第14話 田村弟の計画④

文字数 2,751文字

 ところが、不測の事態が起こった。翌日、大学に来ると交換機に『故障中』と貼られていた。いつ壊れたんだ? まさか誰かが俺たちの計画を知って、意図的に壊したのか……いや、そんなはずはない。俺たちが交換しすぎて壊れたのか……いや、そんなはずもない。俺は「大丈夫、すぐに直る」と自分に言い聞かせた。
 進級券は教壇の中に置いたままだ。丸井には「教官は関係ない」と言ったが、根拠はない。見つかって持っていかれる可能性はある。同じコースの人に知られるのもマズい。別の場所に隠されたり、抜き取られたりしたら厄介だ。他のみんなに教えないよう丸井には口止めしなかったが大丈夫か? 心配だ。心配なことばっかりだ。
 結局、金曜になっても交換機は壊れた状態で、最初の一週間が終わった。

 4月11日、月曜。また一週間が始まる。俺はよく眠れず、朝8時にベッドから出た。重たい頭を少しずつ温まる体で支えながら大学まで足を運んだ。
 正門に並んでいる人は少なかった。ATMで手続きを済ませ、交換機の前に足を運ぶと、まだ紙が貼られていた。授業が始まって最初の土日が終わり、週が明ければ直っていると思っていたが、期待は外れた。
 隣の掲示板に視線を向ける。休講のお知らせが貼られていた。一年生の国際コースの一限目だ。先週、授業の終わり際に教官がそんなことを言っていた気がする。俺は引き返して、正門に向かった。入口を通り抜けてきた女子と目が合う。見たことがある顔だ。確か同じコースだ。掲示板の方には向かっていない。そのまま一号館に行くのか?
「あ、あの」
「私?」
「うん。国際コースだよね? 一限目、休講だよ」
「ウソ」
「ウソじゃない。掲示板、見といた方がいい」
 彼女は里見芽以と言った。それから二人でハンバーガー屋に行って、モーニングを食べた。ちょっとしたハプニングもあって、俺たちはメッセージアプリにお互い登録した。
 恋の予感。出る授業も決め、生活にも慣れてきたが、上向きな気分を押さえつけるように交換機はまだ直らない。やがて金曜を迎え、また一週間が終わった。

 4月18日、月曜。キャンパスに入った俺は、すぐに交換機に向かった。紙が貼られているのが遠目でも分かった。まだ直らないのか……大学側の対応の遅さに腹が立ってくる。学生部の建物が視界に入り、怒鳴り込みたい思いを抑えながら掲示板を見た。先週の金曜に貼られた『代表者条例(二年生)』の投票結果と『代表者氏名記入欄』の紙の隣に、とんでもない内容が一枚増えている。
『進級券所持禁止条例案(二年生)が審査を通りました。この条例案の内容は4月29日から1月29日までの間に、進級券を所持した者を退学処分にするというものです。投票日は4月25日、一号館(旧本館)四階の投票所で行います』
 こんな条例ができたら、二年生が交換しなくなって、レートの爆上がりがなくなる。期間はあるけど、ゴールデンウイークからほぼ今年度いっぱいだ。二年生は誰も進級券を持っていないのか。28日までに直らなかったらアウトだ。
 代表者の氏名は『国際』だけ下に『成瀬優理』と書き込まれている。やっぱり何か企んでいるのか。それとも他の誰かの計画なのか。分からない。もう考えたくもない。俺は精神的に限界だった。
「あの……頼みがある」
 昼休みに俺は丸井を大学の外に連れ出し、人気の少ない駐車場で話を切り出した。
「どうした?」
「進級券を大学の外に出すのを手伝ってほしい」
「そんなことできるのか?」
「正門からはセンサーがあると思うから無理だけど、まわりの壁に隙間でもあれば行けないかなと思って……」
「今はまだ教壇の中か?」
「今日は確認してないから、そうだと思うけど……ところで、そこにあること誰かに言った?」
「いや、言ってない。何かあったか?」
「ちゃんとあるかなと思って」
 俺はホッとしたが、丸井の表情は険しい。そんな慎重な奴だったか?
「無理して外に出す必要あるのか?」
「……正直、全員を信用することはできない。今だって全部あるかどうかも分からない。こんな状態が続くのは耐えられない」
「そうか……正門にはセンサーがあるんだな?」
「いや、想像だけど。コインは正門から持ち出せないって、確か兄貴が言ってたから」
「壁にもセンサーがあるってのは考えにくいけど、防犯カメラは大丈夫か?」
「防犯カメラはほとんどハッタリで少ないと思う。あるなら分かるように置いとく方が抑止力なるはずだ」
 丸井が首をかしげる。自分で言って楽観的な推測だとは思った。
「……いつまでも同じとこに置いとくわけにもいかないよな。思い切って、やってみるか」
 ようやく了解の言葉を聞けた。俺たちはラーメン屋でさっさと昼飯を済ませ、大学のまわりを歩き始めた。家やビルがあるせいで壁まで行ける所が見つからない。正門以外に出入りできるような扉もない。
 あきらめそうになった時、マンションの駐輪場の奥にキャンパスを囲む壁が見えた。俺は丸井に指で差し、敷地に入った。同じ形、同じ大きさの四角いブロックが整然と積まれている。俺は壁に顔を近づけ、隙間がないか探していった。
「ここ」
 丸井が指差し、近づくとそこから建物の一部が見えた。場所から推測して一号館の裏だ。隙間の幅は十分にある。一回では無理そうだが、何回かに分ければ問題ない。俺は財布からラーメン屋でもらったレシートを取り出し、その隙間に折って差し込んだ。
 丸井に大きくうなずいて見せ、マンションを出る。他にもっと大きな隙間があるかもしれなかったが、住人に不審者扱いされる前に離れることにした。
 キャンパスに戻った俺たちは早速、一号館の裏に足を向けた。建物と壁の間は1メートルくらいで、等間隔に低い木が生えている。奥に進むと、ブロックとブロックの間から小さな紙が出ていた。そのレシートを屈んで引き出し、隙間からのぞくと自転車が見えた。
「さっきのマンションが見える」
「よし。いつやる?」
「暗くなってからだな」
 五限目が終わると、俺と丸井は講義室に残って、みんなが帰るのを待った。二人だけになり、俺は教壇に向かう。中にはちゃんとレジ袋があった。進級券の束も入っている。問題は枚数だ。
「……236、237、238枚。良かった、ちゃんとある」
 ここに置いてから約二週間、ようやく無事を確認できた。俺たちは食堂で晩飯を取った後、丸井にマンションに行ってもらい、俺は二号館の裏の壁の隙間から進級券を外に送り出していった。
 ATMでコインを入れるフリをして、正門を出る。丸井と合流して進級券を受け取ると、俺は思わず「ウオー」と雄叫びを上げた。丸井は苦笑いするだけで応えてはくれない。とりあえず外に出すことができ、プレッシャーから解放された俺は脱力感に包まれた。
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