第32話 最後の勝負

文字数 3,286文字

 2月14日、火曜日。大学に着くと二年生の列ができていて、由香里も並んだ。順番が回ってきて、ATMに学生証を入れる。画面に現在所持しているコインの数が『78』と、進級券の数が『11』と表示され、後期の単位が加算されていた。
 ふたが両方とも開いた取り出し口から、コインと進級券を巾着袋に移す。銀色のバーを押し進み、12枚目を手に入れるべく交換機に向かった。今週で交換は終わる。単位の数は大丈夫と直感的に由香里は思った。

 二号館の階段を上がり、普段の小講義室を通り過ぎて三階に行く。大講義室の入口にいた派遣社員から冊子を受け取り、空いている席に腰を下ろした。パラパラと目を通しながら冊子をめくると、三年次はコースごとに四つのキャンパスに分かれ、寮生活になることが分かった。
「やっぱり山奥に連れていかれて、監禁させられてデスゲームやらされるんだ!」
 突然の声に視線が集まる。
「声がデカいって」
 取り乱す鈴木を隣にいた佐藤が注意した。
「噂は本当だったんだ……南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
「落ち着けって、みんな見てるから」
 そう言いながら前の教壇に目を向けると、宝生教授が自分の方を見ていたので、佐藤は思わず笑みを浮かべた。その間にも部屋には二年生が入ってきて、席が埋まっていく。
「それでは時間になりましたので、来年度の説明会を始めます」
 マイクを手に宝生教授が口火を切った。最初は学長の挨拶だった。学生たちは睡魔に耐えながら、取るに足らない話を聞き流す。それが終わると冊子の説明に入り、最後には質疑応答も行われた。
「続きまして、特待生の発表を行います」
 空気が変わり、二年生たちが息をのむ。
「後期の単位を最も多く取得したのは……国際コース、成瀬優理です」
 パチパチと数人が手を叩き出すと、市川が「待ってください」と言って立ち上がった。
「俺は後期の単位、75単位を全て取りました。彼はそれ以上に取ったということですか?」
「……後期の単位を全て取得した学生が二名いましたので、前期の単位で判断しました」
「そんなことは書いてなかったです。フェアじゃないと思いますが」
「私から上の人に聞いてみますので、少し時間を頂けますか?」
「分かりました」
「ちょっと聞いてくれ」
 市川が腰を下ろすと、シーソーのように成瀬が立ち上がって言った。
「進級券の交換は次の金曜で終わる。余ったコインを一年に寄付してほしい。箱は用意する。オレからのお願いだ」
 頭を下げ、成瀬が腰を下ろす。コインを所持したまま進級するのを禁止する条例を作るのはやめていた。

 ゾロゾロと二年生たちが部屋を出ていく。返事を待つ市川が、そばに気配がして顔を上げる。成瀬だった。
「話がある」
「……嫌な予感しかないな」
 市川の隣に成瀬が座る。
「特待生の件だけど、元々オレに持ちかけられたことで、大学側はオレを特待生にしたいって思ってる」
「どういう……まさか、これも茶番だったのか!?」
「悪いけど、理解してくれ」
「最初の八人会議の後、俺たちは成瀬に協力することにした。後輩を同じ目に遭わせたくない気持ちが分かったのもあったが、やってしまったものは仕方ないっていう無力さもあった。やり方を認めたわけじゃないっていうのが分からなかったのか?」
「……他に手がなかった」
「理由にならないだろ」
「今回は退いてくれ。お詫びに焼肉でも奢るから」
「ナメてるのか。食べ放題なんて生ぬるいものじゃ許さないぞ。A5ランク食べまくって、トイレで吐いてからまた食べまくって、破産させてやるからな」
 開いていたドアから入ってきた宝生教授が近づいてくる。
「二人ともこの後は時間ある?」
「バイトがあるので、長くは無理ですが」
 市川が答えた。
「小一時間くらいかしら。そんなにはかからないかも」
「でしたら大丈夫です」
「オレも大丈夫だ。何をするんだ?」
「勝負して勝った方が特待生ってことになったわ」
「待て。覚書はどうなってる?」
「後期の単位を一番多く取るっていう約束は守ったから、罰金はナシ」
「オレを欲しいって言ってたのは?」
「さあ、気が変わったんじゃない」
「……」
「どうやら茶番は終わったようだな。勝負だ、成瀬」
「仕方ない。臨むところだ」
 宝生教授がスマホで撮影しながら説明を始める。勝負の内容はトランプのカード当てで、ジョーカーはナシ。お互いカードを一枚ずつ引き、「はい」か「いいえ」で答えられる質問を順番にする。相手のカードを当てに行く時は「チェック」と言い、当たれば勝ちで、当たらなければ負けとなる。
 カードを引いた成瀬と市川は表を確認をした後、裏返しにして手元に置いた。ジャンケンをして、勝った市川から質問が始まる。
「スートは赤ですか?」
「いいえ」
 成瀬の番になる。
「スートは赤か?」
「はい」
 同じ質問をして、また市川の番になる。
「スペードですか?」
「はい」
「ダイヤか?」
「いいえ」
 四種類あるスートは、二回の質問で特定された。次は数字だ。
「偶数ですか?」
「はい」
 このまま限定していくと、最後は運の勝負になる。トランプは宝生教授が用意した物で、傷や汚れなどがあったとしても判別することはできない。成瀬は変化球を投げた。
「素数か?」
 すぐに返事はなく数秒、間が空いた。
「……いいえ」
「チェック」
 成瀬が市川のカードを当てに行く。当たれば勝ちで、当たらなければ負けだ。
「ハートのAだ」
 裏向きのカードに手が伸びる。表が見え、現れたのはハートの8だった。
「!」
「俺の勝ちだ」
「……」
「1が素数に入るかどうかで迷ったと思ったんだろ。変化をつけてきたから、俺は意図を考えてただけだ。過信、いや慢心と言うべきか。次の自分の番で『1ですか?』と確認することもできた。まあ、それでもし俺が1だった場合、質問には答えずチェックして当てに行くが、確率は3分の1になるのかな」
「……そうだな。その場合はオレの方が有利だったな」
 勝負は終わり、特待生は市川に決まった。

「いらっしゃいませ。店内でお召し上がりですか?」
「はい。アップルパイとコーラ、お願いします」
「ご一緒に新発売の特製マリトッツオはいかがですか?」
「あ、それも、お願いします……」
 笑顔の絶えない店員から、商品を乗せたトレーを受け取る。階段を上がって二階に行くと、なるべく近くに人がいない席を探して座った。コーラをストローで吸い上げながら、アップルパイを食べ始める。
「……あっ」
 見下ろす視線と目が合う。成瀬だった。
「やっと気づいたか。三十秒くらい見てたんだけどな」
「そ、そんなに?」
 隣のテーブル席に腰を下ろす。トレーの上にはフライドポテトと水しかない。
「昼ご飯、それだけ?」
「食欲ない」
「もしかして、特待生ダメだったとか?」
「ああ。市川に負けた」
「それは残念……」
 アップルパイをほお張る顔からは笑みが漏れていた。
「お前、オレが負けて、うれしいのか?」
「う、うん……ううん、うううん……」
「信じられない奴」
 のどが詰まりそうになり、コーラで流し込みながら、マリトッツオを差し出す。
「これ、あげる」
「要らね」
 食い気味で言われ、手を引っ込めた。
「……寄付、集まるといいね」
「そうだ。箱を用意しとかないと」
 着信音が鳴る。成瀬がポケットからスマホを取り出した。
「……ああ、どうした……誰がいるんだ……企業コースの奴ばっかか……分かった、行く。場所は……渋谷だな。調べて、すぐに行く……気をつけてって、お母さんか……分かった、分かった。なるべく早く行くから……じゃあ、また後で」
 電話を切り、成瀬のポテトを食べる手が速くなる。
「誰から?」
「狩野から。みんなでカラオケ行ってるらしいんで、オレも行くわ」
「……行ってらっしゃい」
 不機嫌そうに言ってマリトッツオを食べ出す。
「国柴」
「何?」
「お前も行くか?」
 すぐに二回うなずく。成瀬はマリトッツオを鷲掴みにすると、口に入れて丸飲みにした。
「え、ええっー!!」
「みんな待ってんだ。早く行くぞ」
 成瀬はトレーをゴミ箱にブチ込み、二人はハンバーガー屋を後にした。


  ロジカル・キャンパス【完】
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