若者達

文字数 1,635文字

ある日の昼下がり。天気は良く、雲ひとつない青空が額のような窓枠に収まっている。
「補佐官殿、お邪魔していいかい?」
入り口から顔を覗かせる男、内田は割と頻繁にこの特務隊室に現れる。
「休憩ですか、どうぞ」
補佐官が椅子を用意しようとするも内田に制される。
「隊長は一緒じゃないの?」
「第二部隊との会議です。そろそろ終わると思いますよ」
何か用事かと問われ内田は否定するとしみじみと話し始めた。
「はー……偉いね隊長は。十五歳だってのにさぁ。俺が十五の時なんかもっとちゃらんぽらんだったよ。親きょうだいにどやされ、上官からシバかれて……。いやぁ若かった。
そういえば、補佐官殿は十五の時どうしてた?」
そう聞かれた補佐官はしばらく宙を見上げて「仕事をしてましたね」と思いつく限りを捻り出した。
「えぇ?君もそんな歳から働いてたの?というか、何してたの?」
「詳しくは言えませんが、多分隊長よりも小さい時から働いてましたね」
内田はため息を吐くと「駄目だよ若者がそんな仕事ばっかり。若いんだから遊ばないと」と独りごちる。

「そうだそうだ、飲みに行こうよ。今でも仕事尽くだろ?俺が奢るしさ、ちょっとは遊ぼうぜ」
補佐官はうーんと腕を組み「隊長も一緒なら」と答えると「なら飯屋だな。美味い所知ってるからさ」ととても乗り気な様子。
「そんでそこの、橘くん。君も行こうよ」
突然声をかけられてしばらくの間の後気の抜けた声で返事をする橘はぐちゃくちゃの机から首だけ向けた。
「なんですか?」
「今日の夜飯屋行くんだけど君も行こうよ。俺の奢りだし」
「はぁ。いいところまで行き着いたら行きます」
内田は橘の態度に不快になる様子もなく「いいところに行き着くのを祈ってるよ」と歯を見せて笑った。内田にとってはこの特務隊、隊員達のこういった態度が居心地が良い、というのが頻繁に訪れている理由だ。
「内田さんはどうしてそんなに遊びたがるんですか?」
その補佐官の言葉に内田は目を丸くして「そりゃ、仕事ばっかじゃつまんないからさ」。
「仕事が好きな人だっているのはわかってるけどさ、仕事だけして生きていけるわけじゃないだろ?」
「う〜ん、俺は仕事さえ出来たら生きていけると思いますけどね〜」
補佐官と顔を見合わせて内田は「君たちとは相容れないなぁ」と今度は弱ったように笑った。

「仕事が楽しいのはいいのさ、俺が怖いのは仕事しかなくなることだよ。押し付けがましいのは百も承知で、俺は仕事以外のこともなにか持ってほしい。物でも事でもなんでもいい、仕事だけが全てになってほしくない」
どうしてですか?と内田に言葉を投げかけたのはいつのまにか椅子ごとこちらに向いている橘だった。内田は橘に正対して話を続ける。
「『それしかない』と思うと無理してでもしがみつくだろ?それが行き過ぎると自分が壊れるか、周りの誰かを傷つける方へ向く。『それしかない』ことを守るのに必死で破滅するのに気づかない。俺はそれが嫌なんだ。歳を取ってからも方向転換はできるけど、やり直しが効きやすい若いうちの方がいい。本人がそれで良いって思ってても、
……俺はもう、そういうの見たくないんだ」

「なんらかの後悔を俺達で拭おうって魂胆ですか」
橘の率直な感想に心の底を見透かされたような居心地の悪さを抱えた内田は自嘲気味に笑ってそうだ、と答えた。
「そうだよ。君たちが何年何十年先、破滅を回避できることで俺は救われた気になれるんだよ」


「はぁ、どうしようもない大人に付き合うのも若者の役目なんですかね、補佐官さん」
「どうなんだろうね〜俺仕事しかしてこなかったからよくわからないや」
「そう!若者達、ちょっとはおじさんに付き合ってよ。無理強いもしないけど損もさせないからさ!」



なんだかんだと話が進み、会議が終わって部屋から出てきた秀貴も内田に捕獲され食事会は開催されることとなった。
若者の未来を憂う内田だが、ただ騒ぐ口実が欲しかっただけなような気もしてならない。
内田には喧騒こそがよく効く薬になるのだろうか。
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