第5話 ほしいもの

文字数 1,869文字

なんてことはない任務からの帰り道。
いつも多忙な雇い主とその従者が珍しく早い時間に帰路に着くと言うのでご一緒することにした。なにせ向かう先は同じなのだから。
外では仕事のことは話さない。夜なのに暑いだとかこの時間はまだ明るいとか当たり障りのない話をダラダラ続けている。
それだけで非日常的で、いつもの家と軍部の往復の風景が何とも言えない胸の辺りから上がってくる“何か”によってむず痒く感じる。


しばらく歩いて話すこともなくなった道すがら、ふと目に入った「飴屋台」ののぼり旗。飴か、昔は食べたな。

物思いに耽っていると「欲しいのか?」と隣を歩いていた雇い主が俺に声をかけてきた。
「いや別に」という俺を置いて屋台の方へ歩いて行ってしまった。はなから俺の答えなど必要としていなかったのだろう。一体なんだと思っていると後ろから声がかかる
「私達も行きましょうか」。

従者に促され屋台に近づくと小瓶に入れられた飴が複数並んである。小瓶に赤がまとめられているのが苺。黄色が檸檬。白はハッカ。緑は林檎。青……青なんて最近はあるのか。
雇い主の「子どもの好きな味はどれか」と問いかけに対し店主は「1番人気は苺かな。だがこのサイダー味もかなり人気だぜ」

「サイダー味なんてあるんですね」
「サイダー味の飴は数年前に帝都に入ってきてから定番になりつつあるんだぜ?あんた、帝都に来て日が浅いのかい?」
店主にそう言われ、「ええまあ」とやり過ごす。俺が帝都に来たのはサイダー味の飴が来るよりも先だが、仕事に関係のないことはどうでも良かったから知ろうともしなかった。

雇い主は3つの小瓶を手にして再び帰路に着いた。
「忠義、これはお前のだ。檸檬、好きだろう」
「えっ?あぁ!ありがとうございます」
「それと、ほら」

目の前に差し出された青色の飴の入った瓶は夕日を反射していた。
「俺にですか?」
「そうだ。他に誰がいる」
「はぁ」と嘆息のような声を漏らし輝く小瓶を受け取るとまたあの胸から上がってくるむず痒さを覚える。
何故この人は俺に飴を差し出したのか。これは「報酬の前払いか特別な任務の先行手付け」のどちらかか?

「追加の報酬を受け取るような成果は出していません」
「そんなこと関係ない」
「ではこれは一体どういう理由で?」

「特別なことなどなくても良いだろう。俺が渡したかった、お前を労おうと思っただけだ」
そんな怒ったような、困ったような声で言われても俺にはさっぱりわからなかった。胸の辺りを掻きむしりたくなるような衝動が強くなっていく。
「ありがとうございます」そう言ってさっさと受け取った。これ以上むず痒さに襲われてはどうにかなりそうだった。



家に着くと表情に乏しいながらもその雰囲気には嬉しさが溢れる少年が玄関で俺たちの帰りを待っていた。少年は赤い飴の入った小瓶を手渡されるとより一層その雰囲気を強めていた。
小瓶を上から、下から見回し、満足したのか蓋を開けていた。
「良かったですね秀貴さん。苺味らしいです」
「うん」

「はい」と差し出された手には先ほどまで瓶の中で転がっていたいちご飴。
「綺麗ですね」
「うん、あげる」
俺が困惑の表情のまま動かないでいると「苺味嫌いなの?」と首を傾げて見つめてくる。
その様子を見ていた雇い主が「お前は金銭以外を貰うのが好きではないのか?」「食べ物が苦手ではないんだろう?」と聞いてくる。

そういうわけではない。「どうしたらいいのかわからないんです」
「報酬以外で物をもらったことがないので、どう対応して良いのか少し、難しくて……」
明らかに周囲の空気が変わる。やはり本音は打ち明けるべきではなかった。
それでも打ち明けたかった。もう俺1人ではこの気持ちと状況に対処出来ないから。

「くれるというなら厚かましく貰っておけ」
「貴方への贈り物でしたらどんな理由でもありがたく貰っておいたら良いですよ」
横から矢継ぎ早にアドバイスが飛んでくる。
「じゃあ」と少年の手から飴を貰う。少し温かくなった少年と同じ瞳の色の飴はどんな宝石よりも価値があった。


子どもの頃、他のきょうだいが貰ってるのを見て、任務先の家で食べたことがある。本当は家具や物は触ったらダメなんだけど。
別段美味しいとは思わなかった。
ただの砂糖の塊だと思った。

今ならわかる。俺はただ飴が食べたかったんじゃなかった。



「秀貴さんお土産ですよ〜」
色とりどりの飴の入った袋を見せびらかすと少年は袋を見て嬉しそうな空気を纏った。ザラザラと音を立てて皿に移る飴たちを見下ろして
「どれから食べる?」そう聞かれて
「これにします」
と俺は赤色の飴を手に取った。
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