第77話 人の面白さ ~分からない心・欠点~ Aパート

文字数 4,420文字


 最寄り駅まで帰って来た時、すでにお父さんが待っていてくれていた。
 お父さんの迎えの車、私は、お母さんがいない時はいつも助手席に座っている。
 人それぞれ、家庭の事情それぞれだし、これも私は、の気持ちだから人に押し付ける気も何も無いけれど、お父さんの事を毛嫌いして離れて座る人もクラスメイトの中にはいるって聞いているけれど、私としたらそう言う話を聞く度に驚く他ない。
 もちろん私もお父さんと喧嘩した事もあるし、酷い事を言ってしまった事もあるからお父さんにベッタリと言う訳でもないけれど。
「今日はいつもより機嫌が良さそうだな」
 私がお父さんの事を考えていたのが分かった訳ではないのだろうけれど、嬉しそうに声を掛けてくる。
「機嫌が良いって言うか、今日する話がうまくまとまったからスッキリはしてるかな?」
 もちろん明瞭に話が出来るようになっただけで、私の希望に両親が首を縦に振ってくれるかどうかはまた別問題だけれど。
「なら先にお父さんに相談内容を教えてくれないか?」
 そう言って私の返事を待つことなく遠回りをしようとしたのか、家に帰る道をまっすぐに通り過ぎてしまう。
「お父さんの気持ちは嬉しいけれど、お母さんにバレたら絶対お父さん怒られるよ?」
 私が笑いながら窘めると、
「お父さんだってお母さんより早く愛美の事知りたいんだよ。それにお母さんが怖くてお父さんなんて出来るかってやつだ」
 お父さんも今はお母さんがいないからか強気な発言をする。
 そんなお父さんが、思っていた以上に子供っぽくて思わず笑ってしまう。
「気持ちは嬉しいけれど、慶も含めた家族みんなで話したいの。だから、ごめんねお父さん」
 だけれど子供っぽいお父さんは、まるで倉本君みたいに諦めが悪い。
「じゃあせめて今日、誰に相談してまとまったかくらいは教えてくれよ」
 その言葉の中に私に彼氏がいるのかを気にする素振りが入っている事も見て取れるけれど、朱先輩を始め、お母さんからもお父さんの気持ちを聞いて理解させてもらったから、今ではむしろ私の事を純粋に気にしてくれて好感を持つほどにまでなっている事に、私自身も驚く。
「それよりお父さん。早く帰らないとお母さん待ってるよ」
 だけれど優希君の事はもちろん、朱先輩の事もまだ誰にも言うつもりはないから、代わりにお母さんの事を引き合いに出すと
「そうか……お父さんでは駄目なのか……」
 目に見えてお父さんが落ち込む。
 私もそう言う所はあるけれど、優希君と言い、倉本君と言い、お父さんと言い……男の人って体全体を使って落ち込むのが面白い。


 結局それ以降は落ち込むお父さんに
「ちゃんと全員に話すから元気出してよ」
 何とか元気を出してもらおうと慰めはするものの、私に喋る気が無いのが分かったのか、本人に聞かれたら雷が落ちそうだけれど、それとも単純にお母さんが怖いのか、言葉少なに家に帰る。
「ただいま」
「おかえりなさい。今日は本当に遅くまで頑張っていたのね」
 私のあいさつの後にお母さんが出迎えてくれた後、明らかに元気が無さそうなお父さんを見て、お母さんが心配そうにもう一度私の方を見て来るから、
「……」
 お母さんの視線に私が苦笑いを返すと、
「お父さんの話はお母さんが聞いておくから、今日も暑かったでしょうし

なら先に入って来なさいな」
 私に先に入るように言ってくれたから、お母さんに甘える。

 お母さんが話してくれるならと先に頂いて、汗を流してさっぱりした私が例の話をしようと一旦自分の部屋に戻ってから部屋着でリビングに足を踏み入れると、
「少し愛美に秘密にされたくらいで慶久みたいに拗ねるなんて情けない。それでもお父さんですか」
「そんな事言ったって、お母さんだけ知ってる事もあるんじゃ?」
 いつの間にか部屋から出て来ていた慶が、お父さんを叱るお母さんに押されるようにリビングから出てきて、
「あのババァ怖えぇ……なんで俺まで巻き込むんだよ」
 慶の事を引き合いに出されていたからか、慶の口が悪い。
「だいたい今日、ねーちゃんの話をするんじゃないのかよ。あのババァが言ってたくせにこんなんで話出来んのかよ」
「もちろんです。愛美だって年頃の娘なんですから、お父さんに言えない事の百や二百はあります」
 少し様子を見ようと黙って聞いていたのに、百や二百って……
「ひゃ、百?! 愛美はそんなに秘密があるのか?!」
 いやいやそんなにある訳ないって。私ってお母さんの中でどんだけ謎だらけの娘だよ。
 動揺して焦るお父さんが可愛そうになって来たのもあって、
「お母さん。別にお父さんに何か嫌な事を言われたとかじゃないから、そこまで言わなくても良いって」
 慶の事も考えてお母さんを止めると、何故かお父さんが
「愛美! 俺にも言えないって男か? 男が出来たんならお父さ『お父さん。また愛美を怒らせたいんですか?』――いやでも愛美がたぶら『次からは私が愛美の送り迎えをしますけれど、それでも?』――」
 私にすごい剣幕で詰め寄ろうとしていたお父さんを、二言放ったお母さんが、完全に勢いを消してしまう。
「おやじダセェ……」
 そんなお父さんを見て慶が一言。
 私はお父さんがかわいそうかなと思わない事も無かったけれど、せっかくの流れだからと
「私、前にお父さんには彼氏が出来てもしばらくは言わないって言ったよ?」
 私もお父さんにもう一度念を押しておくことにする。
 今の勢いで優希君に詰め寄られたらたまんない。
「おやじ格好ワリィ……」
 そして慶からの駄目押しの一言。
 私の事をずっと見ててくれた人なら何となくでも雰囲気は伝わってるとは思うけれど、私の家では私に垣間見せてくれた情熱があるからなのか、お母さんの力が圧倒的に強い。
 それで家の中の雰囲気がこれだけ温かいのだから、優希君と共に穏やかに歩んで行きたい私としては、優希君とどう言う家庭を作って行くのかなと、まだそうなると決まった訳でもないのに、優希君との未来を勝手に想像してしまう……のを慶の視線を感じて、現実へと戻される。
「……何?」
 せっかく幸せな想像をしていたのにと、少し声を低くして慶に半眼を送ると
「いや、ねーちゃんこそボーっとしてどうしたんだよ」
 気が付くと私以外のみんなが、私の話を聞いてくれる態勢になっていた。
 ホント優希君が絡むとこんなのばっかりだよ。今は優希君の前じゃなくて良かったと心の中で悪態をついてから、気持ちを切り替えて朱先輩と話した事を両親と慶、家族に相談するために口を開く。


 私は一枚の紙を両親が見やすい様にテーブルの上に置く。
「そうか。もうそんな年になったんだな」
「ここに書いてあるのが愛美の希望なのね」
 私の字で埋めた進路希望調査票を見て両親ともが、私の事を考えてくれているのか、それともバカにならない受験費の事を考えているのか、
「……」
 一方慶には早い話で分かっていないのか、私たちを無言で見ている。
 私は両親が一通り目を通したのを見計らってから、改めて自分の口から福祉関連の道に進みたい事と、もちろん親には伏せるけれど、朱先輩が通う第一志望の公立から第三志望の私立までの説明をする。
 志望校の事もさることながら、受験費の事で何を言われるのかと少し緊張していたのだけれど、目を潤ませたお父さんが
「俺たちに相談してくれて、正直に話してくれてありがとう」
 私に小言を言うどころかお礼を口にし
「愛美としてはこの三校だけで良いの?」
 私の不安とは逆に、私にもっと受けないのかと聞いてくれる。ただそれに関しては
「うん。逆にたくさん受けても行ける学校は一つだけだし、意味は無いかなって。それよりも逆に三校

受けて良いの?」
 私は色々な事を気にして聞いたつもりなのに、お父さんは驚いて、お母さんは苦笑いを見せる。
「何を緊張しているのかと思えば――」
「――愛美を進学校に入れた時からそのつもりだったし、それに愛美の成績なら大丈夫だろうけれど、三校って言うのも少ない方だと思うぞ?」
 そしてお母さんの言葉に続けて、お父さんが驚きの事を言う。
「それもそうなんだが、全部福祉科って言う事は、愛美が少し前に言っていたのもこの事なのか?」
 お父さんの質問に対して、お父さんと喧嘩した時に、お父さんの事を嫌いにならなくて済むように、男の人の気持ち・親の視点での見方・考え方を教えてもらって、今ではお父さんの事を嫌いにならなくて良かったと心の底から想っている事を伝えた上で、
「だから、私も誰かの心を守れるようになりたくて」
 私の希望を両親に伝える。
「でも愛美の目標、口ぶりからすると、人文とか臨床心理の方じゃないのか?」
 私の話を聞き終えたお父さんの質問に、朱先輩との話の中では全く出なかった、そんな選択肢もあるのかと納得しかけた所で
 ――愛さんは子供、好き?――
 朱先輩が私に投げた質問を思い出す。
 私がした答えまで思い出したところで、朱先輩がどこまでも “私自身” の事を見てくれていて、私の気持ちを大切に知らず尊重してくれていた事に、今更ながらに改めて気づかされる。
「私、子供が好きって言うのもあって、出来れば子供と接する仕事が出来れば良いなって言う気持ちもあるし、それに泣いている子供たちを笑顔に出来たらなって言う想いもあるから」
 と、人の心を守りたいのと子供が好きなのを合わせて、小さく傷つきやすい子供の心を守れたら、私としては理想だって言う事を先週と今日の男の子の事を思い浮かべながら、両親に説明する。
「愛美の気持ちは十分に分かった。お父さんとお母さんは全力で応援もするし、協力もする。だから何かあったら何でも言ってくれ」
「そうよ。もし家の事をする時間のせいで勉強ができないって言うのなら、受験が終わるまでの間はお母さんがずっと家にいても良いわよ」
 両親は私の言う事に手放しで協力をしてくれると言うけれど、どうしてか空気だけは張っている気がする。
「慶久も今のお姉ちゃんの話を聞いてたか? お姉ちゃんみたいにはっきりと目標を持てとは言わないが、自分の気持ちがハッキリした時に後悔の無いようにだけはしておけよ」
 それは成績の芳しくない慶の方も同じだったのか、終始無言だった慶にも話を振るお父さん。
「分かってる。期末は何とかするけど……ねーちゃん。下宿すんのかよ」
 肩身の狭い成績の話にも拘らず、殊勝に返事をした慶が私に聞いてくるけれど
「そんなの分からないって。第一合格してからしかそんな話は出来ないよ」
 私だって出来るだけ一人暮らしは避けたいって思ってるんだっての。
 慶の方もそれ以上は口を開かなくなったから
「ありがとうお父さん。お母さん。この三校でテスト明けに進路希望調査を提出するね」
 私は両親にお礼を言って、模試対策のために自分の部屋に戻る。


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