第29話 由来

文字数 1,203文字

寒さが残るものの春の訪れを告げる風と柔らかな青空に包まれる都では、人々はみな雪の下から芽吹く草花のように生き生きと活動し始めた。

「養子、ですか」
邸宅の庭に面した一室では補佐官と忠勝が神妙な面持ちで向かい合って座っていた。
「そうです。貴方は合意したものとして、秀人様と父と秀貴様の四人で決めました。貴方には全て片付いた後で言うようにと申しつけられていましたので、今まで黙っていたこと、どうかご容赦を」
「それはいいんですが、貴方はいいんですか?部外者が真木の家に入るなんて」
その補佐官の言葉に忠勝は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「正直言って俺は貴方のことを信用していません。真木家に従う所以などなく、更には貴方は轟家の“至宝”。謀を実行するだけの能力はある。秀貴様が不死身だとしても何事か実害があるかもしれない。過去にもあの家を乗っ取ろうと仕掛けた輩は数多くいますし……秀人様の決定に秀貴様が納得していらっしゃいますから、文句を言うことはできませんが……」
忠勝の懸念は補佐官にとっては想像通りであった。それもそうだろう、自分が反対の立場でも同じことをする。
「存分に怪しんでください。それが俺への信頼の裏付けになるでしょうから」

「貴方はどうして従うんですか。縁もゆかりもないじゃないですか」
はっきり告げられた疑問に少し間を置いた。何から話したらいいのか上手くまとまらなかった補佐官は「あの人達が人たらしだったんですよ。そうじゃなければ、俺があまりにも子どもだったんです」と少し笑った。

「不本意でしょうが、これからよろしくお願いしますよ忠勝さん」
「ええ、秀貴様のためならなんでもします。……深夜の死体処理はこりごりですがね」
補佐官は今度は大きく笑って苦い顔で玄関を出ていく忠勝を見送った。


「話は聞いたか?」「ええついさっき」
忠勝が帰った頃合いを見計らったのだろう、書斎から秀貴は出てきた。
「名前も生まれもいつも適当につけてましたから違和感がありますね。新鮮な気持ちと言うのでしょうか」
「とはいえ変わったところは生年月日と苗字くらいだろう」
先程忠勝から手渡された公的な書類をまじまじ眺めていると秀貴が首を伸ばして覗き込んでくる。
「俺の名前は音が好きなんでしたよね?字は変えなかったんですね」
「うん、僕と同じ由来だからそのままにした」
「由来?」
不思議そうな声を出しながら書類から横から覗き込む少年に目をやるとつられて少年も顔を上げる。
「僕の名前は“大切なもの”という意味らしい。“真木の宝物”なのだと。お前も“宝物”なんだろう?一緒じゃないか。それなら同じのままがいい」
同じではない、確実に。でも今は同じなのだ。そのことがとても誇らしい。飛んで跳ねたくなるくらいには。
「名前が一緒なんて嬉しいですよ」
「それなら良かった。同じは嫌だと言われたらどうしようかと思った」
「この由来を聞いて嫌だと思う俺がどこにいるんですか」
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