第15話 特別な日

文字数 1,394文字

本格的に気温も下がり雪に見舞われる日も多くなった帝都、冷たい空気は遠くの音をどこまでも届けるようになっていた。
そんな寒空の下、気温などどうでも良いような文句だらけの男がいた。
「なーーんでこうもややこしくなりますかね!今日に限って!」
隣の少年に仕方ないだろうと嗜められるも男の文句は尽きない。
「今日は貴方の誕生日ですよ?道子さんもご馳走を用意してくれています」
「道子さん」は沖津の奥さんで、実質秀貴の育ての母であり、沖津に似て穏やかだが芯のある女性だ。
「帝の誕生日より大切な日なんですよ!」
そう言うと滅多なことを言うなと注意を受けるが男にとっては変えようのない事実であった。
男とは対照的に神妙な面持ちの少年はフッと息を吐いて呟いた
「僕の誕生日なんて祝うものじゃない」。

「僕が生まれなければ誰もが幸せだった」
少年は遠い目をして冷たい空気に溶けていきそうだった。
そんな少年に先程まで文句を連ねていた男は打って変わって落ち着いた、振り絞るような声で少年の歩を止めた。

「俺は、貴方がいなければ幸せになれなかった」
「誰も貴方の誕生を祝わなくても俺は祝います。貴方が生まれてよかった。貴方と出会えて良かったんです。俺にとってはどんな日よりも大事な日です」
男の真っ直ぐな言葉に面食らった少年は軍帽を深く被り俯いた。それが照れ隠しであることは男も少年もわかっていた。
「貴方が生まれなければ良かったなら、俺もそうですよ。生まれて良かったなんて思ったことありません。ただ生まれたから生きていただけです。貴方や秀人さん、沖津さん達がいたから生きていて良かったと思えた」
男の偽りない気持ちと少年への励ましは熱を帯びている。男の心の奥底からくる言葉を温めたのは少年だった。



「ほさかんの誕生日はいつ?」
ありし日の秀貴は聞いてきた。俺が答えると「それはお仕事の設定でしょう?本当の誕生日はいつ?」とまた聞いてきた。
「俺の誕生日はわかりません。戸籍がないので設定の誕生日が俺の誕生日ですよ」
「そうなの?」
何か思案するように天井を見上げる秀貴はしばらくして奥の部屋に消えていった。すぐに戻ってきた秀貴は今すぐにでも何かを言いたげだった。
「ほさかんの誕生日ぼくが決めてもいい?」了承すると持ってきたカレンダーを指差して「この日にする」と。
「ほさかんがこようされた日だって」

「良いですけど、誕生日って何するんです?」
「生まれたのと今生きてるのをお祝いする。ご馳走を食べられるよ」
唐突に決まった自分の生まれた日に驚きと困惑、そして少しのくすぐったさを覚えたのを今でも覚えている。


「貴方がいなければ俺は誕生日なんて何をするのか知らなかった。俺に生まれた日をくれたのは貴方だ。誰が貴方を必要ないと言おうと俺には必要ですから」
「というか、秀人さんだって沖津さんだって、皆貴方がいて良かったと思っているんです。じゃなきゃわざわざ毎年祝うなんてことしません。どうでも良かったら誕生日なんて無いに等しいはずです」
「そう、だな……」
道中の凍える寒さは再び歩き出した2人には感じられなかった。


ようやく仕事を終え、定刻より遅く帰宅した2人を道子とその子どもが迎える。ちょうどその後ろから秀人と沖津が家へ入ってきた。思ったより仕事を終えるのが早いと言うと「全て置いて帰ってきた」とのこと。
この日は特別な日。
いつも無表情の少年が困ったように微笑む日だ。
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