第17話 生まれる

文字数 1,687文字

雇われて数ヶ月の時。子どもに耐性をつけようと毒を飲ませたら倒れて、聞きつけてきた子どもの父親に物凄い剣幕で怒られたことがある。


「俺は言いましたよね?『死んでもいいならこの依頼受けます』って。それを了解したのは貴方ですよ」
「だからってそんなやり方あるか!」
何故そこまで起こるのか理解できない。言ったのは自分だろうに。
「殺し屋に頼んで、殺しの技術を教えさせるのにやり方なんて優しいものじゃないのは貴方だってわかってるはず。それを今更なに怒っているんです?子どもを殺しの道具にしようとしてるんです。黙ってみていたら得ですよ」
「道具にしようとなんて思っていない」
「じゃあ何ですか。何のために殺す技術を教えたいんです?」

「身を守るためだ」
「はぁ?」
「殺す力があれば身を守ることができる。いつかできた大切な人も守ることができるだろう。それに……優秀でなければならないのだ、真木の家に生まれたからには他人よりも秀でなければならない」
「そうですか」
殺す力が守る力なんて良いように言ったものだ。結局この子どもも俺と同じだ。大人に良いようにされてそれに一生懸命答える哀れな子ども。子どもを利用して私利私欲を満たす大人。
そう思っていた。

同じではなかった。父親が激怒した理由は「子どもを愛していたから」だ。子どもが必死に頑張る理由は「認められたいから」ではなく「それをこなすのは当然だから」。
どうして同じではないのだろうと考えた。思考の行き着く先は「愛されていたから」だった。あの子どもは父親にも周りの大人にもみんなに愛されていた。
愛されているから頑張るのは当然なのだ。
俺は違った。どうして俺は誰にも愛されなかったんだろうか。どれだけ頑張っても褒められやしない。親は俺が至宝の名をとっても自分達のことばかり喜んで俺なんてどうでも良かった。
妬ましい。憎らしい。あの子どもが。同じ状況なのに俺とは全く違って愛される子ども。

俺の気も知らないでこう言ってくるんだ「ぼく父さんに嫌われてるのかな」。
心底憎らしかった。この場で殺してやろうかと思った。お前はこんなにも周りに愛されているのに何が嫌われている、だ。

「俺には分かりかねます」
精一杯の八つ当たりだった。そう言うと子どもは無表情ながら顔に影を落とした。そんな姿を見ていたらいつかの記憶が蘇った。
「母も父もおれのこと好きじゃないんでしょうか」
子どもの自分が三ケ坂医師に聞いたことがある。三ケ坂医師は自分にはわからないと言っていた。でも「君を愛する人はいつか現れる」とも言っていた。

そんな過去の自分に子どもが重なって苦しかった。愛されてるかどうか不安で不安で仕方ない姿。だからついこんなことを言ってしまった。
「もし貴方のことをみんなが嫌いでも俺は好きですよ、秀貴さん」

それを聞いた子どもはパッと顔を上げて「ほんとうに?」と聞いてきた。だから「本当」と答えた。そう言えばあの日の俺が救われる気がしたから。
子どもはなんだか嬉しそうにしていた。愛されるのが当然の子どもに嬉しそうにされてもなんだか腹が立つ。
「ぼくもほさかんのこと好きだよ。ずっと一緒にいてね」

純粋な好意が身に刺さる。毒も痛みも耐性はあるのにその言葉には免疫が少しもなかった。頭が真っ白で今まで考えていたこと、抱いた感情が全部消えていった。この子どもが俺の訓練に耐えていたのは好意からなのか?

「秀貴さんは俺で良いんですか」
「うん、ほさかんがいい。ほさかんはいつもいっしょうけんめいだし、すごい人。がんばったらほめてくれる」
頑張ったら褒める、俺がしてほしかったことだ。
「それなら俺も頑張ったら褒めてください。今日も頑張ったので褒めてくださいよ〜」
「ほさかんがんばってえらい」
「やった〜」
なんてやりとりをしていたらなんだか憎らしくて妬ましい気持ちがおさまって居心地が良いような悪いような喉元から何がが上がってくる。



「ほさかん泣いてる!どうしたの?」
「さぁ……なんででしょうね」
欲しくてたまらなかったものが徐々に満たされていく。「俺を愛する人」はようやく現れたのだ。数十年生きてきて、ようやく生きていける。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み