第30話 蜘蛛の糸①

文字数 1,491文字

南国と帝国との境、そこでの密輸の取り締まりが特務隊第一部隊に任せられた任務であった。
「結構な大所帯らしくて私も同行することになったから。私の出番のないように、よろしくね」
医官の三ケ坂が第一部隊に特別に配属され、任務の拠点地まで同行することとなった。密輸を行なっているのは賊だけではなく、南国の非正規部隊も関連しているとの情報から衝突は避けられない可能性が高いとして通常同行しない医官も、という流れだ。三ケ坂の保護に第二部隊からの応援隊員も配置して、いつになく大掛かりな任務だ。補佐官にとって大人数は正直やりにくい形ではあった。
「第一部隊全員で行動って珍しいわね。いつも貴方と隊長だけが動いてる印象だわ」
「彼らは沖津さん専属隊員だったからね〜」
余計な話はしない主義なのか黙ったままの他の隊員を尻目に三ケ坂と補佐官は世間話を続けていた。

そののち一同の後ろから秀貴の声がかかる
「お前達、行くぞ」。



「拠点はここで抑える。すぐに準備を」
秀貴の号令の元、手際よくテントを張っていく隊員達。補佐官と秀貴は指示の確認をし、三ケ坂は持ってきた大きなカバンを下ろすとカバンに肘をついて肩で息をしていた。
「……登山なんて、聞いてない……。こんなの、毎回やってるの?……はぁ……すごい、わね……」
三ケ坂が休憩しているうちにテントは全て用意され、隊長と補佐官の次の指示を仰いでいた。

「第二部隊は拠点の守護を。第一部隊は斥候の後、異常なければ予定通りに動く。いいな?」
隊員の1人が斥候に赴き、帰ってくるまでの間指示の確認をしたり体を慣らしたり準備を怠らない。

「なんというか、信じられないわね。この中の誰かが死ぬかもしれないなんて」
話が終わった頃合いを見てテントから出てきた三ケ坂はそう補佐官に言う。
「三ケ坂は医者だからそういうの慣れてるんじゃないの?」
「私が診てたのは病気や怪我だから何かどこかが悪いのよ。確かに突然死はあるけど、健康な人が争いによって突然死ぬ、死ぬかもしれないっていうこの状況は特別なのよ」
「そっか〜。まぁ……いつでも誰でも、死なない時は死なないし、死ぬ時は死ぬからそういう状況とか、あんまり気にしなくていいと思うよ」
補佐官の精一杯の気遣いは三ケ坂には合わず顔を顰められる。
「やめてよ、私は誰にも死んでほしくないの、死ぬ時は死ぬなんて言わないで。特にこんな状況ではやめて」
ごめん、と簡単に謝ると三ケ坂は空を見上げて「貴方が本当にそう思って生きてるってのはなんとなくわかるけど、嫌なのよ。隊員の子が、隊長が、貴方が死ぬかもしれないなんて考えたくないのよ。私は医者だけど全部救えるものじゃないなんて、身に染みてわかってるんだもの」

斥候の隊員が拠点に戻り報告を済ます。その様子を見て補佐官が話を切り上げて向かおうとすると行く道を三ケ坂が立ちはだかる。
「絶対死なないでよ」

「……う〜んそれはどうかな」
「約束するくらい言いなさいよ」
「出来ないよ俺は。
ただまぁ、秀貴さんは絶対に……死なせないよ。それだけは約束できる」
「ふうん、じゃあそれでいいわ。貴方無くして隊長は無いし、隊長無くして貴方も無いものね」
「なにそれ」
「2人でひとつってこと、さあいってらっしゃい!」
三ケ坂は別れ際気上に振る舞っていたが、それぞれの配置につくべく森に消える第一部隊を見送る時にはソワソワと落ち着かない様子でいた。


「“絶対死なないでよ”」
その言葉が森の静寂によく染み渡る。
「ここに来てから何もかもが変わったんだよな」
補佐官は一人歩きながらポツリと呟いた。
「ここが、俺がようやく見つけた生きる場所で、
死ぬ墓場なのかもしれないな」
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