第23話 愛と狂気は紙一重

文字数 1,362文字

「ほんと、なんですかこれ!?

最高じゃないですか!そうです!俺はここを求めていたんです!天国があるとすればここですよ!」


「あの子ずっとこうよ」
「あー大変だね」

特務隊室の机で殴り書き、もとい書類向かって興奮気味の男、橘の後ろでは補佐官と三ケ坂は苦しい笑いを浮かべている。
「確か命令が出たんだってね。『治療薬、細胞再生治療技術以外の研究は禁止』だとか『休日の研究室の使用は禁止』とか」
「そう、私たち第四部隊はあの子の暴走を防ぐのに必死よ……まさに『馬鹿と天才は紙一重』の体現者」
そう言う三ケ坂は見た目にも疲れた顔をしていた。“ずっとあの調子”とのことだが、連日朝から晩まであの調子で三ケ坂含む他の隊員を困らせているのだろう。
第四部隊は研究者、学者、技術者が集まる部隊。活動は主に研究開発で、その結果は軍内に留まらず、広く帝国に利益を齎そうとのことだ。
「でも私もびっくりしたわよ。研究機材だって揃って最新の物。それにこんな潤沢な予算があるなんて、西欧みたってそうないわよこんな研究施設」
特務隊専用の研究室は軍部の研究室と比較してその規模は三分の一程だが中は最先端を誇る。そうして表舞台では何らかの理由で活躍できない優秀な者たちが日夜研究開発に勤しんでいる。ーー最近では若き研究者の暴走も食い止める仕事が増えたようだが。
「特務隊が軍の正式な隊として認定されて予算が降りるようになったらしいよ。でも具体的な数字は知らないけど、その殆どは秀人さんの私費で補填されてるって」
「はー……国一番の名家の当主は違うわね」

真木の話に三ケ坂はふと浮かんできた疑問を口にする。
「ねぇ、この前沖津忠勝くんの話を聞いたんだけど……貴方の……弟よね?」
その質問の詳細を聞くと「真木家の補佐官は沖津家がなるものでしょ?失礼だけど、貴方沖津さんに似てないから……」とモゴモゴして言った。
「俺は特例でさ、全くの部外者だよ。沖津家にも真木家にもなんの関係もない」
その答えに三ケ坂は目をまんまるにして驚いていた。そして口には出さないがとても興味深々の様子でいた。その様子を見て色々ある、とぼかすと聡い三ケ坂は「そ、そうよね。あんなに大きいお家だもの……」と少しの落胆を滲ませていた。

「それでも、真木家ってもう大将と隊長しかいないのよね?遠縁の親戚がいるって話は耳にしたけど大丈夫なの?」
「さぁ、大丈夫なんじゃない?それか、もう諦めてるのか」
「随分ドライなのね」と三ケ坂は意外そうに言った。そして「お金で雇われてる関係だったら余計に真木家の凋落には敏感になるものじゃない?」とも続けた。
その一歩踏み込んだ鋭い言葉に補佐官は腕を組んで唸り声をあげていた。
「俺はあんまり真木家がどうとか興味ないんだよね〜。秀貴さん達がいるならそれで何の問題もないから」
へぇ、と理解した様子の三ケ坂はまじまじと補佐官を見つめている。
何?と聞くと表情豊かな三ケ坂には珍しく真顔でじっと補佐官の顔を凝視している。

「もし隊長が忠勝くんを補佐官にするって言ったらどうする?」

2人の間に沈黙が通り過ぎる。お互い顔を見合ったまま少しも動かないでいる。それはお互いの距離、腹の中を探り合うには十分の時間だった。


「殺すよ。俺より優秀な人物なんて秀貴さんの前には必要ないから」

「…………笑えない冗談はやめてよ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み