第171話 私の恋物語 Aパート ❝単元まとめ❞

文字数 9,591文字

 二人だけしかいない役員室内。広さは十分あるのに私専用の居場所の為に、背中に両腕を回したままの私たち。お互い吐息がかかるほど顔を近づけたまま離れるつもりも気配もない。
「倉本の事、忘れてくれた?」
 続けて私の頬に口付けようとしてガーゼが邪魔になったからか、次に額に口付けを落としてくれながらの質問。
「せっかく優希君からのすごい口付けで忘れていたのに思い出したよ」
 最近色々な気恥しさに慣れて来ているのか、私のアレコレが優希君に当たるのに抵抗が無くなりつつあるから、今も私は優希君の背中に手を回しながら、少しだけ面倒臭い私が顔を出す。って言うか、優希君の心臓のドキドキが耳に届いて、優希君の心を知った気になれるから好きなのだ。
「……じゃあ、今の僕の話も忘れて」
 面倒臭い私と、私の行動にだらしない表情と少しの拗ね顔を見せる優希君からの、舌は絡ませるけれど唾液までは飲まない四回目の口付け。
「じゃあもう倉本君の話は辞めよ? それより金曜日の会話で一個だけ分からなかった話があるんだけれど、答えてくれる?」
 元々私たちの恋物語には登場する必要のない倉本君。もちろん今日のデートの中でも必要のない登場人物なのだ。
 なぜなら倉本君が登場する恋物語の題名と主人公は私じゃないのだから。
「ありがとう愛美さん。愛美さんからの質問ならなんでも答えるよ」
 四回目の口づけを交わしたにもかかわらず、改めて唇を湿らせた私を見た優希君が、私の背中に回した腕に力を入れて、喜びを表してくれる。
 蒼ちゃんは私や優希君に釘を刺したつもりなんだろうけれど、優希君は私がお願いしたらちゃんと答えてくれるんだから。
「金曜日。倉本君から私を取り返してくれた時、ワザワザ私に優希君の正面に向いて欲しいって言ってくれたよね。あの時蒼ちゃんと何の会話をしていたの?」
 私は知らなくて良い事って蒼ちゃんは言っていたけれど、いくら蒼ちゃんとは言え、私が分からない会話を優希君と目の前ですると言うのは、どうにも面白くないのだ。
「いや、それは愛美さんには知って欲しくないって言うか、意識して欲しくないって言うか……」
 なのにまさかの言い淀み。こうなって来るといよいよ私の中の面倒臭い私が顔を出し始める。
「それって親友の蒼ちゃんとは共有出来るのに、私とは共有出来ない話なの? ふぅん。私、寂しいな」
 私は優希君の背中に回していた手を当たり前のように離して、顔を俯ける。
「?! い、言えないって言うか愛美さんには知って欲しくないって蒼依さんも……いやでも、愛美さんが特に大切にしてる蒼依さんだけじゃなくて、船倉さんからも特に言われてる事だから……」
 何かを迷ったっぽい優希君。これもまさかの朱先輩の名前を出して結局結論を変えなかったぽい優希君が、私が回していた腕を解いてしまった分、回した腕に力を更に込めてくれる。
 今日は私とのデートで、他の男の人を考えるのすら辞めて欲しいとまで言ってくれた優希君。なのに、朱先輩の名前まで出して、これで私が“やきもち”を焼かない訳が無い。
「ふぅぅん。じゃあ私の質問には何でも答えてくれるって言ってくれたのに、彼女である私のお願いよりも、朱先輩や蒼ちゃんを優先するんだ」
 私は優希君に半眼を送りながら、さっきまでの口付けで湿らせていた唇を、解いた腕で拭き取った上で、私の背中に回してくれた腕に、離れようとする意思を

してもらうために、強めにもたれかからせてもらう。
「っ?! ち、違うって! 愛美さんにはそう言う事は意識しないで純粋なままでいて欲しいって言うか、そう言うのは僕が……ああ!? いやそうじゃなくて、そ! そう言えば雪野さんからの連絡――?!」
 私の意図通りに誤解してくれた優希君が、同じ間違いはしないとばかりに再び私を離さまいとばかりに、再び私を強く抱き寄せてくれる優希君。おかげで私の上半身が、今度は手を入れる隙間もないくらいぴったりとくっついてしまう。
 なのに私の質問には視線を逸らしたまま答えを濁した優希君が、あろう事かまた他の女の子である雪野さんを使ってごまかそうとする。さすがに私の“やきもち”も激しくなって来たのだけれど、今日のデートは私の“大好き”を優希君に伝えるのも目的の一つなのだから、
「他の女の子の名前ばっかり出す優希君との口付けは、これで今日は最後ね」
 私からもしないと“大好き”が伝わり切らないからと、背の低い私が考えに考えた背の高い優希君へ口付けをする方法。
 優希君の背中に回していた手を解いて、余っていた両腕を今度は優希君の首に回して、優希君の顔を私の顔の高さまで引き落とす。
「――」
 乾いた唇で私からしたはずなのに、私の舌に絡ませた優希君の舌をやっぱり食べ物と勘違いしたのか、あっと言う間に私の口の中がとろける上に、力も入らなくなる。
 ふたを開けてみれば、面白くない事に私たちの唇を繋ぐ一本の糸。しかも今日は昼間で太陽の差しているからか、光に反射して糸が輝いているようにも見える。
 お互いがその糸を切りたくなくて、吐息のかかる距離でお互いを見つめ合う――あ。今度は視線を逸らした上に、これだけの至近距離だからなのか、私の胸部に視線を送ったのまで分かってしまった。
 もちろん優希君相手だから嫌悪感も、恐怖心も全く感じはしないけれど。
 ただ、朱先輩からも好きの話を聞いて、色々“粗相”の無いようにと話を聞いて、色々教えてもらったり私自身でも、自分で意識したり、工夫したりもしているから例え優希君相手でも“粗相”はなかったと思いたい。
「……倉本が僕の彼女を変な目で見て来るから、それに耐えられなくて」
 言って六回目の口付け。だけれど、なんか優希君ががっかりしている気がする。まあ、それは置いておくとして。
 今優希君が言ってくれた視線の話って、優希君が私の胸部に視線を送ったあの視線の事だと思うけれど、それを倉本君も向けていたって……そう言えば三人でベンチに座っていた時、蒼ちゃんも倉本君の視線に気づいて、声に怒気を含めていたっけ。
 本当に一昨日の金曜日は何のための集まりだったのか分からない。
 しかも私だってあの日は優希君が嫉妬してしまわない様に、万一にも倉本君を喜ばせない様にと普段着で外に出たにもかかわらず、どうしてそうなるのか。
 ただですら好きでもない男子の視線なんてイチイチ気にしていられないし、そうでなくても先週の恐怖心を思い出さないようにするために、意識をしてでも頭の外に追いやっているのに。  【回避症状】
 本当に私を理解してくれていない倉本君。私への思いやりをたくさん見せてくれて、安心させてもくれる優希君ならいざ知らず、そんな人にどうやって惹かれろって言うのか。
「ちなみに蒼依さんが僕たちと倉本の間に立った時の会話は、全て倉本の視線から愛美さんを守るために衝立代わりとした会話だから」
 だから優希君は、倉本君からの視線に私の親友である蒼ちゃんを晒したくなかったからの会話だったのか。
 結局は倉本君も私に本気だって言うけれど、女の子なら誰でも良いって言う事じゃないのかと思ってしまう。しかも、私の親友までって……いくら男の人を理解しないといけないって言っても、この事件の一番の被害者なのに何にも分かっていない倉本君。
 そんな倉本君が蒼ちゃんに向ける視線って言うだけでも嫌だし、ましてや好きでもない男の人の話まで聞くつもりは私にはない。
 でもだとしたら、私よりも蒼ちゃんの方が男の人の“そう言う視線”に敏感なんだから、不快さや嫌悪感も大きかったんじゃないかなって思う。
 そう言えば“これだけ周りに人がいれば”とも言ってたから、やっぱり少なからず恐怖心もあったとしても不思議じゃない。
 蒼ちゃんの優しさに胸が温かくなる一方、会長である倉本君なら、私たちの身に起きた事も、ある程度は知っているはずなのに。それでも男子からの“そう言う視線”に敏感な女子だけでなく、同じ男同士である優希君にも分かるくらい露骨な視線を送った倉本君。
 先週の事もあって“私自身、心と体の切り替え、まっさらな気持ちにリセットしてしっかりと優希君の想い・気持ちと向き合った上で”だけれど、時間はすごくかかりそうで、男の人を理解しつつある私としても、優希君に対する申し訳ない気持ちがない訳でも無いけれど、“そう言う

の事”も、徐々に意識するのは、好きな人相手なら自然な事だと思うけれど、好きでもない人から初めからそんな視線を向けられていたなんて、いくらなんでも私には無理だ。
「あれ? でもあの時優希君が私を正面から抱いてくれたよね? だったら何も蒼ちゃんがそんな身代わりみたいな事をしなくても……」
「……愛美さん。これ以上は駄目。僕がちゃんと愛美さんの顔を見て話したかったから。で納得して欲しい。でないとこれ以上は蒼依さんに今日の話をしないといけなくなるから」
 私の質問に今度はきっぱりと言い切る優希君。
 しかも蒼ちゃんの性格だと、どうも私が心の中で舌を出しながら返事をしていた所まで見抜かれている気がする。
「分かった。じゃあいつまでも倉本君の話ばかりだなんて嫌だから、もう聞くのも考えるのも今日は辞めておくね」
「ありがとう愛美さん。愛美さんは僕の彼女だから倉本にはもう少し気を付けるよ」
 それにしても、結局は私の恋物語にまで呼んでもいないし、キャストにも入れていないのに出て来る倉本君。そもそもあの日は優希君の希望もあって倉本君からは、私の背中しか見えていなかったんじゃないのか。なのに優希君がキッパリ嫌がる程の反応を見せ――
「――?! ちょっと優希君?!」
「今約束したばかりなのに、愛美さんの中に倉本がいたような気がしたから」
 だからデートの時には他の男の人は嫌だと言う優希君からの七回目の口付け。せっかく何かひらめきかけたのに、全部どっか行ってしまった。
「分かったよ。ごめん。もうこれ以上は本当に考えるのを辞めるね」
 言って八回目となる口付けは私の方から優希君の頬へ。
「……僕も愛美さんの頬にキスがしたい。だからもしも大丈夫なら、あの公園の時みたいにガーゼを取って欲しい」
 だからなのか、さっき私の頬へ口付けをしようとして一度は諦めかけた優希君が、私の頬に視線を置く。
「ありがとう優希君。もちろんガーゼくらいなら取るよ」
 だけれど、もう痛みも感じない頬。病院からもこのガーゼが取れたら自然療養だって言われてはいるのだ。
「あれ? 愛美さん、その顔って……」
「うん。腫れはまだ残ってはいるけれど、もう痛みもないし病院からも加療は終わりにして、そろそろ自然療養だって言われているから――って優希君……」
 私が何を思う間もなく、目に涙を浮かべた優希君が今度は私の頬に口付けの嵐。

 この八回目以降は数が大きくなりすぎるのと、私もだんだん恥ずかしくなってくるから、以降数を数えるのは辞めにするね。

 どのくらい二人で抱き合っていたのか、役員室内に差し込む光が今日も徐々に朱に染まり始める。
 私の携帯はさっき優希君が電源ごと切ってしまったから、壁掛け時計を確認するしか時間は分からない。
「あ……」
 私はせっかく優希君が入れてくれた飲み物を口に含んで、少し落ち着いて色々考えるために気分を切り替えようと、普段私が座っている席に腰掛ける。すると私に合わせてくれた優希君もまた、自分が普段座っている席に腰掛ける。
 だから誰もいない役員室の中、私たちははす向かいで見つめ合う形になる。
「さっき話した通り火曜日の病院の判断になると思うけれど、少しでも早く前倒して水曜日から復学できればなって思っているの」
 こんなにも私を気にかけてくれる彼氏がいて、明日から咲夜さんも復学して。先生や実祝さんも私を待ってくれている。
 だったらお父さんが反対しようがお母さんが応援してくれている以上、私が辞める理由も転校する理由もないはずだから。
「本当にそうなったら、僕はすごく嬉しいよ」
 私の気持ちを聞いてくれた優希君の声が上ずる。
 ただ、それに並行して私以上に酷い状態の蒼ちゃん。いくら蒼ちゃんの夢は進学じゃないからと言っても、内申も出席日数――は、公欠扱いだから良いのか――自体関係ないとは言え、卒業まではあと半年しか残っていない。
 この中でどれだけ蒼ちゃんとの学生生活を共に送れるのか。それとこれは私の主題ではあるのだけれど、優希君と私の共通の想いであり願いでもある、統括会残留……ううん。もっと欲を言うなら新年度、私たちが抜けた後も、統括会をお任せしたいと考えている雪野さんだ。
「だから、復学を前提で。なんだけれど、さっき優希君の教室で少しだけ口にしてくれた雪野さんのお話を聞かせて欲しいの」
 来るかもしれない雪野さんからの連絡。さっき教室で聞いた限りだと、雪野さんからの連絡がない事に落ち込んでいたっぽい優希君。
 もちろん私の中で雪野さんに対するドロドロした感情がそう簡単に無くなる訳が無い。
 それでも今日は私の“大好き”を優希君に伝える日だし、優希君からの“好き”もたくさん受け取った。だったら次はやっぱり2人共通の願いを形にして皆で笑顔を浮かべたいと思うのだ。
 それに順番が前後してしまったがために雪野さんとの約束をすっぽかしてしまっ――
「――?!」
 偶然だとしても思い付いた代案に私自身がびっくりする。
 まだ完治したとは言えないけれど、当初に比べてはるかにマシになった顔。どうしてこんなに簡単で当たり前の話が頭に出て来なかったのか。
「今週の中頃から、愛美さんと話がしたいって昼休みの度に聞いてたかな。それもやっぱり、先週は僕としか喋ってなかったみたいで……間違いなく愛美さんに伝えたい気持ちがあるんだと思うよ」
 私の思い付きを他所に、声に力を失くして肩も落として、私が学校を留守にしてしまった今週の様子を語ってくれる。
 優希君の事だから、雪野さんが私に何を伝えたいのかは見当がついている気がする。
 だけれど、雪野さんの性格上、私にする話を他人にするとは思えないし。そうすると憶測の域を出ない以上、口にはしないと思う。
 その上で今、私が思い付いた考え。誰も意図しようが無いとは言え誰かに仕向けられたようなタイミング。
「だったら私から雪野さんへ電話して、話してみるよ」
 今は空席の、私の正面に座っている雪野さんの席に視線を送る。
 別に雪野さんからの連絡を待たなくても、良いはずだったのに。本当に恋は盲目。同じ人を好きになってしまった雪野さんと話す以上、どうしても優希君が絡んで来てこんな当たり前の話にすら気付けない。
「ふふっ……そしたら雪野さんも喜んでくれるだろうし、踏ん切りも付くんじゃないかな」
 私の提案に、鈴の音が鳴るような笑い声と共に、本当に嬉しそうにしてくれる。
 私と雪野さんが、優希君一人のせいでどれだけ心をかき乱され、感情を引っ掻き回されているのか、絶対私の彼氏は分かっていない。
 だけれど、今日は私の“大好き”で、彩風さんの言葉によって不安に陥ってしまった優希君に自信を取り戻してもらう日なのだから、今日だけは面倒臭い私を封印する。
 その代わり間違っても優希君にはバレない様に、雪野さんとは私のこのドロドロになり切ってしまっている嫉妬を全部吐き出してぶつけないと気が済まない。
「分かった。じゃあ今日、明日くらいには連絡してみるけれど、その内容は優希君には教えないでおくね」
 だけれど、同じ女の子同士の話で、同じ人を好きになってしまっている以上、優希君は全部知ってしまっているのだからと、やっぱり最後に面倒臭い私をさらけ出すことにする。
「でも、愛美さんのお願いも聞いて雪野さんの気持ちも愛美さんに伝えたんだから、話の顛末くらいは教えてくれても良いと思うけど」
 なんだかんだ言って、もう放課後に差し掛かる時間。陽が完全な西日に変わり今日も役員室内を朱に染め上げる中、優希君もそろそろ下校時刻が近づいていると判断したのか、飲み干した私のマグカップを流しで洗うため手に取ろうと私の目の前まで来る。
「……こ。この前の話の続きだけど……」
 かと思っていたら、私のマグカップじゃなくて私の手を取って酷く緊張した声を出す優希君。
「は、話って。何の話の続き?」
 なんか私まで緊張して来た。
「えっと……き、キスの話の続き?」
「?」
 えっと、口付けの話って。今日は金曜日の分も合わせて途中で回数を数えるのを辞めてしまうくらいにはたくさんしたと思うのだけれど、優希君がまだまだ足りないんだったらと思って優希君に向き直って、目を瞑って気持ち唇を差し出す。
「――ああ。いやそうじゃなくて……」
 私の唇に軽く触れはしたけれど、優希君の望む結果じゃなかったのかすぐに離れてしまってまだ、言い淀み続ける。
「せっかくなんだから言ってよ。私に出来る事なら何でもするよ」
 本当なら女の子が軽々しく口にするべきじゃない言葉。だけれど、優希君相手にだけは言っても良い言葉。
「何でも……それじゃあ、この前公園で話したキスの続きの話だけど、僕も愛美さんにキスマークを付けたい」
「……」
 一瞬優希君の目が泳いで、私の首元に視線を置きながら確かに話をした記憶のある提案を口にするけれど、改まって言われるとものすごく恥ずかしい。
「……それって私が復学した後じゃ駄目?」
 日曜日。ほとんど人のいない学校の中での、更に誰も来ないであろう鍵付きの役員室内。そんな中で意識なんてしてしまえば、大好きな相手。嫌どころか顔も体も熱を持つに決まっている。
「僕は愛美さん以外にお願いする気なんて無いし、愛美さんにしか出来ない事なんだ」
 いやまあ、確かに私以外の人にしたら、それこそ私がどうなるのかも何をするのかも分からないくらいには、もう優希君一色だけれど。
「でも私。初めてだから心の準備はちょっと欲しいよ?」
 気付けば炊事場の流しまで追い込まれている私。
 何で公園での時は楽しみにしていたくらいなのに、今はこんなに戸惑ってしまうのか。しかも、大好きな人の顔が吐息程の距離に来るのも初めてじゃないはずなのに、また私の心臓がドキドキうるさいし、ちょっと恋のステップって数が多すぎるんじゃないのか。
 だから私は恋愛初心者で良いって言ってるのに。
「でも僕の時は、準備はおろかつけた事自体も教えてもらって無かったよね」
 ……マズい。初めから退路なんてない気がする。
「でも私、本当に初めてだったから、そんな痕が残るなんて知らなかったんだよ?」
「……ひょっとして愛美さん。嫌だったりする?」
 そんな悲しそうな表情と声音で、なんて聞き方をして来るのか。優希君相手に嫌だなんてある訳ないし、私はただ恥ずかしいから出来る事なら先送りにして、そのままうやむやにしたかったくらいなのに。
「……」
 それでも優希君から無理矢理なんてのは無くて、あくまで私の気持ちを大切にしてくれているのが伝わるだけに、やっぱり断れない。
 何回も言うけれど、今日は私の“大好き”を優希君に見せる日なのだから……まあ、優希君の目はすごく必至だけれど。
「……ちなみにどこに口付けの痕、付けるつもりなの?」
「もちろん愛美さんが僕に付けてくれた場所。首筋の所かな」
 さっきまでは悲しそうな声だったのに、何で次の瞬間にはそんな嬉しそうに即答するのか。しかもその視線はもう私なんて見ていないし。
 私が返事をするまでもなく、もうその気になってしまっている気しかしないんだけれど。
「……分かったけれど優しくしてね。痛いのとかはさすがに怖いから嫌だよ」
 だったら私の答えなんて、一つ以外は駄目――
「ありがとう愛美さん。それじゃ――」
「――?! ちょっと優希君?! まっ――?!?!」
 私の返事を聞くや否や、私の首元で私の匂いを嗅ぐようにして大きく息を吸い込んだと思ったら、首元から今までに感じた事が無いくらいに、強く甘い痺れが私の身体全体を包み込む上、身体の内からゾワゾワした感覚がせり上がって来たかと思えば、なんかお腹の下辺りがきゅんとする。
「おっと大丈夫?」
 それに合わさる形で完全に力が抜けてしまった私を、腰に回した腕一本で支えてくれる優希君。
 なんかそれだけでドキドキするけれど、色々なドキドキが合わさり過ぎて何がどのドキドキなのか自分でも分からなくなっている。
 今ハッキリと分かるのは、私の身体がものすごく敏感になっている事と、顔から火が出そうなくらいに熱くなっている事くらいかな。
「酷いよ優希君。突然するからびっくりして力も抜けて、すごく怖かったんだからね」
 初めて舌を絡ませた時にも感じた、あの全身を襲う甘い痺れ。ただ口付けの時の甘い痺れは回数を熟す事によって少しずつ慣れてきている気はするけれど、この感覚はなんか別次元のような気がする。
 だから駄目って事は無いと思うけれど、こう言うのは何かもっとこう、特別な日でないと駄目な気がする。
「ごめん愛美さん。でもありがとう。愛美さんと二人でまた新しい体験が出来て僕はすごく嬉しかった。それにほらこれ」
 私の感覚なんて知らない優希君が、ものすごく嬉しそうに私まで嬉しくなる事を言ってくれながら、携帯を鏡モードにして私の首筋に付いた口付けの痕を見せてくれるけれど、
「え……これ、なんか大きくない?」
 パッと見ただけで分かると思うんだけれど。でもまあ、見て分からないと口付けの痕にはならないのかな。
「でもこれ、先週愛美さんが付けてくれたのも、これくらいの大きさだったよ」
 しかも私の戸惑いも他所になんか優希君がまたかっこよく見えているし。それに位置が悪いのか制服にも隠れないんだけれど。
 もちろん優希君が付けてくれたのだから嫌な訳は無いのだけれど、このままだと増々恥ずかしくて家に帰れない。
「それから愛美さんは女の子だから、気になるなら僕のタオルを使ってよ。夏場だからタオルを首に巻いてても、そんなに不自然じゃ無いと思うし」
 私がどうやって帰ろうか考えていた所に、優希君ならではの気遣いをしてくれるけれど、
「優希君のエッチ」
 こんな用意までしていたなんて、今日のデートはそのつもりだったって事なんじゃないのか。なのに何が不安で自信がないなんだか。
 でもまあ、これで完全に自信を取り戻して貰えたなら、私の今日一番の目的も果たせたことになるのかな。
「じゃあ、そろそろ学校から出ようか」
 優希君のマグカップと合わせて二つ手早く洗っている間に、優希君は朱先輩の為のパイプ椅子を片付ける。
 二人共の片付けが終わって役員室の出口に向かって歩き出したところで、
「今日は僕には付けないの?」
「つけるのも何も、こう言うのは今日だけだからね」
 タオルの端に、ワンポイントの花の刺しゅうが施してある白いタオルを首に巻きながら、何となくこの恋のステップは普段からするもんじゃないかなと思って、断りを入れると、
「……」
 目に見えて落ち込む優希君。
「……こう言うのは、私と優希君だけの特別な時だけって意味だよ」
 だから、特別感を持っている事を改めて伝え直す事にする。
「! 分かった。じゃあ僕と愛美さんの記念日みたいなのが増えるように、僕も色々考えるよ」
 ……けれど、何となく墓穴を掘ってしまった気がする。
「念のためにもう一回言っておくけれど、私以外の人に口付けの痕なんてつけたら、今度こそ大喧嘩で優珠希ちゃんにもしっかり報告だからね」
 だから、釘にもならないだろうけれど釘だけはさしておく。
 本当に男子ってエッチなんだから。

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