倒だとか嫌だとか、そういった感情を抱いたことはない。思い当たるとすれば……変装無しの素の自分で任務に当たることが過去にないから落ち着かないのかもしれないな。
そういえば秀貴さんは大丈夫だろうか?
あの人小さいから潰されてるんじゃないだろうか?気になるなぁ……こういう風に首を絞められると骨がポキッと「勘弁してくれ死んじまう!!!」


ハッとするとゴツゴツとした男の首を力一杯締めていた。男は顔を真っ赤にしてその瞳には涙と明らかな恐怖が浮かんでおり、気を失う一歩手前で力を振り絞ってこの男を正気に戻したのだ。
「危な……怒られるところだった」
首から手を離された男はヒューヒューと胸を上下させて転がった。
考え事をしてる間に賊の10人、よりもやや多い人数を捕らえられていたらしい。

正気に戻った補佐官は捕らえた賊を一人ずつ確認して次に秀貴の進んだ方へ向かった。
「隊長?終わりました?」
「終わった」


「あー!怪我してるじゃないですかー!」
突然大きな声を出す補佐官に秀貴は帽子を深く被り直しうるさい、と目線を外す。この後何を言われるか察しがついたようだ。



素早く状況確認をし、沖津に報告し終えた2人は、他の兵が根城の入り口から入っていくのを横目に少年の腕に刺さった刃物を見つめていた。
「何故怪我をしたのかわかります?」
「……振りかぶってきたのを腕で受ける方が速かった」
「そうですか」

「これが麻痺や毒なら貴方は苦境に晒されていたでしょうね。他人より効かないとしても捕虜になっていたかもしれないし、最悪死んでいたかもしれない」
「隠密行動ではないと油断しましたか?前にも言った通り血の一滴だって残してはいけないんです。それが貴方を、軍を暴く導になってしまうのですから、そういった悪癖はつけないようにしてください」
そういう男にはいつもの貼り付けたような笑みも、ついさっきまでの困惑の表情もない。

ただ無表情に少年を冷たい目線で突き刺しながら「貴方に」と言い続きを言うのはやめた。

悪かったと少年が俯くと「ま、次から気を付けてくださいよ」といつものヘラついた笑顔で帽子の中を覗き込んだ。
「腕のこれ抜いても良いですか?」
「ああ」
腕に刺さった刃物を引き抜くと傷口の見た目より少ない血がじんわりと滲んできた。
「もうほとんど塞がってるんですね。流石〜」

「それだけ傷の治りが早く、毒があまり効かない“不死身”の力があれば、体を盾にしたくなる気持ちもわからなくはないですがね。駄目ですけど」
「もうしない……」



「おふたりとも、ご苦労様でした」
そう言いながら賊を輸送する兵を指揮し終えた沖津が近づいてくる。
「報告は私がしますので、おふたりはもうお帰りになってゆっくり休んでください」
「もう終わりですか?」
「はいとても助かりました」
「そうですか。では帰りましょうか隊長」
「あぁ」



「そういえばあの時、何を言いかけたんだ」
「いつです?」
その問いかけにさっきまで刃物が刺さっていた腕を見せた。
「僕に、なんだ?何かあったら減給でもされるのか」
「それは嫌ですね〜」
「なんなんだ」
「俺にもよくわかりません」
それはいつもの冗談を言うような口調とも突き放すような冷たい口調とも違う落ち着いた冷え方をしていた。
「……俺にもわからないです。何を言いたかったんでしょうね。わかったら報告します」
なんだそれと僕は訝しげな目を向けたが、帽子のせいで補佐官の感情はよく分からなかった。
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