第16話 田村弟の計画⑥

文字数 2,899文字

 カフェを出ると、二年生たちが足を止めていたので、そこから離れるように俺たちは歩いていった。一年生だけで話をしたかったので、晩飯にでも誘いたかったが、いい店を知らない。酒でも飲みたいけど、まだ二十歳(はたち)じゃない。どうしようか。
「良かったら、みんなで飯でも行かね?」
 同じことを考えていたのか、君嶋が切り出してくれた。真中と森がうなずき、君嶋がスマホを操作し始める。店を調べているのか。なかなか手際がいい。俺たちはイタリアンレストランに行くことになった。
 四人掛けのテーブル席に着き、それぞれパスタとみんなで分けるピザを一枚注文した。店内のバーカウンターにはワイングラスがズラリと並び、さっきのカフェにしても俺の地元にはない雰囲気だ。
「それで、どういうことなの?」
 俺に尋ねてきたのは真中だった。たわいもない話でいったん和みたかったが、気になる気持ちも分かった。俺だけが知っていることはいっぱいある。とりあえずプリントを貼ったことをバラしてしまったので、それから説明することにした。
「成瀬さんに言われて、二年生の単位について書かれたプリントを、大学の掲示板に貼ったんだ」
「どうして言うこと聞いたの?」
「罰ゲーム、トランプで負けたんだ」
「それって何か関係あんのか? 進級券って一年の誰かが持ってんのか?」
 君嶋も疑問をぶつけてくる。俺も何から説明していいのか分からなくなってきた。
「一年生も二年生も使ってるコインは同じだから、掲示板の隣にある機械で進級券と交換できるんだ」
「できても、進級券って一年には関係ないよな? 持ってる一年は何のために持ってんの?」
「進級券はコインに戻すこともできて、みんなが持つほどレートが上がるようになってる」
「そのことが、貼ったプリントに書いてあったってことか……ていうか、田村も持ってんのか?」
 嫌な質問だ。全然しゃべらない森は理解していないのかキョトンとしている。仕方なく「持ってる」と正直に答えると、真中の鋭い視線が俺に向いた。
「自分が持ってるからって、話を壊したわけ? その券を持ってない方からすれば、コイン2000単位で良かったんだけど」
「こ、壊したわけじゃない。狩野さんが、一年生が進級券を持ってるのおかしいって言ってくるから……」
「どうかしら」
「それより、いい方法があるんだ」
 風向きが変わってきたので、俺は考えている計画を伝えることにした。
「まず、みんなも機械で交換して進級券を手に入れる」
「それで?」
 真中が急かしてくる。
「次に、狩野さんと坊主の人を仲間に入れて、進級券を所持しないといけないっていう法案を可決させる」
「それで二年生の所持禁止条例が削除されて、二年生が交換を再開するってわけ?」
「そういうこと。あとはレートが上がりきったとこで、また機械で進級券をコインに戻せば完了」
「だけどよ、二年の代表をどうやって仲間に入れんの?」
 君嶋が尋ねた。方法は考えていたが、進級券を大学の外に持ち出したことをバラすわけにはいかない。
「……その点は俺に任せてほしい」
「そっか」
 それ以上は追求してこなかった。少し息をつくと、森が小さく手を上げていた。
「私たち、ずっとその進級券? を持っとかなきゃいけなくなるの?」
「レートが上がったら、機械でコインに戻すんだよ」
 俺の代わりに君嶋が得意げに答えた。
「でも、所持しなきゃっていう法案だったら、ずっと持っとかなきゃ……」
「確かにそうだよな」
 森と君嶋が首をかしげ、俺に視線を送った。
「それについては期間を限定する。二年生の所持禁止条例だって、そうだろ」
「でも……二年生の先輩に、ケンカ売ることになるよね?」
 意外な言葉が森の口から飛び出した。今さらながら耳が痛い。
「そ、それはお互い様ってことで……」
「失礼いたします」
 店員の声がして、会話が止まる。それぞれの前にサラダを置いていき、次に会話が再開した時には、たわいもない内容になっていた。

 まず、どう見ても孤立している坊主頭からだ。掲示板の『代表者氏名記入欄』で名前を確認すると、経営コースの倉田一平だと分かった。一年生も二年生も大部分は五限目を受けていない。俺は四限目が終わってから、倉田さんを大学の外で待ち伏せすることにした。
 もし断られたら、そこで計画は終わりだ。緊張が走る。正門の出口から坊主頭が出てきた。目立つので、すぐに分かる。コース内でも孤立しているのか、誰ともしゃべらず一人だったので声もかけやすかった。
「倉田さん」
「この前の一年生の代表の……何の用?」
「ちょっと、こっちに来てもらえますか」
 まわりに人がいたので、俺はそばにあった駐車場に連れていった。
「何の用かな」
「単刀直入に言います。次の法案、賛成に入れてください」
「次の法案って?」
「賛成に入れてもらえば、進級券を15枚プレゼントします」
「進級券?」
「そうです」
「……くれるの?」
「はい。ただ、二年生は条例で所持禁止になってますので……」
「じゃあ、ダメじゃないか」
「今、直接渡します」
 俺は財布から進級券を8枚取り出し、倉田さんに渡した。表と裏を確かめている。
「……自分で作ったんじゃないよね?」
「見たことないんですか?」
「二年生は見たことない方が多いと思う」
「そうなんですね。とにかく、これは本物です」
「キャンパスの外に持ち出したってこと?」
「細かいことは気にしないでください」
 倉田さんが枚数を数え始めた。
「残りの7枚は法案が成立したら渡しますので」
「……これ、持ってて大丈夫かな」
「家に置いておいて、所持禁止が解禁になったら、大学に持っていけば問題ないでしょう」
「そうか……」
「法案は今週中にでも提出しますので、よろしくお願いしますね」
「分かった」
 案外スムーズに行った。倉田さんが背を向けようとした時、大事なことを思い出した。
「倉田さん、経営コースですよね? 何人ですか?」
「コースの人数は確か、44人だったと思う」
「ありがとうございます」
 俺が丁寧に頭を下げると、倉田さんは立ち去った。そういえば法案の中身を聞いてこなかった。大丈夫か。このまま8枚だけ持ち逃げされるなんてことないだろな。いやいや、今さらリスクは承知の上。次は狩野さん……待て、全学生は366人で、可決は3分の2以上だから244人だ。ちょうど行けるじゃないか。
 ただ、ギリギリだ。一人でも賛成に入れなかったらアウト。狩野さんは倉田さんより厳しそうな気がする。成瀬さんと揉めていたのは事実だけど、事前に説明がなかっただけで、今も仲間割れが続いているとは限らない。もし断られたら、俺の企みがバレるだけだ。それに倉田さんだけなら、どうせ可決されないと思って、成瀬さんはスルーするかもしれない。
 リスクを負って狩野さんを買収する必要はない……結論は出た。この計画は二段構えだ。他の一年生が交換してもレートは上がる。先に交換した方が得だから、君嶋たちから話を聞けばすぐに動くはず。法案が否決になっても、結果を見たらすぐにコインに戻せばいい。あわよくば他の一年生が隠した進級券を見つけ出して自分の物にする。我ながら完璧な計画だ。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み