第8話 蜘蛛の巣
文字数 1,405文字
「ほさかんどこか痛いの?」
「えっ?何がですか?」
「だって痛そうな顔してたから」
陸軍大将 真木秀人の家に来てから半年が経った。雇い主である秀人もその従者の沖津忠義のこともおおよそわかった。
ただこの小さい子どものことは未だによくわからない。
「大丈夫です。何も痛くないですよ」
「そう。ならいいや」
そう納得した様子を見せたが、まだ何か言いたげに見つめてくる。
「そういえばほさかんのお名前“とどろき しほう”って言うんだね。沖津さんに聞いた」
「あ〜それは役者の名前みたいに襲名するものなので本当の名前ではないですよ」
「じゃあ本当のお名前は?」「ないです」
「俺の名前は無いんですよ」「そうですね、秀貴さん、貴方がつけてくださいよ。俺は貴方の部下なので」
「それならしほう。音が好き」
「好きに呼んでください。あぁでも人前では呼ばないでくださいね」
「わかってる。お仕事あるからでしょ」
この子どもは年齢の割に物分かりが良く賢くて、表情に乏しい上に落ち着いている。それに弱音を吐かず、どれだけ厳しく教えても泣きもしない。子どもの世話と言われてどうなることかと思ったが訓練自体はやり易くて助かる。
ただ一つ食えないのは自分に子どもに対する免疫が少ないのと、この子どもが自分に対して何を考えているのか読めないことだ。
「また痛そうな顔してる」
「どんな顔ですか」「真面目な顔みたいな顔」
どこも痛くないのだから考え事をしているのが悟られているのだろう。
「痛い時はこうしたらいいって」
何が起こったか分からなかった。
座ってる俺に小さな人が両腕をいっぱいに広げて全身を包み込んできた。
何をしていると聞けば「痛い時は抱きしめてもらうといい」と。
「前に父さんにやってもらったことがある。痛いの治ったよ」
怪我や病気が抱きしめて治るわけないじゃないか何をしているんだ。
「でも少しは楽になるよ」
「そうですか……」「ほさかんは治らない?」「そもそもどこも痛くありませんから」
「じゃあ悲しい?苦しい?」
「悲しくも苦しくもないです」
半ば呆れ半ば面倒になってさっさとこの会話を終わらせたかった。そして自分の上半身の拘束を解きたかった。
「だってほさかん、いつも痛そうだから。悲しいのか苦しいのかわからないけど」
「俺の痛覚はそんなに敏感じゃないですし、悲しいことも苦しいこともないです大丈夫です」
そう、といい首に巻き付けていた腕を離していく。その目は真っ直ぐ俺を見据えていた。
「痛くなったら言って。ぼくが治してあげるから」
あの時は何を言ってるんだこの子はと思った。だけどあれは俺の隠していたものを誰よりも早く見つけていた。誰よりも早く見つけて誰よりも寄り添っていてくれた。どこの誰よりも、俺自身よりも。
「なーんで貴方はそんなに優しいんですか」
「優しいか?」「そうですよ」
「そんなに優しいと碌でもない大人が貴方に纏わりついてきますよ」
「そうなればお前の出番だろう」
「お前は俺の部下なんだからどうにかするのはお前の役目だ」
そうやって純粋な好意を持って人に近づいて、欲しいものを与え続けて離れられなくするのが得意なようだ。それを無意識にやっているからタチが悪い。まるで蜘蛛のように、優しさで誘惑し巣に引っかけて食ってしまうのだ。
まったく蜘蛛と呼ばれた俺が巣に引っかかったということだ。
逃げるにはもう遅い。
このままこの恐ろしくて可愛らしい蜘蛛に食われても良いと思い始めるくらいに。
「えっ?何がですか?」
「だって痛そうな顔してたから」
陸軍大将 真木秀人の家に来てから半年が経った。雇い主である秀人もその従者の沖津忠義のこともおおよそわかった。
ただこの小さい子どものことは未だによくわからない。
「大丈夫です。何も痛くないですよ」
「そう。ならいいや」
そう納得した様子を見せたが、まだ何か言いたげに見つめてくる。
「そういえばほさかんのお名前“とどろき しほう”って言うんだね。沖津さんに聞いた」
「あ〜それは役者の名前みたいに襲名するものなので本当の名前ではないですよ」
「じゃあ本当のお名前は?」「ないです」
「俺の名前は無いんですよ」「そうですね、秀貴さん、貴方がつけてくださいよ。俺は貴方の部下なので」
「それならしほう。音が好き」
「好きに呼んでください。あぁでも人前では呼ばないでくださいね」
「わかってる。お仕事あるからでしょ」
この子どもは年齢の割に物分かりが良く賢くて、表情に乏しい上に落ち着いている。それに弱音を吐かず、どれだけ厳しく教えても泣きもしない。子どもの世話と言われてどうなることかと思ったが訓練自体はやり易くて助かる。
ただ一つ食えないのは自分に子どもに対する免疫が少ないのと、この子どもが自分に対して何を考えているのか読めないことだ。
「また痛そうな顔してる」
「どんな顔ですか」「真面目な顔みたいな顔」
どこも痛くないのだから考え事をしているのが悟られているのだろう。
「痛い時はこうしたらいいって」
何が起こったか分からなかった。
座ってる俺に小さな人が両腕をいっぱいに広げて全身を包み込んできた。
何をしていると聞けば「痛い時は抱きしめてもらうといい」と。
「前に父さんにやってもらったことがある。痛いの治ったよ」
怪我や病気が抱きしめて治るわけないじゃないか何をしているんだ。
「でも少しは楽になるよ」
「そうですか……」「ほさかんは治らない?」「そもそもどこも痛くありませんから」
「じゃあ悲しい?苦しい?」
「悲しくも苦しくもないです」
半ば呆れ半ば面倒になってさっさとこの会話を終わらせたかった。そして自分の上半身の拘束を解きたかった。
「だってほさかん、いつも痛そうだから。悲しいのか苦しいのかわからないけど」
「俺の痛覚はそんなに敏感じゃないですし、悲しいことも苦しいこともないです大丈夫です」
そう、といい首に巻き付けていた腕を離していく。その目は真っ直ぐ俺を見据えていた。
「痛くなったら言って。ぼくが治してあげるから」
あの時は何を言ってるんだこの子はと思った。だけどあれは俺の隠していたものを誰よりも早く見つけていた。誰よりも早く見つけて誰よりも寄り添っていてくれた。どこの誰よりも、俺自身よりも。
「なーんで貴方はそんなに優しいんですか」
「優しいか?」「そうですよ」
「そんなに優しいと碌でもない大人が貴方に纏わりついてきますよ」
「そうなればお前の出番だろう」
「お前は俺の部下なんだからどうにかするのはお前の役目だ」
そうやって純粋な好意を持って人に近づいて、欲しいものを与え続けて離れられなくするのが得意なようだ。それを無意識にやっているからタチが悪い。まるで蜘蛛のように、優しさで誘惑し巣に引っかけて食ってしまうのだ。
まったく蜘蛛と呼ばれた俺が巣に引っかかったということだ。
逃げるにはもう遅い。
このままこの恐ろしくて可愛らしい蜘蛛に食われても良いと思い始めるくらいに。