初めてトモダチ

文字数 1,730文字

「ちょっとあの子の暴走を止めてくれない?」

ある日の昼下がり、狼狽した様子を見せている三ケ坂が研究室から出てきた。一体どうしたのか尋ねると「橘くんが“いい感じ”のところまで行き着いたから実践研究をするって言い始めたんだけど、モルモットじゃ足りないから犬とか猫とか用意しろって言うのよ。そのうえ、薬も非認可のやつ使いまくってて、どっから手に入れたかよくわからないヤバめの薬もかなりの数あるのよね……。そろそろ止めないと収集つかなくなるわ。“軍の研究”で収まる範囲から出てくわよ」。
ため息と同時に肩を深く落として疲れた様子の三ケ坂は自分たちではどうにもならないと判断したらしく上司に当たる俺に相談してきたようだ。
「う〜ん、俺がちょっと話してみるよ。どうなるかわからないけどね、彼」

「橘、少しいいかい?」
「あぁ補佐官さん見てくださいこの細胞を!損傷した細胞の上から貼り付けるシール型の細胞です!こうやって貼ると……このように周りの細胞と同じ組織に変わってたちまちに修復していくんです!ついにやりました……これが自動修復細胞、万能細胞ですよ!」
シャーレの上ではピクピクとピンク色の物体が下の物体を覆い少しづつ動いている。
「へぇ〜すごいじゃないか。君の夢が叶ったね」
「まだ、まだ。これから実験を重ねて実用化しなければ。それに俺の夢は『生命の神秘を解き明かすこと』っス。これだけで終わりませんよ」
万能細胞、まるでどっかの妖怪の呪いのような効果だ。

だが、その妖怪も傷跡は治せど万能ではないようだ。
「これって例えば、味覚がなくなった人の舌や、感覚を失った手を復活させることも出来る?」
俺がそう言うと橘は唸り声をあげて手元の書類を捲り始める。
「うーん、今の段階ではどうにも……。なにせ傷口があれば治せるんですが傷がないと自動修復が機能しないのと、仮に傷をつけても舌の元々機能が失われていたら治んないですね。現時点では傷周りの細胞の機能を模倣するので」
「じゃあ応用まで辿り着ければ希望はあるってことだね」
その言葉にパッと明るくなる橘。うんうんとペンを紙に滑らせて彼にしたら珍しい笑顔でこちらに顔を向けた。
「そうですよ!時間はかかってもやってみせますよ!補佐官さん、手伝ってくれますよね!?」
「そうだね、軍のできる範囲でだけど。俺個人としては……全力を尽くしたい限りだよ」



「ちょっと?さっきよりエンジンかかってるんだけど」
三ケ坂は訝しげな顔で扉から顔を覗かせこちらに近づいてくる「何言ったのよ」。

「三ケ坂さん、補佐官さんは今日から俺と共に高みを目指す同志になったんです!」
「そうなの?」
三ケ坂と二人で顔を見合わせる。いつの間に同志になったのだろう?生命の神秘にはあまり興味がないのだけれど。三ケ坂も俺の反応を見て察したようだ。
「そうですよ研究というのは助力がなければ成り立ちませんからね。それは単なる金銭の援助だけではありません。アイディアです。実用化に向けての知識のやり取り、俺にない方面からの助言が必要なんですよ!補佐官さんはそれができる、そして生命の全てを解き明かす志を同じくする心の友なのです!」
「いや志は違うと思うけど」と否定をするも聞き入れる様子もなく橘は一人興奮して次の実験がどうとか段取りを決め始めた。
三ケ坂は俺の方を見つめて「同志なんでしょ。どうにかして」とこの場を投げてくる始末。



「秀貴さん、聞いてくださいよ。俺、橘の友人になったらしいんです」
「それは良かったな」
「いや良くないですよ。生命の神秘とか知らないですし興味ないんですけど、どうしたらいいですか?」
「僕に聞かれても経験がないからな……」

「あ!!隊長、こんなところに!実は次の実用化に向けての実験なんですけどあっちの機械使いたいんですよ。あと新規の導入もしてほしくて、どうか頼みます!」
珍しく生き生きとした姿の橘は秀貴の顔を見るなりすっ飛んできた。
「あの機械の使用は許可する。新規の導入は過去と次の結果を見次第検討しておく」
「ありがとうございます!やっぱり隊長も話がわかる人だ!さすが俺の心の友です!」
「え?」



「僕も心の友らしい……」
「良かったじゃないですか、お互い初めてのお友達ですよ。……不本意ですが」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み