第1話 鬼蜘蛛

文字数 1,407文字

ここは帝都。
大陸のもっとも端に位置する帝のおわす国。西国、南国2つの国と海に挟まれており、産業の中心は漁業、造船、工業製品の製造などがある。その国の中心に位置する国中で最も産業革命が進む最先端で埃と人の多い街。

そんな帝都の中でこんな噂がある。
「妖怪だ。それは蜘蛛の形をしていて、気に入ればなんでも願いを叶えてくれるらしい。だが蜘蛛が気に入らなければそのまま食われるそうだ」


「その名を“鬼蜘蛛"」



「まさかあんな若い男だったとは思わないだろう」
重厚感のあるソファに座った男が独りごちた。それをすかさず側に立つ体格の良い男が拾う。
「補佐官殿のことですか?」
「そうだ」
「俺はもっと歴戦の年寄りか南の国の大男だと思っていた」と目の前の書類を片付けながらソファの男は答えた。

ソファの男は帝国軍大将「真木秀人(まさき ひでひと)」
数は他国に劣るが大陸イチの戦術と統率力を誇る精強な軍、若くしてそのトップに君臨する。濡鴉の髪を後ろに流し凛とした美形の男だ。
そして側に立つ体格の良い男は「沖津忠義(おきつ ただよし)」。体格はがっしりとして熊のようだがタレ目で優しそうな印象を与える。代々真木家に仕える沖津家に生まれた彼は秀人の側近兼幼馴染だ。

「確かに。西欧の血は入っていそうですが想像より普通……といいますか、優男、でしたね」
日差しも西に傾き始め、赤い日差しが窓に差し込もうとしている部屋で二人はある男の話をしている。少し前に出会った少し変わった男の話だ。


ちょうどその時ドアをノックする音が聞こえる。二人が話をやめドアに目をやると
「俺で〜す。帰ってきましたよ〜!」。

「入れ」と秀人が言うと軍帽を目深に被った男が入ってきた。
部屋に入るや否や「俺の話してましたよね?噂をすればなんとやらって感じですか?いや〜タイミングバッチリでしたね」とケラケラと軽口を叩く。
早く報告しろ、と秀人はジロリと男を見ると口調は変わらないが真面目に報告をし始める。
「ほとんど貴方の予想通りでしたよ。南の国じゃ山脈を超えて西欧への侵略をするつもりです。どうやら王族の娘が西欧に嫁いで亡くなったそうで、暗殺だと」
「この調子なら南の国はしばらく帝国に見向きもしないでしょう。大軍率いて山脈越えをする準備をしていましたからね、国内の警備も最低限で手薄です」

「わかった。後から書面でまとめておいてくれ」
は〜い、と軽い返事をして椅子の背もたれを肘掛けにして座る男。帽子を脱ぐと真っ白な癖毛がよく目立つ。沖津が近寄り声をかける。
「お疲れ様でした補佐官殿」
「いえいえ〜斥候なんて楽なもんですよ」
愛想の良い顔を沖津に向けていると
「なにを呑気にしている」
「早く報告書をまとめろ。次の任務がある」
秀人は男を呆れ顔をその男に向けていた。
「やることは山積しているんだ呑気に話をしている暇はない」
は〜い、と今度は心底残念そうな声を出して椅子から立ち上がる。

「次も任せたぞ“鬼蜘蛛”」
「はいはいわかってますよ。それにその名前、俺が広めたんじゃないですからね。そこのところ、お願いしますよ」

「俺は貴方のご子息のようにホンモノではないので」
「それでは〜」
扉を後ろ手に閉めて出て行く男を鋭い眼で見ている秀人と眉をハの字にドアから秀人へ目線を移す沖津。部屋には明るい赤色の日差しが差し込むも秀人からでる冷たい空気でいっぱいになった。

ここは帝都。妖怪の噂が漂う埃っぽい都。

これは“鬼蜘蛛”の物語。
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