第25話 終わりの足音 始まりの声

文字数 2,589文字

「俺はもうすぐ死ぬのだろうな」


その一言に二人は手をとめた。
「何をおっしゃるのです」
冗談ではないと青ざめる沖津と興味深そうに「病気か何かですか?」と聞く補佐官。発言主の秀人は首を横に振り
「鬼蜘蛛だ。あいつがそろそろ喰らいにくる」。

「そんなものわかるものなんですか?予告とかあるもんですか?」
「そうだな。連日夢に出てくる。それが徐々に近づいて、そばに立った時には死ぬのだろうとなんとなくだが感じるんだ」
へぇと感心した様子の補佐官と体の芯まで冷え切った沖津と少しの間の後秀人は「俺に“もしも”があった時用に全てを整えておく。お前達にも手伝ってもらうが、何の心配もいらない。ただ……秀貴には言うなよ」
「どうしてです?」
「気に病むだろう。自分のせいだとな」
「遅かれ早かれ貴方が死ねばそう思うでしょう。時期なんていつでもいいと思うんですがね」
「それでもだ」と念押しする秀人にわかりましたと補佐官は従うことにした。

「後事を、主に秀貴のことをお前に託しても良いか?忠義」
私は、と沖津の返事ははっきりしなかった。秀人の頼みならいつも二つ返事で答える沖津もなかなか口が開かなかった。
「それなら俺やりますよあの人の補佐官は俺ですし」
「いいのか?」
秀人と沖津は驚いた顔で補佐官に向き直った。何故そんなに驚いているのかと軽口を叩くと「俺が死ぬとお前の雇用契約は一旦切れる。それを秀貴に移譲して良いのか?お前は秀貴が死ぬまでここに居続けるんだぞ。それにここにいれば鬼蜘蛛の影響を受ける可能性だってある。お前には、選択する権利がある」とのことだった。
「良いですよ〜俺はここを気に入ってるんで。まぁただ真木家のしきたりとか沖津家との慣例とか知りませんから、そのあたり続けるつもりなら忠勝さん達にも手伝ってもらわなければならないですが」
もちろんと沖津は勢いよく返事をする。それは忠勝が返事をする代わりだった。

「あの〜秀貴さんが生まれた時に一族みんな食ったんですよね?鬼蜘蛛ってそんな気まぐれなんですか?というかどんな見た目なんです?そもそも呪いとか妖怪とか目に見えるものですか?」
のべつまくなしに補佐官の口から疑問が溢れてくる。今まで必要以上にその話に干渉しないでいたが今聞かなければもう聞く機会はないとの判断の元だ。
執務椅子に座りなおした秀人は落ち着いた声で一つ一つ話し始めた。
「鬼蜘蛛は蜘蛛女だ。初代真木家当主 真木仁左衛門がこの妖怪に取り憑かれてから現在に至ると言われている。蜘蛛女と言えど、見える姿は血の塊のような姿だな。
奴は優秀な者を好み、鬼蜘蛛に“出来損ない”の烙印を押された者は悲惨な死に方をする。俺は見たことがないが曾祖父さんが一人でに人間の体が曲がっていくのを見たのだと……。ただ真木家の誰もが姿を見ることができるわけではないらしい。姉も父も見たことがないようだ。叔父は後天的に見ることができるようになったと言っていたな。
その中で特に鬼蜘蛛の寵愛を受ける者を“呪い憑き”と呼んでいる。お前も知っての通り、怪我の治りが尋常ではなく速い、呪術を使えるなど」
「姿が見える人や“呪い憑き”に共通点はあるんですか?」
「さあな……真木の血統であることくらいで、誰も見えない代もあれば、皆が見える代もあったそうだ。“呪い憑き”が3人いる代もあれば、全くいない代もある。とはいえ近親で結婚を繰り返しているから血統の条件は条件となさないかもしれない。
……呪い憑きはその代で最も優秀な者が多いようだ」

「貴方は過去一番優秀だって言われてたでしょう?それで“呪い憑き”じゃなかったらおかしくないですか?」
秀人は黙ってそれを聴いていた。秀人があまりに何も言い出さないので沖津は首を傾げ
「今まで気づかなかっただけかも知れません。秀貴さんのような目に見えるものでなければ本人でさえ気づかない、ということもあるのではないでしょうか」と推測していた。

「貴方の奥様は?」
「真木家の者ではないから見たという話は聞いたことがない。ただ……食われたよ、奴にな」
その言葉がもたらしたのは重苦しい沈黙だった。そしてこの話は補佐官とて無関係ではいられなかった。
「真木家の血統でなくても影響があるんですね。成程、さっきの懸念はこれですか。心配してくださってお二人は優しいですね」
二人は苦しそうに沈黙したままだった。
「ま、大丈夫ですよ。食われたら食われた時です」
といつもの調子でいうものだから二人揃って本当にわかって言っているのかと訝しんでしまう。
「奴も誰彼構わず食うわけではない。優秀であれば天寿を全うすることができる。ただ…………歴代の“呪い憑き”は皆食われて死んでいるが」
それって、と補佐官が言うところで秀人は肯定する。
「俺の死こそ俺が“呪い憑き”という証拠になるな」

「それは今はいい」と言い切り、秀人はもっと気掛かりなことを列挙した。
「まずこの地位だ。俺が死ぬ前に仕事の引き継ぎも人事の選別も全て整えなければならない。特務隊は軍の正規隊にはなったものの俺の私兵という印象も強く、俺がいなくなった後解体される可能性もなくはない。それを信用なる相手に託しさなければ」
「それに」と補佐官の方へ顔を向ける。
「お前と秀貴のことだ」

「二人のことを忠義に託したいんだが……」
「……」
沖津はまたしても何も答えなかった。補佐官はそんな様子の沖津の方から秀人へ向き直って言った。
「貴方のご子息は俺が守ります。俺のことが信用できなくて後生心配なら化けて出て指導してくださいよ。呪いや妖怪があるなら霊くらい存在するでしょうし。
それに妖怪に殺されても良いんです。あの人のそばにいられるなら何だっていい。そもそも、俺、殺し屋ですよ?いつ死んだっておかしくないんですから、死ぬとか殺されるとか怖がってたら仕事にならないじゃないですか。
だからお願いします。俺に任せてください。俺に初めて出来た大切なものを守らせてください」
しばしの静寂の中、そんな補佐官の真剣な言葉に秀人は黙って頷いた。


「補佐官殿、すみませんでした」
「どうして謝るんです〜?俺は俺のしたいことをするんですよ」
「秀人さんは秀貴さんも、貴方も心配していらっしゃるんです。私が貴方がたを見守っていなければ……」
「ははっ、やめてください。貴方には無理でしょう?」

「俺も貴方も同じだと再三言っているじゃないですか」
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